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snowy road #シロクマ文芸部

雪が降る。窓の外は一面の銀世界。
「この雪じゃ、駅まで時間がかかるな…」
早めに家を出たほうが良さそうだ。
僕はため息をつきながら、会社に行く支度を始める。

コートはどこだ? 
焦っているときに限って、なかなか見つからない。
やっとクローゼットの奥で発見すると、クリーニングのタグがついている。
最近着てなかったんだっけ?
手袋も見つからない。まぁいいか手袋は。

寒い手をこすりながら、僕は家を出る。
吹雪になっていて、前が全然見えない。
革靴は滑りやすく、下を見ながら注意して歩く。

僕はひたすら歩き続ける。
なかなか駅に辿り着かない。
視線を上げて周りを見渡すが、雪しか見えない。

僕はさらに歩き続ける。
駅までの道のりは10分ぐらい。
でももう30分ぐらい歩いてないだろうか?
寒さで身体が震えてきた。
さすがにおかしいと思い、もう一度視線を上げる。

目の前に山小屋が現れた。
山小屋? このあたりは住宅街なのに。
寒さに耐えきれなくなっていた僕は、ためらいながらも中に入ってみた。

「いらっしゃい」
顔中に髭をはやした大柄な男が、僕を出迎えた。
「暖かいコーヒーでも用意しましょう」
促されるままに、僕は暖炉の前の席に座る。

コーヒーを飲んで一息ついた僕は、男に話しかけた。
「駅に向かって歩いていたんですが……まるで雪山で遭難したみたいになってしまいました」
冗談で言ったつもりだったが、男は真顔で、
「遭難したんですよ」と言った。

「遭難? こんな街中で遭難はないでしょう」
僕の言葉に、男は憐れむような顔で首を振る。
「誰でも、いつでも、どんな場所でも遭難することはあるんです」
僕は困惑した。どういうことだろう?

「ところで、手袋はどうしました?」
急に話しを変えてきた男に、僕はさらに戸惑った。
「どうって…出かけるときに探したんですが、見つからなくて…」
「コートはあったんですか?」
「コートは…クローゼットの奥の方に…これ、何の質問ですか?」
「今は何月ですか?」

何月? 雪が降っているんだから、当然冬だ。
12月…いや、年が明けた1月か……あれ?
思い出せない……。
「今が何月かもわからない生活だったら、それは遭難しているということです」
男が僕に向かって静かに話す。
僕は返す言葉がなかった。

朝から夜遅くまで会社で過ごす日々。
毎日毎日同じことの繰り返し。
僕は季節も、今が何月かも忘れてしまっている。

「手袋が見つからないのも、コートが奥に追いやられているのも当たり前です」
そうだ。確か昨日はワイシャツ一枚で会社に行ってた……。
「今は8月……真夏ですよ」
男はそう言うと、山小屋の扉を開け放った。

外に出ると、真夏の太陽がさんさんと輝いている。
振り返ると、そこにはもう山小屋はなく、見慣れた住宅街が広がっているだけだった。


小牧幸助さんの企画に参加させていただきました。

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