生まれ変わっても、また一緒に
Xでもポストしてたんですが、先日叔父さんがなくなり、地元の札幌まで帰っていました。
叔父さんと最後に会ったのは6年前くらい。日頃関わりが多かったかと言われるとそういうわけではなく、大人になってからは盆と正月に会う程度。
でも僕は、叔父さんに可愛がられていた実感がある。叔父さんの所は娘が2人。甥っ子とはいえ、男児である僕の存在は特別なものがあったんだと思う。
叔父さんはスポーツマンで、フルマラソンを走ったりロードバイクで走ったり、大会に出るために日本各地、海外にも遠征に行くほどだった。
僕は凄くカッコいいと思っていた。
お酒もよく飲む人で、盆と正月に晩御飯を叔父さんの家で一緒に食べる時には
「飲もう飲もう」と日本酒をいくつも開けてくれた。
僕の父親は体質的にお酒を一滴も飲めない人なので、父親と酒を飲む。みたいなことができなかった。
僕はどこか、自分の父親から得ることのできなかったスポーツやお酒の要素を叔父さんで補っていたんだと思う。
僕がロードバイクに興味を持って乗り始めたとき、叔父さんは凄く嬉しそうにガレージにある自分のロードバイクを見せて色々説明してくれた。
僕はほとんどちんぷんかんぷんだったけど、今だからこそあの時間の価値を感じる。
息子と共通の趣味の時間を過ごす。
その疑似体験を、叔父さんは僕を通じてしていたのかもしれない。
夢枕に立つ。虫の知らせ。
叔父さんが亡くなる前日、夢に出てきた。こんなことが本当にあるんだなと思ったけれど、偶然には出来すぎてる。
叔父さんが会いにきてくれたから、僕も会いに帰らなくちゃ。
僕は迷わず飛行機を取りました。
斎場に着き、僕の姿を見るなり叔母さんは涙を流した。
遠くからありがとう。と。
叔母さんは、本当に叔父さんのことを愛していた。
一挙一動から、それが凄く伝わってきて、叔父さんが亡くなったことは悲しいけれど、悲しみに暮れて疲れ切った叔母さんの姿に僕は凄く涙が出た。
葬儀は粛々と進んでいった。
僕は葬儀に参列したのは久しぶりだったけれど、悲しみの一番さなかにいるであろう喪主の人って、挨拶やらなにやら忙しすぎない??と思っていた。だけど今回はほとんどが斎場の人が代弁してくれていて、喪主である叔母さんは、たまに立って頭を下げるだけでよかった。
葬儀の後半、斎場の方が、叔母さんから事前に話を聞いたのであろう故人へのメッセージを読み上げる場面があった。
僕はそれが、グッサリと刺さってしまって抜けない。
思いがけない形で、自分の状況や、自分のセクシャリティに関して目を向けることになってしまった。
「お父さん、お父さんと一緒になれて、私は幸せでした。生まれ変わっても、また一緒になりましょう」
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新しいパンツでも買おうかな笑 いや、プロテインの購入費にして筋トレのモチベにしようかな。 目指せ魅惑ボディ