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甘いチューハイを流し込んだら、上手く酔えるのだろうか。
同じサークルに後から入ってきた彼女は、目が大きくて、背の低い、可愛らしい子だった。
よく笑って、慌てるとあたふたして困り顔を隠せないくせに、それでもいろんなことに真剣に取り組もうとする健気な姿勢が印象的だった。お節介でお人好しの俺は彼女を手助けすることが多くなり、日を追うごとに一緒にいる時間が長くなった。同い年だけれど、妹ができたような、そんな気持ちだった。
妹のような存在から、異性としての好意に変わるのに、そう時間はかからなかった。妹みたいだなんて、イヤな男の常套句だとわかりながらも、そう仮面を付けて、本心を隠した気でいた。
彼女がサークルに入って半年ほど。サークル活動が終わると、彼女の家に行くことが増えた。
大学生のひとり暮らし同士。一緒にコンビニでアイスと甘いお酒を買ってから、彼女の家に行く。ビールはまだ苦くて飲めなかった。
彼女が二人分、手料理を作った。特にポテトサラダが絶品だった。食後は彼女の好きなコナンの映画や、YouTubeでお笑い番組を見ながら話をした。サークルのこと、最近お気に入りの音楽のこと、互いの地元のこと、彼女が留学で行きたい国のこと。互いの悩みや将来といった、踏み込んだ話題になる度に、親身に寄り添いたい気持ちと、特別な人になっているという自惚れが互い違いに俺を支配した。
時計の針が0時半を指す少し前、「もうこんな時間だね」と彼女が言う。それが合図のような気がして、「そろそろ帰るね」と立ち上がった。食べたアイスやチューハイの缶をレジ袋に入れながら、捨てて帰るよ、おやすみと言ってドアを閉める。夜風に吹かれる帰り道、15分ほど歩いて家に着く頃には酔いがさめた。
彼女の家に泊まることは一度もなかった。
彼女はよく、親友という言葉を俺に使ってきた。あなたみたいな親友がいてよかった、いつも話を聞いてくれてありがとうと。
それ以上、関係を進めてはいけないような気がして、そうだよね、俺も親友でよかった、と嘘をついた。
***
あの子、好きな人いるじゃん?
大学3年の秋、そんな風に、頼んでもいないのに彼女の色恋について教えてきた友人がいた。あなたも当然知っているよねと話を振ってきたのだろう。
そうなんだ、知らなかったと意地を張った返事をする俺は、続く言葉を上手く紡げなかった。
誰がその好きな人かは、聞かなかった。聞く必要がなかった。
俺と彼女ともう一人、3人でよく会うあいつだ。あいつに向ける顔だけ、彼女は女の子の顔をしているように見えた。無防備で、幸せそうで、俺には見せない顔。
その日から、彼女の家に行く頻度が、わかりやすく少なくなった。バイトが忙しくなってねと、言い訳をした。LINEのやりとりも、だんだんと減っていった。
その年の冬、彼女は南米へ、一年間の留学へ行った。初めて名前を聞く小さな国だった。空港まで見送りに行ったあいつの写真を、SNSで見つけた。
留学中、現地の写真が数度LINEで送られてきて、きれいだね、と返信した。友人からの噂話で、彼女はあの彼と付き合って、留学中に別れたことを知った。
彼女が帰国した頃、俺は社会人になり、東京を離れた。まだ大学生で就職活動真っ盛りの彼女と、社会人1年目の俺とでは、その後連絡を取り合うこともなくなった。
半年ほどしたある日、彼女からLINEが来た。
久しぶり? 元気?
ぽん、ぽんとやりとりが続き、どちらからともなく、電話しようとなった。
俺の仕事のこと、彼女の就活が上手くいったこと、同級生のあいつが今はどこで何をしているかといったこと。久しぶりに話したけれどあの頃のように会話は楽しくて、美味しく飲めるようになったビールを流し込みながら、俺は気持ちよく酔っ払っていた。彼女の家で肩を並べてテレビを見ているようだった。
「本当は俺、あの頃好きだったんだよね」
言わなくてもいいことを、口走った。酔いが急にさめた。
嫌な沈黙が、しばらく続いた。スマホからは、咳払いも、物音一つ聞こえてこなくて、時間が止まってしまったようだった。
「その時に言ってくれたら、違ってたかもしれないのにね」
怒っているような、嬉しかったような、寂しい声で、彼女が言う。
声色の意味を確かめようとしているうちに「もうこんな時間だね」と彼女が言った。あの時と同じ終わりの合図だ。いつも俺が先に言っていたおやすみを彼女だけが言って、通話は切られた。
嬉しかったように少しでも聞こえた自分が、恥ずかしい。
『1:21:56』と表示されている通話の履歴を最後に、彼女とのLINEは止まっている。
残っていたビールをシンクに流して、冷蔵庫から取り出した、アルコール度数の低くて甘いチューハイの缶を開けた。
*****
このnoteは、好きなメディア『純猥談』をリスペクトして書きました。
実体験ではなく創作が含まれております。
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