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何者でもないからこそ
あなたの好きなものは何?
と聞かれたら、真っ先に何を挙げますか?
もっと深く聞くのであれば、
自分の中で譲れないものは?
これは誰にも横取りさせない、というものは何?
私はそれを、昨今流行っている
「死ぬな!」
という、こっちのけんとさんの楽曲を聞いて考えていた。どちらかと言えば、流行っているのは
「はいよろこんで」
の方だろうが、それも良いんだが、今は一旦置いといて。
https://music.apple.com/jp/album/shinuna-single/1656864162
「死ぬな!」
この楽曲は、2年くらい前にリリースされたものらしい。
この楽曲の中には私に刺さる表現がいくつも登場するのだが、先程の問いを考えるきっかけとなった部分について話したい。
「もう1人の自分がいたなら
何を取り合い喧嘩するだろう
どちらしか生きられないなら
僕は命が惜しい」
命が惜しくなるほどの、上も下も無い自分と取り合うほどの、何か。
家族とか友達とか、私が選んで決めてきたとは言えないものは含めない気がする。
今の友達がもちろん好きで大切だけど、もし違う人間が今の友達のように同じ期間接してくれていたら同じように大切に思うだろうし。
家族なんて、この世で一番選びようがないものだし。
顔をくしゃくしゃにしたり広げたりしながら、小一時間脳みそを捏ねくり回して出た私の答えは。
歌
声とか喉とか、そういうことじゃなく。
私が譲れないのは、現状の私の歌のスキルだ。
スマホを初めて持って自分の歌声を録音して下手さに衝撃を受けた時間が、
悔し涙を流しながら練習の録音を聞いてきた時間が、
一つ一つ地道に身に付けてきたテクニックが、
上を見ては落胆して、それでも辞められないしょうもなさが、
私の歌から生まれた涙が、
私の歌から生まれた笑顔が、
歌という一つの言葉に全て詰まっているから。
喜怒哀楽、特に怒や哀を外にそのまま出すのがド下手な私には、生きる上で必要不可欠だったものが歌だ。
私は私のために歌っていた。
怒ったら強い言葉で捲し立てるようなメロディを、
悲しくなったら会話では並べられないような歌詞を、
楽しくなったら思わずスキップしたくなるようなリズムを、
私の心のために歌っていた。
それが"歌ってみた"というものに出会ってから、伽藍堂だった頭を叩き壊されたみたいに私の世界が広がった。
ボカロPがアップロードした一曲に対して、何人も、何十人もの歌い手がカバーをアップロードする。
曲そのものが流行れば、課題曲かと思うくらいみんなそれを歌い出す。
そこには、歌い方の癖からその人のテクニック、憑依なのか嚥下なのか、全てが如実に出る。
それは、メロディラインを歌うだけの人なんかいないから余計にだ。
ハモリ、コーラス、フェイク、エフェクトにラップ……
アレンジは歌う人によって無限大だ。
メロディラインだって、人によって深く歌ったり硬く歌ったり、がなってみたり、息を多めに歌ったり。
癖を飛び越えて全てをコントロールして歌っている。
上手い上手いとちょっと周りからチヤホヤされていい気になっていた私は、歌ってみたの歌い手たちにぶん殴られた。
歌には終わりが無いこと。
求めれば求めるだけ乾いていくこと。
だからと言って、一度取り憑かれたら辞められないこと。
誰かのテクニックが耳に入る度、私もこれが出来るようになりたい。
誰かがとんでもないハイトーンを出す度、私もこの音域まで出せるようになりたい。
歌に取り憑かれた私は、そうなるまであまり時間はかからなかった。
私は歌ってみたから、口ずさむことと歌うことの違いを教えてもらったのだ。
そこから、羨望と嫉妬と落胆と楽しさの日々になった。
一つ出来るようになれば喜んで、また新しいテクニックを見つけては心を弾ませて。
今日歌えるこの歌は、一朝一夕のものではないから。
もっと上手い人からすれば鼻で笑いたくなるような歌だとしても。
易々と、楽に、思うがままに手に入れたわけではないから。
だからこそ、私の歌の努力は誰にも搾取させたくない。
私が歌いたい人にしか歌いたくないし、歌いたい歌しか歌いたくない。
そこにリスペクトというか、思慮が無ければ歌いたくはない。
私は歌い手でも、シンガーでも、アーティストでもない。
歌が好きなだけの、声が出ない限りは歌わない日は無い、ただの一人の人間。
何者でもない、何者にもなれなかった人間。
だからこそ、これは譲りたくないのだろう。
歌が私そのものと言えるくらい、結構一緒に長い時間過ごしてきてしまったから。
まぁ、真似は出来ても奪えるものじゃないし、真似する頃には私は次にいるだろうし、悔しかったら真面目に向き合って努力してみなー!(なんかあった)
では、最後まで読んでくれたあなたに、何か笑顔になれることがありますように。