自分の株式の一部をCOOに株式を渡したいという相談
はじめに
シード期~プレシリーズA期でエクイティファイナンスが始まっている頃に、途中でジョインしてきてくれたCOOに自分が一部保有する普通株式を譲渡したいという相談を受けることがあります。
具体例を用い、考えてみたいと思います。
会社・資本構成の状況
発行済:普通株式およびJ-KISS
起業家は現状80%の普通株を保有
今後、優先株式による増資(バリュエーション2億円想定)を実施予定
増資後の純資産は3,000万円
発行済株式は普通株50万株+優先株10万株(合計60万株)想定
COOへの株式譲渡や付与における価格算定上の論点
時価総額は純資産価額でよいか、優先株増資での時価を使うべきか
純資産価額(簿価ベース): スタートアップでは将来価値を十分に反映できず、実態とかけ離れることが多い。
優先株発行時の価格:
投資家が合意したバリュエーションは、市場実勢に近い評価と考えられる。
一般的には、間近に行われた第三者増資による価格をベンチマークとすることが合理的。
ただし、優先株と普通株は異なる権利内容を有し、優先株は清算優先権などを持つため、優先株の発行価格をそのまま普通株価とすることには無理がある。普通株へのディスカウントが必要な場合がある。
税務上の取引価額(売買実例価)の妥当性
優先株の増資価格が、税務上の「売買実例価」にそのまま該当するとは限らない。
税務上の売買実例価としては、同一種類株式間の独立第三者取引が理想的。
優先株と普通株は別クラスの株式であり、権利内容が異なるため、優先株発行価格を普通株の売買実例価として用いることは難しい。
よって、優先株発行価格はあくまで会社全体のバリュエーションの一指標であり、普通株への反映には適切な評価調整が求められる。
COOへの株式付与スキームの選択肢
既存普通株式の譲渡
シンプルだが、譲渡時に公正な時価設定が必要となり、時価との差額が給与課税対象となる可能性がある。
税務リスク低減には、適正なバリュエーションと根拠づけが重要。
新株予約権(ストックオプション)の付与
COOが一定条件を満たした場合に行使可能なオプションを付与する。
付与時に即課税されず、インセンティブ設計として柔軟。
税制適格ストックオプションなど税制優遇策を活用すれば、将来の行使時に税務メリットを得やすい。
リストリクテッドストック(制限付株式)
条件付きで株式を付与し、一定条件未達時の買戻しや没収を可能にする。
付与時点で株式保有者となるためエンゲージメント向上に繋がるが、付与時・解除時ともに課税面の問題が生じ得る。
法務・税務が複雑化するため慎重な検討が必要。
バリュエーション・税務対応の具体的手法
第三者増資価格を参考にした普通株価算定
優先株発行価格をベースとしつつ、優先権の価値を差し引いて普通株価を調整する。
株式評価モデル(オプション・プライシングモデル等)を用いて、公正な普通株価を導く方法がある。
第三者評価レポートの取得
専門家(公認会計士法人やバリュエーション専門コンサルタント)による独立評価を受け、納税時や税務調査時に説明可能な根拠を残しておく。
税務当局への説得力を高め、リスク低減につながる。
複数の評価手法の併用
DCF(Discounted Cash Flow)、純資産法、類似会社比較法などを組み合わせた総合的評価から、納得性のある価格設定を行う。
結論
価格算定: COOへの普通株譲渡価格は、近時の優先株増資の企業価値評価をベースにしつつ、普通株と優先株の権利差を考慮して調整した価格が妥当。
税務上の妥当性確保: 優先株発行価格をそのまま売買実例価とみなすのは困難であり、第三者評価や適切な評価モデルを用いた根拠資料を整えることが望ましい。
スキーム選択: 単純な株式譲渡に加え、新株予約権や制限付株式などのスキームを検討し、COOへのインセンティブと税務リスクのバランスをとることが重要。
総じて、法務・税務・会計の専門家と十分に協議し、増資直後のバリュエーションや税制優遇策を総合的に考慮した上で、COOへの付与スキームおよび株価を最適化することが推奨される。
著者プロフィール
シード期のスタートアップに特化した会計士・税理士。資本政策と財務戦略の最適化を通じて、スタートアップの成長加速を支援。
創業期特有の課題に寄り添い、適切な資金調達と持続可能な成長を実現するための伴走型アドバイザーとして活動。
実務に即した会計・税務・資金調達の知見を発信しながら、スタートアップエコシステムの発展に貢献できるよう日々奮闘している。
Twitter: @kandmybike
Podcast: 畠山謙人podcast