外国語の会話の輪に入りたい
言語を使えるかどうかと、コミュニケーションができるかどうかって全く別問題なんだ。
それに気づいただけでも良かったと思ってる。
Bonjour!
ワーキングホリデーでフランスに来て1ヶ月半、現在も引き続き、リヨンにある語学学校に通ってフランス語を勉強しています。
オリンピックはそろそろ閉幕。あっという間です。
とはいえ、リヨンはオリンピック前も開催期間も変わらずのどかな時間が流れています。
昨日・一昨日の株価暴落やそれに伴うドルの下落によって、日本円が相対的に少し上がりました。
同様に日本円の対ユーロも若干持ち直しています。
一時1ユーロ174円まで上がったものの、現時点では158円。
物価高な上に円安。
フランスでは物を買うにもすべてが高く、なかなか苦しい生活です。
このままこの調子がずっと続いてほしいと思いつつ、早いとこユーロで稼げるようになりたいとも思う今日この頃です。
語学学校にはいろんな国からやってきた人がいます。
韓国、台湾、中国といったアジアの国から、イラン、サウジアラビアなどの中東、アメリカ、ブラジルなどのアメリカ大陸諸国、モザンビークやタンザニアなどのアフリカ、そしてスペイン、イタリアといった近隣ヨーロッパの国まで。
フランスという国に染まるよりも、グローバル環境で自分と他者について考える日々です。
ちなみに日本人も当然いるものの、それほど数は多くありません。
学校でもそうだし、街でもそう。
今は常に外国の人たちに囲まれています。
この環境は、日本ではなかなかできない経験だと強く実感します。
宗教観の違いを感じ、政治について語り、文化を知る。
これだけでも来て良かったと思える大きな体験だと思っています。
これもワーホリに来たひとつの醍醐味かもしれません。
日本語を話さない日も多くあります。
リヨンにいる日本の人たちとも交流はあるものの、たまに遊ぶ際に会う程度にとどめ、あえて孤独を作り出しています。
それが、自分にとってのやる気や根性につながるし、外国に来た喜びをも感じる瞬間になります。
僕が今語学学校で学んでいるA2というレベルは、まだフランス語のコミュニケーションが満足にできない人たちのクラスです。
初心者ではないけど、まだスラスラと言いたいことは言えない。
具体的には、お店で注文することはできる、その際に軽い会話はできる。でも、細かい要望はなかなか伝えられない。
電車のオフィシャルなアナウンスは聞き取れる、でも車掌が話す緊急のアナウンスは聞き取れない。
フランス人の友達はつくれる、でもスラングは理解できない。
こんな感じでしょうか。
言語習得は楽しい反面、ストレスに感じる時もあります。
言いたいことが言えない(poison)。聞き取れない。理解していたつもりでも実は違っていた。
日本人は特に空気を読んでしまいがちな性格なので、会話の的確なキャッチボールを気にしてしまう人が多いかと思います。
このストレスを乗り越えなければ、言語習得はない。
そんなことを思いつつも、ストレスに辟易してしまいます。
語学学校に来て1ヶ月が経って、僕自身、フランス語が少しは話せるようになったという感覚はあります。
しかし、まだまだヘタクソだな、なんて毎日のように感じてしまいます。
語学学校の友達とは、基本的に英語で会話しています。
覚えたてのフランス語で話したり、英語とフランス語を混ぜて話したり、様々あれど基本は英語です。
英語圏のみならず、どこの国の人もみんな一様に英語はスラスラ話せます。
改めて、その事実に驚くばかりです。
どうやって英語を学んだか聞いてみると、基本は小さい頃から学校で学んできたり、映画や音楽に触れてきた、とのこと。
だから、日本人のようなカタコトの英語を話す人すらほぼいません。(訛りはある)
国によって人によって差はあるものの、こうしてフランスでフランス語を学んでいる人は、ほぼ全員が英語を普通に話すことができます。
日本人は学校で英語を学ぶものの、特に小さい頃、あまり英語に多くを触れてきていません。
それを後悔したり、批判するのは違うと思いつつも、この差はなかなかに大きなものだと感じてしまいます。
「世界に出る=英語を話す」
これはフランスのような独自の言語を持った先進国でも同様だと、強く実感しました。
同時に、バイリンガルなんて全く珍しくもなんともないということを知りました。
語学学校の人たちとはピクニックに行ったり、週末に旅行に行ったり、今ではすっかり友達です。
僕自身、英語はまだ流暢とは言い切れないないものの、基本は言いたいことは言えます。
改めて、4年前にフィリピンで学び始めたこの経験が身になっていると感じ、頑張って良かったとつくづく思います(詳細はこちら)。
ただ、最近英語でのコミュニケーションでひとつ悩みがでてきました。
それは、会話の輪に入れない時があること。
1:1ではほぼほぼ問題ありません
しかし、グループになると多少の問題が出てきます。
ディスカッションをしてるわけではないため、普段のコミュニケーションなんて特に深い話はしていません。
しかし、僕は会話に乗り遅れる感覚を感じて、うまく発言できない時があります。
まだ英語を理解するスピードがみんなに比べて遅く、それゆえ会話がどんどん進んでいくことに遅れを感じてしまいます。
どうしたらいいんだろう。
どの言語に関わらず、言語習得では単語や言い回しだけでなく、文法など言語の構造も学びます。
英語での例を挙げます。
なんとなく知ってる単語をつなげて「I go school」と言えば、「学校に行く」というニュアンスは伝わります。
しかし、「I am going to the school」と現在進行形や冠詞theなどを使うことによって、それが具体的にどのような状況かを具体的に伝えられます。
コミュニケーションは相手にどう伝わるかが大切。
これは僕が常日頃意識していることです。
加えて、相手が違和感を持たなければ持たないほど、コミュニケーションのテンポは良くなっていきます。
だから、学び始めた最初の段階では「伝わればいい」と思うのも良いと思いますが、スムーズな会話を進めるために正しい文法を使って伝えることも大切です。
ただ、これは後天的に言語を学ぶやり方=「学校」的な学び方です。
僕たち日本で生まれ育った日本人は、小さい頃から日本語に触れて生活してきました。
漢字や言葉を学校で学んだ経験はあれど、基本的な言語能力は日常生活から学んできました。
だから、いわゆるニュアンスなども日頃の生活の中で身につけてきました。
たとえば、「私は日本人です」と「私が日本人です」という2つのとても似ている文章があります。
「は」と「が」はどちらも主語に使う助詞だし、英語ではどちらも「I am Japanese」です。
小さい頃から日本語にたくさん触れてきた人は、この細かいニュアンスの差を「感覚」として理解できます。
しかし、日本語を勉強している大人に説明するとなると、少し難しいものです。
日本人にとっての日本語は、先天的な学習によって身につけてきました。
文法などの言語の構造は、学校ではなく日常で学んできました。
僕はこの先天的と後天的の差は、言語習得を考える中で結構大きいものだと思っています。
どちらが正しいということはありません。
しかし、後天的に言語を学ぶと、わかったつもりになってくることがあります。
言うならば、コミュニケーションは取れるけど、どこかでつっかえる感覚がある。
話したいことは話せるけど、でもコミュニケーションが上手くない。
僕は日本語を話すとき、言葉遣いは意識しなくても気をつけています。
尊敬語、謙譲語、丁寧語、そしてタメ口。これらの言葉を自然に使い分けることができます。
だから、余裕を持った状態で人と会話することができます。
しかし、僕にとって英語は後天的に取得した言語です。
スムーズに言葉を理解できても、やっぱり頭を使ってる感覚があります。
だから、正しい言葉を伝えようって必死な部分もあります。
でも、本来コミュニケーションはキャッチボール。
僕に取っての理想は話す量が1:1になることです。
だから、話そうって思うのも大事ですが、聞いて理解しようとも思わないと1:1にはなりません。
これについて、僕自身もそうだし他の日本人を見てても同じことを思います。
正しく言葉を伝えようと思いすぎて、話すことばかり意識しちゃってる。
「自分が自分が」と主張してばかりになっていたことに気づきました。
コミュニケーションのちょっとしたつっかえる感覚が、実は聞くことへのストレスから逃げていたのです。
もっと話を聞いて理解しないと、いつまで経ってもコミュニケーションはうまくならない。
僕が英語での会話の輪に入れないと感じるのも、この話を聞くということがまだまだ足りてないからでしょう。
そもそもコミュニケーションは相手がいないと成り立ちません。
誰かが自分に興味を持たないと、コミュニケーションはできないし、コミュニケーションができても続きません。
人から興味を持ってもらうには、まず人に興味を持つことから。
もっともっと話をたくさん聞いていくことに注力したい。
英語でもフランス語でも。
言語を使えるかどうかと、コミュニケーションができるかどうかって全く別問題なんだ。
それに気づいた今日この瞬間が、言語習得の次なるフェーズかもしれません。
まだまだフランスでの生活は続きます。
↓ワーホリのきっかけなどはこちらに書いてます。
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