けーぽんメルマガ 第159号「やりたいことだけやる」
こんにちは
最近は、本を読んだり、映画を観たりということをほとんどしなくなってしまったけーぽんです。
つい何日か前も、梢さんとお家で映画を観ようとしたのですが、けーぽんは映画の途中でうとうと寝てしまいました。
別に本や映画がつまらないというわけではないのですが、ここ1年間ほど、自分の周囲に起きている現実の方がよっぽど面白すぎて、そっちの方に興味が向いているけーぽんなのです。
さて、今日は「自分の内側が目の前の世界になる」おはなしです。
今のけーぽんは、やりたいことしかやっていないんです。
自分の好きな時間に起きて、好きなところに行って、好きな人と会い、好きなことをする。
自分の本当の思いに反したことを口にしたり、自分の気持ちとは裏腹なことをしてしまったり。
そういうことが一切ないんですよ。
一年半ほど前、けーぽんは「やりたくないことはやらないで生きていく」という事を決めました。
自分の思いに反して相手の望んでいることを言ったり、誰かに気を遣って本当のことを言わなかったり、相手の表情や様子を伺ってこちらの態度を変えたり。
こういうことをやっていた時は本当に辛かったんですよ。
だって、終わりがないじゃないですか。
例えるなら、コロコロ変わる天気に振り回されている感じです。
晴れたら日傘を用意して、雨が降ったら傘を用意して、風が強かったらカッパも必要、曇りでも水溜りは残っているから長靴は必要だよなとか。
コロコロ変わる周囲の環境に合わせて、自分を変えることでそれに対処をしていたんですよ。
だってそれが当たり前だし、その方が快適に過ごせると思っていたから。
でもねある日、そういうことが面倒くさくなっちゃったんですよ。
「別に雨が降っても濡れればいいだけじゃん」
そう思ったんですよね。
そうしたらね、傘もカッパも長靴も、全部必要がない事に気付いたんですよ。
今までは必死で「濡れないように」していたんです。
「濡れたらいけない、濡れたら終わりだ」
そう思っていたんですよね。
でも「濡れてもいいじゃん」って思ったら、もう何も怖くなくなったんですよ。
雨に濡れたって別に死ぬわけではありません。
人に嫌われたって、別に死ぬわけではないんです。
過去のけーぽんは、人に嫌われたら死んでしまうと思っていました。
だから「人から嫌われている自分」を見ないようにしていました。
カッパを着て、傘をさして、長靴を履いて、いつも雨の中を小走りしている感じだったんです。
長靴の中が濡れていても「それは気のせいだ」とそれを見ようともしていなかったんです。
晴れている日でもカッパを着て傘をさしていました。
だって、濡れるのが怖かったから。
でもね、そんなことをしていたら全然楽しくないんですよ、苦しいだけだったんです。
「濡れてもいいや」
そう思うことができなかったんですよね。
でもね、意を決してある日、傘もカッパも長靴も手放して、雨の中を歩いてみました。
そうしたら、いろいろな事に気付いたんですよ。
雨にもいろいろあるんだと。
けーぽんのことを「嫌い」といっている人にもいろいろあるんだなとわかったんです。
「あれ、この人は口ではけーぽんが嫌いと言っているけど、本当は自分自身の事が許せていないだけなんだ」
「この人がけーぽんを嫌いと言っているのは、単に憧れの裏返しなだけなんだな」
雨に濡れながら、そういうものがけーぽんには見えるようになってきました。
あれ?もしかしたら、心の底からけーぽんのことを嫌いなんて思っている人は一人もいないんじゃないかな?
そう思えるようになったんです。
そして同じように、けーぽんが心の底から嫌いだと思っている人もいなくなったんです。
自分の目の前の世界は、自分の内側の世界を反映しています。
「自分が嫌だと思っている人がいなくなれば、自分のことを嫌っている人もいなくなる」
「自分のことを大切にできないと、相手のことも大切にできない」
「自分がたくさん我慢をしていると、他の人にも我慢を押し付けてしまう」
自分の目の前に見える世界は、自分の内側が作りだしています。
けーぽんは「やりたくないことはもうやらない」そう決めて、やりたいことだけをやるようになって、そのことに気付きました。
今のけーぽんは、目の前の世界を簡単に変えていくことができます。
びっくりするぐらい、現実は簡単に変わっていきます。
でもこれはけーぽんだけではなく、誰もが持っている力です。
そして、そのことをみんなに伝えることも、今のけーぽんのお仕事なんです。