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さよなら、さよなら、デザイン思考
こんにちは、KESIKIの石川 俊祐です。
今年の10月にIDEOのレイオフのニュースが出ました。驚いた方も多かったのではないでしょうか。
このニュースによって、「デザイン思考はもう終わりなのでは?」という意見を耳にします。アメリカの経済メディアFast Companyも「Design giant Ideo cuts a third of staff and closes offices as the era of design thinking ends(意訳:デザインの巨人IDEO、デザイン思考の時代の終わりに伴いスタッフの3分の1を削減しオフィスを閉鎖)」という記事をあげています。
しかし、本当にデザイン思考が“終わった”と言えるのでしょうか。
もしデザイン思考が終わったとして、これからのデザインはどのような役割を果たすのでしょうか。
そんな話を書いていきたいと思います。
「デザイン思考」は終わった?
デザイン思考は終わった。
この意見に対して、僕は半分正しくて、半分間違っていると思っています。
そもそも、日本国内におけるデザイン思考は、僕がIDEOで学んだデザインシンキングとは異なります。
デザインシンキングは、まず相手への共感(英語で言えばEmpathy)度合いを高めるところから始まります。
ここでいう「共感」とは、相手が感じているように自分も感じられること。
英語の持つニュアンスに寄せるなら「憑依」という表現の方が近いと思います。
(「共感」については、伝えたいことがたくさんあるため、次回のnoteでまた詳しく書こうと思います!)
一方、日本国内のデザイン思考は、少し乱暴に言えば、プロセスを覚えることから始まります。
言い換えれば、デザインシンキングの本質とは、共感を起点にイノベーティブに発想するために、体験や経験を通して実践知を育てることです。国外、特にイギリス、北欧、北米、台湾、韓国などでは、デザイン業界の枠組みを超えてこの考え方が、社会や企業に浸透しているといえます。
例えば、2022年に経産省やデジタル庁のメンバーとイギリス、デンマークの視察に行った際も、User Centeredという言葉は、政府内組織、シンクタンク、コンサルティングファーム、デザイン会社に共通して出てくるキーワードでした。
それに対し、日本国内のデザイン思考は、イノベーションを起こすためのハウツー論のように思えるのです。KESIKIのnoteの「さよなら、『デザイン思考』」でも書いたように、マインドセットを有しない、プロセスとしてのデザイン思考は楽しかったで終わってしまいがちです。結果として参加者の成功体験につながりにくく、失敗に終わってしまうことが多いのが現状でしょう。
デザインシンキングが大切にする「人間中心(Human Centred)」という言葉の捉え方も異なります。これは、ユーザーを消費者として捉え、答えを知っている存在とみなすことではありません。ユーザーに共感・憑依することで、本人も気づいていない深いインサイトを見つけるということです。
人間を消費者と捉え、表面をなぞっただけのデザインアプローチでアウトプットを生み出す。こうした、狭義の意味でのデザイン思考は確かに役割を終えたと言えます。
しかし、デザインシンキングの本質である、共感・憑依を通したインサイトの発見およびユーザーとの共創は、これからの時代にこそ、より重要になると確信しています。
人間らしさ中心へ
ポスト人新生と呼ばれる今の時代においては、循環型社会やLife-Centered Design(すべての生命のためのデザイン)など、自然や生き物、人間の関係性を考え直すことが求められています。そのためには、各主体に共感・憑依し、適切な役割を見出す必要があります。つまり、デザインシンキングが今まで以上に広い範囲に必要になってくると言えます。
関係性を捉え直すアプローチの一つが、システミックデザインです。「ダブルダイヤモンド」を提唱したイギリスのデザインカウンシルやデンマークの国営デザインファームDDCなどが、この考え方を発信しています。(KESIKIもDDCとともにシステミックイノベーションを広めるプログラム「The Garden」をはじめました。興味のある方は、ぜひ!)
システミックデザインでは、人間をユーザーや消費者ではなく、アクター(登場人物)の一人として捉え、改めて人間らしさを探求・再定義します。課題解決、事業創出のためのデザインから、関わる一人ひとり(ステークホルダー全体)が主体的かつ創造的に働き、生きるためのデザインといえます。
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その好例の一つが、近年の牧場の経営です。フリーレンジ(屋外で放し飼いされた鳥から生まれた卵)、アニマルウェルフェア(家畜を快適な環境下で飼養すること)など牛や鶏の幸せを第一に考えた、ある意味、動物中心の酪農家が増えてきています。
動物中心というのは、人間をないがしろにしている訳ではありません。システミックデザインにおいて、人間の役割は、すべての関わるアクターが不利益を被らない重要な意思決定をすることです。あらゆるアクターの幸せを追求することで、結果的に人間も幸せになるシステムづくりにつながっているのです。
意志をデザインする
今まで以上にデザインが求められる時代にもかかわらず、IDEOがレイオフをしたことに矛盾を感じる人もいるかもしれません。
IDEO日本法人の立ち上げに携わった僕が話すのも手前味噌ですが、IDEOにはインサイトの発見に長けたメンバーがたくさんいます。加えて、リサーチからプロトタイプの作成までを約3ヶ月でつくりきる速さも兼ね備えていました。
一方、配慮すべき関係者が多様、かつ複雑化する中で、3ヶ月でつくりきることと同時に、そこに巻き込むべき人たちの積極的な参画を促すことを同時に進めなければならなくなってきました。それがうまくいかない場合、クライアントがプロダクトを自分ごと化できず、サービスがクローズするというケースもありました。
IDEOという創造性溢れる環境で働く中で僕が感じた違和感は、素晴らしいサービスやプロダクトをつくるだけでは、創造性に溢れるカルチャーは生まれないということです。
創造性に溢れたカルチャーが増えれば、自分の役割を見つけ、力を発揮できる人も増えます。そうした愛される会社の連なりが増えれば、やさしさがめぐる経済につながっていく。ある種システミック・デザインのような構想を2018年ごろから考えていました。
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2019年には共同代表である九法崇雄が当時、エディトリアルディレクターを務めていたオカムラの発行する雑誌「WORK MILL」で、「愛される会社」特集を行いました。九法やオカムラのメンバーとともに海外リサーチに参加し、「愛される会社」が世界で求められていることを肌で感じた経験でした。
そして同年、本格的に「やさしさがめぐる経済」を実現するためKESIKIを立ち上げました。
僕らがカルチャーデザインファームと名乗るのは、一人ひとりの意志が尊重された組織カルチャーや社会のカルチャーのデザインが、今の世の中で必要だと考えているからです。そして、そのためにはデザインアプローチが欠かせません。
デザインアプローチにおいて、ワークショップやコラボレーションを実施するのは、アクターが自らの共感を通して、モチベーション高く物事に取り組みたいと思う気持ちをつくるのに有効だからです。
トップダウンで行われる経営理念の書き換えやリブランディングがうまく行かないのは、現場のメンバーの共感がないためです。刷新されたかっこいい言葉も世の中を変えるかもしれない新しい事業も、それが他人事であるうちは、コミットすることはできないのです。
人間中心から、人間らしさ中心へ
一人ひとりの意志をデザインすることが、愛着のある組織や事業をつくり、そこに関わる人のモチベーションも高めていく。その循環が、お金だけではなく、やさしさがめぐる経済をつくっていく。KESIKIを立ち上げて4年、そう信じて目の前の人に向き合ってきました。その結果、愛着を持った事業や組織が生まれていきました。
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「未来はすでにここにある。ただ均等に行きわたっていないだけだ」
これは数々の名作SFを残したアメリカの作家、ウィリアム・ギブソンの言葉です。
「ここにある」の「ここ」を、僕は「一人ひとりの意志の中」と捉えています。デザインを通じて、一人ひとりが持つ創造性をひらき、その意志に火をつけることで、誰もが自分の未来を描いていけると信じています。
消費者的な人間中心のデザイン思考とは、ここでさよなら。お別れです。共感から始まるデザインシンキングを迎え入れましょう。
これからは、人間らしさを中心としたデザインの時代であり、共感で社会を変える時代です。
そうした時代は、KESIKI一社ではつくることはできません。
みなさん一人ひとりの創造性が必要です。
やさしさがめぐる経済を一緒につくっていきましょう。