健太しゃちょう 弾丸漫遊記(秋田編)
6月29日。
頭は相応に重い。昨日の乱痴気を考えれば妥当な結果だろう。そうだ。思えば2夜連続の飲み過ぎではないか。
節制をモットーとする私(ウソ。体形を見ればバレる)としては意に沿わないが、普段からこんなもんだと言えなくもない。
スイデンテラスの朝食レストランはこの時間、ひろーいオープンデッキ状になっている。つくづく気持ち良い。
建屋を支える木の匂い。雨上がりの湿った空気が微風で頬をなでる。わずかに混じる、良く知ったる田の、土の匂い。ビュッフェを彩る山形の食材達。
食が進む。基本ワタシはくいしんぼである。ヒミツなので、皆さん知らないと思うが。
今日も1日頑張れそうである。
この日はスイデンテラスに隣接する「ソライ(SORAI)」から視察を始める。
エリアデザイン上、同一のエリアに据えられた「教育施設」。それも低年齢対象である。建築構造物自体が見るに値する新規性や独創性があるが、木材がふんだんに使われて、とても暖かい印象だ。
保育施設やフリースクールの機能を備え、フリースペースや遊具、工具が揃えられている。
工具については、親子で工作体験などもできるのだが、ノリやハサミはもちろん、ハイエンドなもので「3Dプリンターまである」、と言えばその充実ぶりが伝わるだろうか。その中間については推してしるべし。
地元親子はもちろん、旅行で域外から訪れた親子も利用が可能で、そこで生まれる交流もあるだろう。むしろその交流を意図して設計された、とも言える。おそらく未就学児童なら朝8時から夕方5時まで遊んでも、1週間は飽きずに楽しめそうである。
「はしゃいだ大人が滑って転び、骨折、と言うのが当施設のケガのほとんどです。どうしても、と言う方は靴下を脱いでいただければ遊んでいただいてもけっこうですよ」という館長のお言葉。オクテにして内向的な性格のワタシは一瞬躊躇してしまったため、靴下を脱ぐタイミングを逸してしまった。タイミングを逃さずに速やかに靴下を脱いだ青柳氏については、さすがと言うしかない。もちろん褒めているつもりだ。一応(笑)
私も童心を忘れない大人でありたい。
一行はソライを後にし、秋田へと向かう。
昨夜より本ツアーリーダーの千葉女史は忙しそうに電話のやりとりをしている。本業のお客様との急な案件で、仙台に飛ばねばならないらしい。
お客様?本業?
実は私も良く分かっていないのだ。謎多き女史である。女性は少しミステリアスなくらいが魅力的だというのが持論なので、あえて知ろうとしないことで彼女のミステリアスさと魅力を温存することにしている。
常に女性の魅力向上に配慮、寄与するジェントルな男性として、全世界の女性から、もう少し大切にされても良いのではないか、と思う。
鶴岡の駅に千葉女史を下ろし、急遽ここでお別れである。
珍道中になりがちな私の農業漫遊ツアーを、かくも安定した手配をしてくれた女史には、心からの感謝を申し上げたい。むしろ今回はあなたが珍道中の主役か。
さあ、秋田へ向かおう。未知の県、秋田。山形より、さらに予備知識がないのが秋田だ。
人生初上陸である。(昨日の通過はカウントしない)
一般道中心で山道を北上する。山形の庄内平野より圃場は小規模化するものの、私の地元御殿場の田んぼに比べると、いちいち広大である。
また、道を進み、秋田に入る辺りから明らかに水稲の葉色が変わってくる。一言で言えば秋田の方が葉色が濃い。
多収品種が多くなるのか、それとも窒素コントロールのテーマが異なるのか。
県が変われば栽培が変わる、と言うのは良くあることだが、なかなかに面白い角度での地域性だな、と思う。
本日は青柳氏が運転するボックスワゴン1台に生産者メンバー全員乗り合わせである。山本さん、石川さん、柳谷さん、雉子谷さん。新しい仲間たち。
昨夜の深酒の後である。体調も万全ではなかろうに、運転をお任せしっぱなしで、心苦しいばかりである。
居眠りして良ければ運転を代わると、殊勝に申し出たが、丁重に断られた。残念である。
お言葉に甘えるとしよう。
今日のお目当ては、やまだアグリサービスの柴田氏である。我が父より幾分若いくらいでご高齢ではあるものの、一言で言って精悍。
思想はガッチリとした経験に基づいた迫力がある。酸いも甘いも、嫌と言うほど噛み分け、噛み締めてきた上でのことだろう。
言葉も明瞭で、お話も上手である。惜しむらくは、明瞭で聞き取りやすくはあるものの、秋田弁が強く、4割の単語が理解できなかったことである。聞こえているけど分からないのだから仕方ない(笑)
「農業とは、金が回ってナンボ」
「直播無湛水はイケる」
主旨はこの二つに要約して良いだろう。4割単語が不明でも、内容は文脈で分かる。これでも元国語教師やで。
農業を語る農業者、語る農外の専門家、語る市民。時として「お金が回らなくてもこうあって欲しい」という理想を語る人や、農業者に押し付ける人を見かける。
いや、正直に言う。今、日本では溢れ始めている。
私達農業者も、人として営み、子をなし育て、やがて老いていくのだ。その間に、他の産業と同様に適正な対価をいただくから、その営みは成り立つ。
そんな当たり前の前提条件をすっ飛ばす議論や主張は、どうかご勘弁いただきたいとしか言いようがない。
栽培、機械から設備。運用コストから利益。補助金と納税のバランス。リスクとメリット。農業にまつわる人間関係と地方のドラマ。来し方、現在、行末。
柴田氏はなんでも話してくれる。見させてくれる。どうか一年くらい弟子入りさせてください、と喉まで出かかったが、今、ワタシは栽培期間中の法人経営者であることを忘れていた。ともかく、なんでも話してくれるオープンマインドの柴田氏。こちらもすっかりオープンな気持ちに引き込まれてしまった。
お話が栽培技法のみ、と言うことになり、視察が「栽培技法オタクの会」になってしまうのは農業者ツアーのあるあるなのだが、柴田氏の話は「それが利益を上げるのか、下げるのか」というポイントが明確に添えられている。単に農業者ではない。優れた経営者なのだ。
氏の圃場も米の生育は絶好調であった。
私達はその後、柴田氏の案内で「稲庭うどん」を昼食として食べにいくことになった。
キタコレ。な!ワタシが愛してやまないご当地グルメではないか。
うどんを待つ間は、まだまだ柴田氏とお話ができるわけで。ありがたや。もう、聞けることはなんでも聞いとこう、という勢いである。
テーブルにお待ちかねの稲庭うどんが運ばれる。稲庭うどんにおいては、醤油+出汁のつゆ、胡麻つゆの二種のつゆワンセットというのが珍しくないらしい。もちろんどちらもうまい。そしてうどんの喉ごしの良いことよ!麺は細いが、その細さに抗うだけのコシは十二分。やはり、のどこしの「つるん」、唇を滑る「つるん」、こそがこの稲庭うどんの魅力だろう。 1800円也。
なんと、この旅に同行した北海道の「ショクレン」さんがご馳走してくれることを申し出てくれた。
お心遣いに感謝しかない。お礼にウチの農産物をショクレンさんに出荷するか、ショクレンさんから資材を買えば良いだろうか。遠すぎてどちらも嫌がられそうなので、大人しく振る舞いを享受することとした。ご馳走さまでした。ショクレンは素晴らしい企業です、と諸方で触れ回ることをお約束します。
さて、北海道メンバーが慌ただしい。
現在1時過ぎ。北海道行きの飛行機便は秋田空港発が3時頃だ。
秋田空港までは1時間程度は見ておかなければならない。ワタシが不信を抱くGoogle先生によるサジェッションだが。
飛行機搭乗のタイムスケジュール感でいうと、やや慌てた方が良い状況と言えよう。
ワタシは4時発の羽田行きなので気楽なもんである。さあ、みんな、急げ!
・・・。スバルレガシーの川合氏の運転では味わなかった、加速感。アクセルをベタに踏んだ日本車の加速でシートに押し付けられる。まさか日産ノア(ボックスワゴン)、青柳氏の運転で味わうとは想像もしていなかった。まあ、これも旅の思い出だろう。
車内北海道組は気持ちも慌ただしい。空港着前に、最終給油も必要で、離れたレンタカー屋にも行き、シャトルで送ってもらわなければならない・・・間に合うかー、というような調子。
ここはひとつ、ということで、返却や給油はワタシが請け負い、皆には空港正面で降りてもらうことにした。
皆!元気で!また会おうよ!きっと未来を追っかける以上、どこかですぐ会うよね!北の友達よ!
良い別れ、余韻を残す別れであった。
(シフトノブや細かい操作が分からず、見守る北海道チームとの無言の気まずい時間が、無くもなかった)
ワタシは改めて落ち着いて車を発進させ、粛々と給油、車の返却をつつがなく済ませた。
シャトルに乗り込み、ゆったりと空港に向かう。
まだ時間はある。ゆるりと行こう、ワタシは。
ひとまずはトイレに向かう。
便器に向き合うと、隣は見慣れた顔の青柳氏である。
「あ、どーも」
情緒感豊かな別れの後に、なんか予定外にまた顔合わせちゃうと、もう一度別れを再現するのも変だし、変によそよそしくなってしまうものである。
「じゃあじゃあ」
「またまた、どーもどーも」
というような変に気まずそうな、曖昧な日本人っぽい言葉の別れをもう一度繰り返す。
まあ、飛行機に間に合うようでなによりであることよ。
いかんいかん。ワタシは自分の限られた時間の中で、嫁子どものお土産を物色せねばなるまい。じっくりと選んでやろう。
嫁には秋田のモチーフをあしらった小銭入れ。娘はオモチャをご所望であったか。
しっぽをひっぱるとブルブル震える、秋田犬マスコットをチョイスした。カワイイ。
自分用や共用で、地酒、いぶりがっこを仕入れれば、万全というものである。
さあ、会計を済ませて最後の務めに向かおうか!
レジに向かう。
「あれ」
レジでは青柳氏が買い物袋を抱えている。もう・・・流石に笑う。余裕やんかーい!
段取りや気遣いなんてこんなもんで。
改めて言うけど、また会おう!
今度こそ最終の見送りを済ませた私は、最後の務めに向かう。
漫遊期の定番。
「旅のシメ、一人ご当地メシ&一杯」のコーナーである。
ニセコでは、諸事情により、この一杯を付けることができなかった。今回は欠かさないぞ!
空港レストラン街で、一際和風っぽい暖簾をくぐる。
まあ、さして迷わないのだ。ここでしか味わえない。あるいは、ここで味わいたいものをチョイスするだけなのだ。
泡の細かいプレミアムモルツが運ばれてくる。
まあ、定番からいこうじゃないか。
がっこ(いぶりがっこ)とチョロギの酢漬け盛り合わせ。それから「ぎばさ」。和え物で。なんだ「ぎばさ」って。調べるとヌメリのある海藻をこちらではそう呼ぶらしい。どれも美味い。おそらく家庭の味に比べれば随分洗練されているのだろう。それでも「田舎のお袋の手作り」みたいな擬似体験をさせてくれる。
良いじゃないか秋田。
ハタハタの一夜干しの焼き物はダメだった。全く口に合わない。身質は軽く、ほろっとして淡白だが香ばしい。
給仕してくれる、ネイティブ感溢れる恰幅の良いオネエさまに
「これって頭からまるごとですか?それとも、のほうですか?」
と尋ねた。
「ホホ。好きずきですよ。どちらでも美味しいですよ。ま、ワタシは頭から行きますけど。オホホ。」
とのこと。
答えているような答えていないような回答であった。しかし、同じくいしんぼの匂いを感じるオネエさまの嗜好に合わせて頭からいただいた。身肉のクセのなさに比して、頭も内臓も、ワタシには「香り豊かに過ぎた」。
正直、生臭い。ハタハタがそう言う魚なのか、店のコンセプト、調理法がそうなのかは分からないが、せめて次があるとしたら違ういただき方をしようと、心に誓った。
口に合わない。
しかし、これで良いのである。
ワタシの「旅の一人メシコーナー」は、全球ストライクである必要はない。(全球ボール、危険球、ワイルドピッチは嫌だが)
ワタシの口に合おうが合うまいが、「現地を味わいたい」のだ。
人生とは。そして旅とは。
要約して言うと「思い出作り」なのだ。ワタシにとって。
「生きる」、と言うことを鮮明にする行為。それが旅。だから、ポジティブな経験でも、ネガティブな経験でも構わない。
だから体験を80〜100点で揃えるより、ちょっと「あれ?」とか「やべ!」があるほうが、はるかに鮮やかに記憶に残る。それで良い。それが良いのだ。(ただし、くいしんぼなので、比内地鶏の炭焼きで口直ししたよ!)
さあ、ゆったりいこう。まだ15:20だ。
16:05秋田空港発、羽田行き。
地鶏炭焼きについつい地酒一合を追加してしまい、程よく出来上がったオジサンが一人前完成する。
乗り遅れがないように搭乗ゲートの直近の椅子に腰掛け、搭乗開始を待ちながら・・・ウトウトと。
直感的瞬間的に「ハッ」と目覚める。時計、16:04!
ヤバい!
コレ、ヤバい!!
周囲状況も確認せずに椅子から飛び上がる。
通常、最低でも10分前には機内に入ってください、ということだが、1分前って、どう言うこと!?
あ、アウトか?!
全身が総毛立つような感覚。コレはマズイ!
・・・。おかしい。おかしいな。
居眠り前と風景が変わっていない・・・。
便を待つ人々もそのままで、寝ほうけるワタシだけ取り残された風でもない。
「3番ゲート、秋田空港初、羽田行きは、途中空路の混雑により、出発時間が25分ほど遅れています。間も無く搭乗を開始いたしますので、しばらくお待ちください」
よ、良かった。そういうこと?
ふわ〜。
大気圏突破なみの極限の緊張から、一気に弛緩と安心に着陸し、胸を撫で下ろす。
LCCをANAに代えてまで乗り遅れなくて良かった。
ツアーも最後まで鮮明な彩りを保つワタシであった。
まもなく、機体は滑らかに滑走路を離れたのであった。
ありがとう山形。
ありがとう秋田。
また来るよ、また会おう、必ず。