060419_0738_0001雨にぬれた花

月が綺麗ですね。

 舗装の行き届かない田舎道、あちらこちらと轍で穿たれた跡に夜来の雨で水たまりができる。月は、その水鏡のどれ一つにも欠けることなく姿を映していた。

「天にはひとつ、地にはたくさん、なーんだ」
 ひとり言をつぶやくには明るすぎる夜だから、努めてお道化て言う。
「なんだろう、お風呂? じゃないな、なんだろう」
  思いつきで言った謎かけに、同じくらい軽い答えを返す。水たまりをひょいと跳んだつもりが、足先が浸かって私のほうへとふらついてきた。懲りもせず離れては寄り添い、「濡れたよ」と不満を言っては離れ、譲ろうと空けた道は歩かない。愛すべき千鳥足。

 顔をあげればたったひとつの、俯けば幾つもの月。飽くほど土を穿ち水を張って映せば、いつか「欲しい」と泣かずにこの水たまりの月で心が治まることがあるだろうか。治まるのなら掘り、穿ち続けよう。新月には雨乞いをしよう。  

 行く先にこれからも月光が降るよう、そう願った次に、私は私の命がずっと続くことを祈った。
  月もきみも気づかずにいていい。もしも命が尽きてこの地に水鏡が少なくなり、月の美しさを讃えることが少なくなったら、許してくれ。

 ひとり言をつぶやくには明るすぎる夜なのに、どうして告げてしまいたくなったのだろう。
  
「月が綺麗ですね」

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