Day 25 "A song you like by an artist no longer living" | #30DaySongChallenge
A song you like by an artist no longer living / 早くに亡くなったアーティストの好きな曲
卒業 / 尾崎豊
名曲、尾崎豊さんの『卒業』。
有名なサビの一節くらいしか知らなかった。確か大学生の時かな、眠れなくて、だらだら起きていた深夜、何かの拍子に思い立って、歌詞を見ながら聞いた。引き込まれた。
ちょっとだけ自分語りしますね。
中学まで、とてもお勉強ができた子だった。優等生と表現するのがぴったりだった。自分でも自分のことを優等生だと思っていた。
勉強だけじゃない。学級委員長とか、そういう役回りをよくやった。人前に立つ、長と名の付く肩書きをもらうことは、高校大学でも続いた。
実際、そういった立場は好きだった。自ら進んでやっていたのは間違いない。そうなんだけれど、それが“型”みたいなものとしてだんだんと、わたしに染み付いてきてしまっていた。
周りからの期待によって作られた“型”と、勝手にこうあるべきと思い込んで自分から身に纏ってしまった“型”と。
「いい子だね」と言われた男の子は、いい子であることにしがみつくように。いい子のレールから外れるのを恐れるように。
周りから期待される優等生であることこそが、わたしらしさみたいに感じていた。
「意外とそういうことにも興味あるんだね」って一言が、突き刺さる。意外と、ってなんだよ。優等生には、いい子には似つかわしくない。そう言われているように聞こえる。その一言を勝手に大きな槍に仕立て上げて、自分を刺していた。何度も。
けれど一度染み付いた「いい子」の支配からは中々抜けられない。気にしていないふりをして、結局自分自身が一番囚われてるんだから、たちが悪い。
この支配からの卒業
わたしにとっては、大人からの期待に反骨した思春期だけの曲ではない。
好きな洋服を好きに着たかったし、カメラを早く持ちたかったし、こうやって好きな文章を書いていたかった。いい子らしくなくったって。
自分が大切だと思う価値観を、やってみたいと思う純粋な気持ちを、大切にしていたい。
『卒業』が全部のきっかけなわけではないけれど、少しずつ、そう思える自分になってきている気がする。
優等生なわたしも大切な愛おしいわたしだけれど、わたしは今のわたしが、とても好き。