理想を体現する場所【海外就職への道24】
こんにちは。マニラからお届けします。
今回は前回の続き、コロナ禍でフィリピンに渡航できない中で行った沖縄ワーケーションについてお話しします。
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2021年8月、27歳になった僕は沖縄にいました。既に1ヶ月半も滞在し、身体中が沖縄に染まったような感覚を持っていました。コザで1週間過ごした後、再び読谷で滞在することにします。この地に戻ってきたのは、シンプルにその雰囲気が良かったから。オーナーや同じ宿泊者とも再会でき、毎日他愛もない話ができました。
一緒に沖縄に来た会社の同期と別れ、一人行動を始めて1ヶ月。一人でいるのは自由で楽なものの、どこかに人と関わりたい気持ちもありました。仕事で関わっているのはほとんどがフィリピン人で、フルリモートで雑談はなく(というより雑談できるほど英語が話せなく)、人間関係は薄かったのでどこかに不満を感じていました。人と関わりたい、そう思って読谷の地に帰ってきました。
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この頃になると、徐々に新型コロナウイルスのワクチン供給が始まってきており、僕の住んでいた自治体も予約が取れるようになっていました。本当はもっと長く沖縄にいたかったけど、フィリピンへの渡航がこれ以上遅れるのは嫌だったし、会社からも早めにワクチンを打っておくように指示されていたので、ついに帰京の予定を立てることになります。終わりが見えてくると名残惜しい気持ちが溢れました。それくらい沖縄が好きになっていました。
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沖縄では緊急事態宣言の最中だったものの、多くの人に出会うことができました。元々の知り合いと再会できたり、その人を含め何人かで一日かけて遊んだり、那覇や今帰仁、読谷のゲストハウスで出会った人とは今でも連絡を取り合う仲になったり、東京では出会えないようないろんな人からたくさんの刺激を受けることができました。
沖縄は観光地のイメージが強いけど、そこには自然があり、文化があり、歴史があり、そして人がいます。うちなーと呼ばれる沖縄にルーツを持つ人だけでなく、ないちゃーと呼ばれる内地から来た人もたくさんいます。彼らは沖縄という場所に憧れ、理想的な暮らしを実現するためにこの地に移り住んでいます。仕事も様々で、会社員だけでなく、派遣やアルバイトで繋いでいる人、自らビジネスを立ち上げた人、リモートワークしながら移住した人などいろんな人のいろんな働き方を知りました。
都会の喧騒から離れ、自然豊かでのんびりした地に降り立つと、そこには優しい人たちがいます。沖縄の良さはその風土もそうですが、そこ集う人たちだと感じました。ビジネスの荒波に乗ることだけが人生ではないし、自らの理想を体現することが人生にとってとても大切なことだと思いました。
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たった2ヶ月の沖縄滞在でしたが、実際に生活してみると、いろんなことを発見できました。東京で生まれ育った自分にとって、この環境の素晴らしさに気づけたことは自分の人生に大きな影響を与えることになるでしょう。
この続きはまた明日。では。
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