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アイスコーヒーとホットココア #シロクマ文芸部
「寒い日に飲むアイスコーヒーって、おいしいよね」
カフェの隣の席から聞こえてきた声。
最初は自分が話しかけられてるとは思わなかった。
でも見られているような視線を感じて、僕は顔を上げた。
見覚えのある制服姿の女の子が、僕をまっすぐ見つめている。
「どうかした? 鳩が豆鉄砲くらったような顔して?」
まずは落ち着こう。
僕はホットココアを一口飲んだ。
「言いたいことが三つある」
「はい?」
「一つ目。寒い日にアイスコーヒーは飲む子はいない」
「偏見だなぁ」
「寒い日にアイスクリームなら、まだ分かるけど」
「それもいいよね」
彼女は頷きながら、アイスコーヒーを飲む。
「二つ目」と僕は言った。
「鳩が豆鉄砲くらうところは見たことがない」
「もののたとえだよ。唖然とした顔してるってこと。その分厚い本に書いてないの?」
彼女は僕の手元を指差す。
「これは数学の問題集。国語辞典じゃない」
裏返していた表紙を元に戻して、僕は彼女に見せる。
「三つ目」と僕は言った。
「見ず知らずの人に、気安く話しかけるのはどうかと思う」
「ひどいなぁ。クラスメイトに対して」
彼女は笑いながら、またアイスコーヒーに手を伸ばす。
「クラスメイトって…僕は…」
「同じクラスの仲間ってこと」
もう一度落ち着こう。
僕はまたホットココアを一口飲む。
「…誰かに頼まれた? 学校に連れてこいって…」
彼女の様子を伺いながら、僕は聞いてみる。
「たまたまだよ」
「は?」
「たまたまカフェに入ったら、たまたま見ず知らずの……先生がいた」
汗が出てきた。
このカフェ、エアコンが効きすぎている気がする。
「先生なんかじゃないよ。僕は学校に行けなくなった人間だ」
「ふーん。こんな分厚い本で勉強してるのに」
彼女は、僕の本を手に取る。
「私、数学苦手なんだよね。学校に来れないなら、このカフェで教えてよ?」
さらに暑くなった気がして、僕は上着を脱ぐ。
「…冗談…だよね?」
彼女は僕の言葉には答えずに、
「なんだかお腹すいてきた」と言った。
「は?」
「冷たいもの飲んだから、ホットケーキでも食べようかな…先生も頼む?」
彼女がメニューを見せてくる。
「何がいいかな?」
僕は思わずこう答えた。
「……アイスコーヒー」
小牧幸助さんの企画に参加させていただきました。