「キリスト教入門」山我哲雄 感想
遠藤周作「沈黙」の小説と映画を観て、キリスト教に改めて興味を持ったので、勉強してみることにしました。
今考えれば、わりと小さい頃からキリスト教には触れてきました。
ざっと思い出してみると、
幼少期
親戚がクリスチャンで教会に行って何かの儀式を見る
小学生
「漫画偉人伝」みたいなのでキリストの話を読む
10代後半
アニメや小説の影響でオカルト的なキリスト教の知識を得る
20代前半
アメリカ、ヨーロッパに住み、キリスト教文化に触れる
30代
「旧約聖書」「新約聖書」、ルター「基督者の自由」、アウグスティヌス「告白」、「聖お兄さん」などを読む
そして40代でまたキリスト教……。
何か縁でもあるのでしょうか?
今回僕が気になったのは、<神ーキリストー人>の関係性。
「沈黙」では神とキリストが分けて描かれていましたが、『じゃあもう神だけでよくね?なんでキリストを拝むの?』という疑問が湧いてき、そこらへんの疑問に答えてくれそうなキリスト教の入門書を探してみたらこちらがヒットしました。
早速ポチって読んでみると、軽すぎず専門的すぎず、キリスト教の大事なところをちゃんと押さえつつ分かりやすく解説していて、一気に疑問が解けた気がしました。
以下、非信者の素人が知識として理解したことなので、ガチクリスチャンの方はスルーしてください。
キリストって何?
これ自体クリスチャンの永遠のテーマで、流派によって諸説あるようですが、とりあえずキリストは人間の罪を被って死んだ生贄で、死後も罪を同担し続けてくれる貴重な存在のようです。
また、神はそれをしてくれないみたいです。
だからキリストは絶対に必要な存在だということのようです。
確かに、自分の罪を無条件に被ってくれる人がいたら心強いですよね。
ボストン時代フランス人のルームメイトと宗教について話していたとき、「Jesus is a cool guy」と言われて何のこっちゃと不思議に思っていましたが、改めて勉強してみると確かに、cool guyだと思えました。
正教って何?
ギリシャ正教とかロシア正教とかってよく聞くけど、日本人からするとイマイチよく分かりません。
なんとなく、キリスト教=西ヨーロッパの宗教=ギリシャやロシアには遅れて伝わった=分家?とイメージしていました。
上記の本でキリスト教の歴史を学ぶと、キリスト教って東から伝わったということが分かります。
まあ地図を見れば確かにそうなりますよね。
パウロさんが布教に旅立った頃はまだ地中海を渡る船もなかったでしょうし。
あと、正教は地方自治を認めているのでギリシャ正教、ロシア正教などなど国ごとに別れているというのも理解できました。
カソリックは中央集権的。
パウロさんがギリシャで哲学者にボコられた話
同書を読むと、パウロさんがギリシャにキリスト教を布教に行った際、教義がふわっとしてオカルトっぽいところをゴリゴリの哲学者たちにボコボコに論破されたという逸話が面白かったです。
ちなみに聖書にも「これ、笑かしに来てんのか?」というような逸話が結構あって、そういうのは「聖お兄さん」でネタにされてます。
個人主義、契約主義、貧者の救済
同書を読むと、西洋、特にアメリカの文化のルーツが理解できます。
個人主義はキリストという圧倒的な個の力を信じることで生まれ、契約主義は神と人との契約に始まり、貧者の救済は「貧しき者こそ天国に行ける」というキリストの思想に端を発しているようです。
2000年経っても影響し続けているというのが凄いですね。
ただ、逆にいうと、これらは普遍的価値観でもなんでもなく、キリスト教のローカルな考え方です。
クリスチャンでもない日本人がそれを真似するから変なことになるんでしょうね…
個の弱さ、犯罪発生率
また、西洋って個が持つ(本来の)強さを信じている一方、その実個がめっぽう弱いという矛盾もありますが、それもどうやらキリスト教の影響のようです。
弱かったら弱かったでキリストが同担してくれますしね。
弱くてもいいから強さを信じられるのでしょうか?
あと、西洋の犯罪発生率。
これもキリスト教をちょっと勉強したら納得しました。
そもそも人が生まれながらに罪を持っているという時点で「じゃあいいんじゃね?」と犯罪に対してハードルが低くなりそうだし、実際に罪を犯してもキリストが同担してくれたり、告白したらチャラになったりといいこと尽くしです。
この辺を考えると僕はやっぱり原罪については受け入れ難いですねえ…
性善説もどうかと思うけど、やはりそもそも善であると考えた方が悪を拒否したり、そこに堕ちてしまっても善に戻りたいという意識が生まれそうな気がします。
生まれ育った環境からどうしても悪に染まってしまった人にとってはキリスト教の教義は救いになりそうですが。
十字と神道
前から気になっていたことがあります。
それはキリスト教で必ず行う十字と「古事記」の一致。
キリスト教で十字を切るときは必ず縦から切るそうです。
一方、「古事記」において一番最初に生まれた(?)神の名は「天之御中主の神」です。
読んで字の如く、真ん中、センターのことです。
また、神道では神様を「柱」と数えることから、縦のイメージを持っていることが分かります。
最初に体の真ん中を縦に切る十字、最初に真ん中、縦に生まれた神……。
なんか共通点があってドキドキします。
宗教は適度に意識しておいた方がいい
最後に、宗教って日本ではわりと警戒され、敬遠されがちですが、一方で非合理的だったり迷信だと言われながらも今の今までしっかりと残っているところを考えると、そこに何かあると思わざるをえません。
実際ちゃんと勉強してみると現代の生活や文化、個人の性格にまで影響していることが分かります。
宗教はのめり込むと恐いですが、適度に意識しておくと得るものが多い気がします。