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Vol.13 キャリアオーナーシップは分かるが、昔を正当化する論法はオカシイ
最近、キャリアオーナーシップという考え方が広まってきています。
「昔は上意下達、つまり上から指揮命令をして、下はそれを聞いて仕事をしていれば良かった。むしろそれが大量生産の時代には適していた。
でも、時代は変わった。
今後は、全員が自分のキャリアを設計して、自らジョブを選択して貢献できるように成長してください。」
この論法って、何か 違和感 がないでしょうか。
むしろ絶対にオカシイ気がします。
パワハラ、セクハラは、
「昔はやっても良かったけど、今はダメです。」
という説明はしないですよね。
「昔からダメだったけど、黙認されていました。でも今後は黙認しません。」
という論法だと思います。
ダイバーシティも同じです。差別が昔は良かったわけではありません。
「昔からダメでしたが、意識が低かった。これからはもっと意識を高めましょう。」
というのがスタンスです。
同じ論法でいくと、
「昔は社員を奴隷のように扱っていたけど、間違いでした。今後は人権を尊重しますので、自らのために仕事をしてください。」
が正しくないでしょうか。
むしろ昔のそういう考え方が、パワハラ、セクハラ、差別などの温床になっていたのではないのでしょうか。
ブラック企業の根本原因になっていたのではないでしょうか。
働かないおじさんを大量生産したのではないのでしょうか。
そして、自ら日本をダメにしたのではないのでしょうか。
私は幸い入社してからずっと開発畑にいたので、どちらかというと自分で考えて仕事をする時間が多かったのですが、他の職能の人たちも、本当は昔から全員がそうであれば良いに決まっていたはずです。
そういう意見を聞いたことがないのですが、私がおかしなことを言っているのでしょうか。