何かを発信すること
中学3年生の時にTwitterを入れてからもう5,6年になる。
始めたての頃はツイートもしなかったし、Twitterにかける時間というのはほぼ0に等しかった。
しかし高校に入学してからというもの、いつの間にかTwitterが自分にとって欠かせないツールとなっていた。
人はそれをツイ廃と呼ぶかもしれないし、実際自分もある程度控えた方がいいのかもしれないと思ったことは何度かあったが、それでも結局今も使い続けている。
何がそんなに自分を惹き付けたのか。
それは「気軽に自分の考えや些細なことを発信できるツール」として非常にTwitterの居心地がよかったからである。
昔から声が通らないことがコンプレックスだった自分にとっては、声の大小など全く関係なしに自分の思ったことを言えるこのSNSがとても心地よかったのである。
もちろん、そこで発生する交流や出来事なども楽しいしそういった面でもTwitterが好きなのだが、やはり自分にとって、気軽に言いたいことを発信できるという点がものすごく自分に合っていたのだと感じる。
そして今年の7月、noteを書き始めた。
最初は大層な考えなどなく、ただ単に継続して何かを行うためのツールとしてnoteを利用しようと考えていた。
けれどnoteという場は"普段Twitterには載せないような少し真面目な話に関する自分の考えを発信するツール"としてものすごく良いことに始めてから気が付いた。
noteを始めていなかったら世の中の色んな出来事について少し真面目に考えてみるということを全くしていなかったと思う。
そして、ただ考えるだけでなくそれを「文章として発信する」というのはTwitterを通して"発信することの楽しさ"というものに気が付いたからだと思う。
なので、これからもツイ廃だなんだ思われようが自分が思ったことを発信するということをやめないでいたいと思う。