祈り。その先の光
日曜日、久しぶりのポイントに入った。海の温度は少しずつ冷たくなって季節がきちんと巡っていることを教えてくれている。フェイスを走っている時脳みそがまっさらになるあの感覚が好きだ。夕方、コーヒーを飲みながら親友が今デートしている男の話を聞いていた。幸せそうでとてもいい。好きな相手がまっすぐに向き合ってくれる感覚などとうに忘れた。
夜、好きな人から電話がかかってきて気付いたら3時間半も話していた。友人達によく何をそんなに話すことがあるのかと聞かれるけど、特別なことを話すわけじゃない。でもたまにそんな事を考えているのかっていう発見や、心を刺す会話がある。ほとんどふざけている時間の隙間に垣間見る彼の人間くさいところを取りこぼさないようにしている。初めてあった時から何度会っても、自由な人だという印象は変わらない。所有したいというよりは、自由でいてほしいといつも祈っている気がする。
「俺ねえ、誰にも本気になったことないんだよ。でも誰かに本気になったらきっと本当に寂しいっていう感情が芽生えちゃうのかもしれない」
ひどくドライだ。その印象はそのまま今も変わらない。残酷なほど人に興味がなくて、不確かだ。どうしてこんなに惹きつけられるんだろう。彼が私に向き合う日々なんてこないと知っているのに、どうして電話に出てしまうんだろう。知れば知るほど後戻りできなくなるのに、ここはなんて居心地のいい地獄なのだろう。
「じゃあ本当の愛を知らないんだね」
「そうだね」
「寂しい人だね」
本当の愛なんて、私も知らない。誰かのために料理をすることも、涙することも、待つことも、抱き合うことも、その人のためにそっと祈ることも全部愛だったはずだ。見えない何かを大事に抱えていた日々、全部指の隙間からこぼれ落ちていった。初めて誰かの恋人になってから十数年。手放した愛と、手放された愛の両方を知っている。鮮やかで、ほころびがなくて、完璧だった、いつかの光。寝ても覚めても1人になってそろそろ2年が経つ。もうすぐで35歳になる。愛を知ってるかと聞かれれば、誰かのために祈ることであるなら、知ってると思う。寂しさを知ってるかと聞かれたら、祈りのその先に誰もいない事だと思う。
満月の夜に、新月の朝に、彼のために祈る。自由でいてほしいと。それが愛なら、いつか消えてしまう炎だ。小さくなるだけの光を私は両手で消えないように守っている。ガソリンがもうないから、抱きしめてほしいと祈るのはわがままだろうか。わがままを言えないのは寂しさではないのか。海水が冷たくなる頃、夏の匂いが消えた頃、季節のうつろいとともに愛も置いていこうと思っていたのに。出会いも終わりも全部夏のせいにしてしまう予定だったのに。
どうかずっと自由でいてほしい。あなたのタイミングでかかってくる電話を私が取らなくなる日が来ても。あなたの顔をもう1度忘れる日が来ても。