チキンカツは青春の味、わたしだけの味。
青春時代の味と聞いてわたしが思い出すのは、通っていた高校近くの商店街にある精肉屋さんの、揚げたてチキンカツである。
そこは、お肉の量り売りだけでなく、手作りのカツやコロッケなんかがショーケースいっぱいに並べられていた。いつも晩ご飯を求めたお母さんたちで賑わう、地域で愛されるお店だ。
駅へ向かう帰り道と反対方向にあるから、高校二年くらいまでその存在も知らなかった。
うまいチキンカツがあるから、と先輩が不敵な笑みで教えてくれるまでは。
「おばちゃん、チキンカツ一つ!」と先輩が注文する。そのあと「ソースマヨでお願い」と続けて。
店員のおばちゃんは、慣れた手つきでタッパーから揚げたてのチキンカツを一つ取ると、ウスターソースとマヨネーズを綺麗に格子状にかけ、さっとビニール袋に入れて差し出す。
なんでも、チキンカツにお好みのトッピングをしてもらうのが、このお店の“通”なのだとか。
初めてのわたしは、おすすめとかありますか、と聞いてみる。
最初だったら、塩コショウマヨがいいんじゃないかな、と先輩。
じゃあそれでと言うが早いか、おばちゃんはチキンカツに、綺麗な格子状にマヨネーズをかけ、さらに塩コショウをまんべんなく振りかける。
わたしが受け取る時には、先輩は待ちきれないといった表情で、早く食べようぜ、と目で訴えていた。先輩が飲み込むつばの音まで聞こえるようだった。
勢いよくかじりつく。
見た目からして、大味でジャンキーかと思っていたが、マヨネーズに負けることなく肉の甘みをしっかりと感じられる。丁度よい塩気も相まって、肉の旨みが引き立てられているようだった。衣もサクサクで、気持ちの良い食感にまた食欲をそそられる。
とまあ、そんな味の感想なんて語る余裕もなくて、とにかくはちゃめちゃに美味しかった。
それからは、帰りに小腹が空いた時は、チキンカツがお決まりになった。
わたしが知らなかっただけで通っている友人も多く、みなそれぞれ「ケチャップマヨ」「柚子コショウ」「プレーン」など、自分だけのお気に入りを持っていた。
そっちもちょうだいと交換しあっても、結局俺のやつが一番うまいとみなが思って譲らず、それがちょっぴり誇らしかった。
テストの結果が良かった日に、がぶりと大口開けてかじりつく瞬間はたまらなく格別で。
部活のレギュラーに選ばれず悔しかった帰り道は、普段より少ししょっぱくて、優しい味がして。
好きな子と距離が縮まった気がしたあの日は、にやけるのを抑えきれず、友人に小突かれながら食べたっけ。
チキンカツは、わたしの青春の喜怒哀楽をぜんぶ知っている。
大学時代、久しぶりに近くまで行く用事があり、高校卒業ぶりに立ち寄った。
店先のショーケースにはサクサクのチキンカツ、その奥に少し老けたおばちゃんの姿があった。
懐かしさに笑みがこぼれるのを隠し、「チキンカツ。塩コショウマヨで」と伝える。まだ口が覚えている。
おばちゃんは変わらぬ手つきで綺麗な格子を描きながら、「あんた、あそこの卒業生かい?」と尋ねてきた。
名乗ってもいないので不思議に思っていると「そうやって注文をするのは、あそこの学生さんだけだからね」と微笑みながら、たっぷりのマヨネーズと塩コショウを振りかけたチキンカツを差し出した。
久しぶりに食べるチキンカツは、あの頃と同じ味だった。
サクサクとした衣とジューシーな肉を頬張ると、ひと口、またひと口と、わたしだけの思い出が蘇ってきた。