Vol.18 世の中は、冷静に考えて、その方が良いに決まっている方向に転がる パート3
Vol.8、Vol.16で、「世の中は、冷静に考えて、その方が良いに決まっている方向に転がる」という内容の投稿をしました。今回は少し別の視点で、過去の事例を紹介します。
コンビニはどうあるのが良いに決まっているのか
2016年12月、このようなニュースが流れました。
「コンビニの人手不足、ロボットが解決 「レジロボ」登場」
コンビニで、購入した商品を自動で袋詰めする装置です。
大手コンビニと大手電機メーカーの共同開発です。
そして、同じ2016年12月、このニュースが世間を騒がせました。
「もうレジに並ぶ必要なし"Amazon Go"オープン予定」
買い物客が買いたいものをバッグに入れて持って帰れば、自動的に清算されるという、Amazonが開発したシステムです。
2つのシステムは、コンビニなどリアル店舗の改革を目指す点で同じです。
でも「レジロボ」はすぐに消えました。
対して「Amazon Go」は、なかなか収益に結びつかず苦戦はしているものの、世の中のコンビニシステムはこの方向で競争が進んでいます。
どうしてこのような差が生じたのでしょうか。
違いはどこにあるのでしょうか。
両者は似ているようですが、開発の思想に大きな違いがあるのです。
誰のための改革か、という視点の違いです。
前者は、店員の人件費を削減することを目的としています。
対して後者は、買い物という行為を最適化することが目的です。
これは決定的な違いです。
レジロボの視点
前者のレジロボは、店員に視点を置き、店員の手間を省こうとしています。
その結果、その代償を買い物客に払わせていたのです。
実は私は、たまたまこれを体験する機会に恵まれました。
結果、想像を超えて残念なシステムであることが分かりました。
まず、買い物客が、バーコードリーダーが付いた重たいかごを持たされます。そして、手に取ったものをリーダーに通します。棚に戻したければ、もう一度通してキャンセルします。
そして買い物かごを機械の上に置くと、装置がモサーっと動いて袋に詰められて出てきます。この時に清算もします。かなり遅いです。
致命的なのは、レジ横にあるチキンなどを買うためには、別途店員にお願いする必要があるということです。コーヒーもです。タバコもです。
せっかくの自動清算が、とても複雑になります。
コンビニというのは、サッと手に取ってサッと買いたい場なので、これはとんでもなく面倒です。結局なんの効率化にもなっていませんでした。
Amazon Go の視点
対してAmazonは、買い物という行為の本質を考えて、本来どういう状態が理想なのか、という視点で再発明しています。
買い物をするのは買い物客です。
買い物客が楽になることが最優先です。
目の前の課題に対症療法的に対策を考えるのではなく、本来、買い物というのはどうあれば良いのか、という視点から入っています。
買い物をしようと思ったら、お金を払わないといけないから、店員が必要です。でもお金を受け取る人がいなくて良いなら、その方が良いに決まっています。
買い物袋は、買ったものを入れて運ぶ袋ですが、袋を持っていたら必要ないし、そもそもエコバッグを持参する時代がきています。
となると、袋詰めという行為もない方が良いに決まっています。
つまり、買い物という行為を、初めからどうだったら良いに決まっていたのか、という視点で見直して、最新技術を導入していると言えます。
進化中のシステム
ところで、買い物客が事前にバーコードを通すシステムは、レジロボでは失敗しましたが、TRIALなど一部のスーパーでは実用化されています。
使っている人もいます。これはコンビニとは違うからです。
スーパーでは手押しのショッピングカートを使います。リーダーはカートについているので重くありません。
とはいえ、買い物客の手間を増やすのは、基本的には「その方が良いに決まっている」とは言えません。
でも、清算は早く終わりますし、買い物袋をかごに装着して買い物すれば、袋詰めの手間が省けます。
これらがトータルで楽になったと捉えてもらえるかで、今後が決まると思います。
個人的には「その方が良いに決まっている」とは言えないが、その状態に向かうロードマップの途中と捉えています。
まとめ
結局「レジロボ」と「Amazon Go」の違いは、新しい「モノ」を開発するのか、新しい「コト」を開発するのか、という違いと言えます。
名前もそれを示しています。
「ロボ」は「モノ」です。
「Go」は行為、つまり「コト」です。
体験をゼロベースで見直し、「どうなっている方が良いに決まっているのか」という視点で考えることは、「コト」の開発において遠回りしないためにも使えると思います。