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8.『友人』として

下北沢の小さな劇場は、最後に立った舞台。
変わらずわたしの前に神聖な姿を表す。
そこで演じる役者の面々。
そこに見える人間性。
わたしは人間が好きだ。本当に好きだ。
「ありがとうございました」
アンケート用紙に一言書いて、劇場を早々に立ち去る。
そこに立っていること、それ自体が素晴らしいと思う。
生活が苦しくないわけがない。
そこに全てをかける人。理由は何でもいい。意地でもいい。理由は何でもいいんだ。
そこに、「居る」ということ自体が素敵なんだ。

わたしは、下北沢駅から井の頭線で明大前まで行き、下りの京王線に乗り換えた。
サトルとは八王子駅で待ち合わせた。
八王子郊外に住んでいるというサトル。
中学時代からの友人が北野に住んでいて、よく泊まりに行っていた。わたしたちは随分近くで存在していたのだなと思った。

八王子。
京王からJRの駅まで歩く。
何とか迷わず辿り着くと、改札前にサトルがいた。
片手を挙げてわたしにサインをするサトル。
わたしは右手を挙げて返した。

八王子で少し飲んでから、サトルの家へ向かうことにした。
サトルとの間にあるのは
『友情』
異性を超えた
『友情』

今まで信じられなかった異性との『友情』という、その関係性。

わたしは何も疑うことなく、サトルの後をついて行き、サトルの家へ向かう電車に乗った。

酒が回っていたせいか、その駅の名前はよく覚えていない。
ただ、サトルと一緒に歩いた。
コンビニで更に酒と水を買った。
雑草の繁った道を歩いた。

サトルの家は、狭いワンルームアパートだった。
そう。わたしも東京にいた時はこんなアパートに住んでいた。何も、違和感を覚えなかった。
「遠慮なく」
「お世話になりまーす」

狭いキッチン込み廊下を歩いて、少し開いたユニットバスの扉の中を見て、わたしはギョッした。
中に、サトルと同年代ぐらいのおかっぱの女の子がいたのだ。
飛び出しそうな心臓を誤魔化しながら、サトルのTシャツを引っ張った。
「サトルくん!彼女??ごめんね、わたし泊まるなんてまずいでしょ。帰るね」
ドアに向かって歩き出そうとした。
サトルの声がわたしを引き留める。
「ごめん。彼女じゃないよ。オレんち居心地良いみたいでなんか勝手に出入りするやついるけど、気にしないで。」

『ええーーーっっ!!?勝手に出入り???』

内心驚いたが、サトルであれば、そういうことはあるかもしれない。
居場所を無くした獣が集まるのかもしれない。
そう、わたしもそのひとりかもしれないね。

シャワーを浴びて出ると、その女の子はいなくなっていた。
『あの子はサトルを好きなのかもしれないな。心配させちゃってごめんね。わたしたちはそんなんじゃないから』
心で女の子に謝った。

酒を飲み、サトルと語る。
サトルは自分のバンドのデモテープを聴かせてくれた。
「このサウンドすごく好き。」
「これ、俺が歌ってる。」
「ええーー!!いいよー!すごく」
お世辞なしで、サトルの歌唱力を褒めた。
そして、この声の主の部屋にいることを不思議な気持ちで飲み込んでいた。

「サイコさん、寝よ。サイコさんベッド使っていいから。俺、床で寝る。」
わたしが床に寝ると言い張ったら、
「じゃ少し添い寝しよ」
友人のサトルが何も躊躇わずに、同じ布団に入ってきた。

サトルは歌を誉めてくれて嬉しかったこと。
実はそのバンドを解散することになったこと。
ソロで活動しなければならなかったことを、ポツリポツリと話した。
わたしは、『友人として』サトルの頭を撫でた。
天井を見ながら、わたしたちは話していた。
サトルはその後、
自分の脳に異常があること、両親は幼い時に蒸発し、祖母に育てられたことなど話してくれた。
「だから俺、弱い立場の人に力を与えるような歌い手になりたいんだ。」
天井を見ているわたしの両眼から、涙が耳の方に流れ落ちた。
わたしは、少し鼻をすすった。
鼻をすすりながら、サトルの頭を撫でた。
『そのままでいいんだよ。』
心で語りながら、黙ってサトルの頭を撫でた。
しばらく時間が経過した。
シーンとする空気を打ち消すように、サトルが口を開いた。
「いや、やめてくれよー!俺、全然辛くないし!ごめん!なんかしんみりしたわー!」
大きな声でそう言ったサトルは、自分の頭を撫でるわたしの手を繋いだ。
「サイコさんも、俺に話して。心を吐き出して。」

天井を見ながら、わたしは少しずつ語り始めた。わたしの心の奥底に潜む過去。
わたしの奥底。
わたしのカルマ。

そう、あれは18歳の時。
大学1年生の時の出来事。

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