今井雅子作 「膝枕」にゴリゴリのヒップホップを添えて

ラップ

これが始まりの合図
頑くなーに
バチバチのマイク
レペゼンしているマイフット
ベンツ走らせるこのマイライフ

尖る言葉はナイフのタイプ
ダイブのバイブス 
ライムを開封
地元レペゼンタフなラッパー
今にまさに見せる日がきた
計画なくだす連発場外
点高く鳴いて結果出す
韻を踏ませたらデンジャラス
ひたすらひけらかす膝枕っぷ

(アドリブで繋げる)


ん?ピンポン?なんだピンポンて?

(寝起き)んー?うるさいなぁ、、、はーい、今出るから

休日の朝。独り身で恋人もなく、その日の予定も特になかった自称ラッパーの男は、チャイムの音で目を覚ました。
ドアを開けると、宅配便の配達員がダンボール箱を抱えて立っていた。オーブンレンジでも入っていそうな大きさだが、受け取りのサインを求められた伝票には「枕」と書かれていた。
「枕」
男の声が喜びに打ち震えた。
「受け取ってもらって、いいっすか?」
配達員に急かされ、男は「取扱注意」のラベルが貼られた箱を両腕で受け止めると、お姫様だっこの格好で室内へ運び込んだ。
はやる気持ちを抑え、爪でガムテープをはがす。カッターで傷をつけるようなことがあってはいけない。箱を開けると、女の腰から下が正座の姿勢で納められていた。届いたのは「膝枕」だった。ピチピチのショートパンツから膝頭が二つ、顔を出している。

「カタログで見た写真より色白なんだな」
男が声をかけると、膝枕は正座した両足を微妙に内側に向け、恥じらった。見た目も手ざわりも生身の膝そっくりに作られている。

ここからビート

さらに、感情表現もできるようプログラムを組み込まれている。だが、膝枕以外の機能は搭載していない。膝を貸すことに徹している。
カタログには他にも膝枕商品が並んでいた
男はカタログを手にリズムを取った

(ラップ)
幅広いニーズ 対応できるシリーズ 豊かな商品ラインナップ。
体脂肪たかめやみつきの沈み込みを約束「ぽっちゃり膝枕」。母に耳かきされた思い出 
「おふくろさん膝枕」も置いてる。か弱い脚で懸命に支える」「守ってあげたい膝枕」眺める。ワイルドすね毛に癒されるやつら におすすめ「親父のアグラ膝枕」
カタログながめた隅から隅、
熟慮に熟慮妄想に妄想
の末に男が選んだ本能
誰も触れたことないヴァージンスノー
「箱入り娘膝枕」
カットインするキーキャクター


サビ
色とりどりの膝枕
みんなの個性を光らすはず
疲れたあなたニー
今日も膝が笑う

「箱入り娘」の商品名に偽りはなかった。恥じらい方ひとつ取っても奥ゆかしく品がある。正座した足をもじもじと動かすのが初々しい。一人暮らしの男の部屋に初めて足を踏み入れた乙女のうれし恥ずかしが伝わってくる。
「ワッサ!よく来てくれたメーン。自分の家だと思ってリラックスしてくれ」
強張っていた箱入り娘の膝から心なしか力が抜けたように見えた。この膝に早く身を委ねたいという衝動がこみあげるのを、男は、ぐっと押しとどめる。強引なヤツはヒップホップじゃない。気まずくなっては先が思いやられる。なにせ相手は箱入り娘なのだ。
「その……着るものなんだけど、Bガールの服ってよくわかんなくて.……」
男がしどろもどろに言うと、箱入り娘の膝頭が少し弾んだ。
「あの、あれだ、明日一緒に買いに、、、ショッピングにしにウォーキング的な?」
さっきより大きく、膝頭が弾んだ。喜んでくれているらしい。

男と膝枕にとっての初夜となる、その夜。男は箱入り娘に手を出さず、いや、頭を出さず、韻も踏まず、そこにいる膝枕の気配を感じて眠った。やわらかなマシュマロに埋(うず)もれる夢を見た。
翌日、男は旅行鞄に箱入り娘膝枕を納めると、デパートのレディースフロアへ向かった。
「窮屈でわりぃ。少しの辛抱だから」
ファスナーが閉まりきらない旅行鞄を抱きかかえ、鞄に向かって話しかける男の顔は最大限にニヤけていた。怪しすぎて、店員は寄って来ない。
「やっぱり白のイメージかなあ。こういうの似合いそうだよね。これなんかバイブスたかくね?」
男が手に取ったスカートを旅行鞄に近づけると、鞄の中で膝頭が弾んだ。
裾がレースになっている白のスカートを買い求めた男は、帰宅すると、早速箱入り娘に着せてみた。
「アーイ!。すごく似合ってるって話。可愛いー、、(鼻息)……もう我慢できねー!」
男は箱入り娘の膝に倒れ込んだ。マシュマロのようにふんわりと男の頭が受け止められる。白いスカート越しに感じる、やわらかさ。レースの裾から飛び出した膝の皮膚の生っぽさ。天にも昇る気持ちだ。
この膝があれば、もう何もいらない。男は箱入り娘の膝枕に溺れた。スタジオにいる間も膝枕のことが気になって収録に手がつかない。
「ヒエ!帰ってきたぜメーン!」
男が飛んで帰り、玄関のドアを開けると、膝枕が正座して待っている。膝をにじらせ、男を出迎えに来てくれたのだ。なんて、いじらしい。愛おしさがこみ上げ、男は箱入り娘の膝に飛び込む。
膝枕に頭を預けながら、男はその日あった出来事を即興でラップにする。

どーでもいーよなこーとが俺をいっつもいっつも足引っ張ってる
にっちもさっちも行かない時に助けてくれた貴方がいた
いつもはただただ文句ばっか
ピンチの時は助けてくれんだ、、、ん?どした?

ときどき膝頭が小さく震える。笑っているのだ。
 
「オレのラップ、結構いけちゃってる?」
拍手をするように、二つの膝頭がパチパチと合わさる。もっと箱入り娘を喜ばせたくて、男のラップに熱がこもる。ライブやバイトでイヤなことがあっても、箱入り娘に語り聞かせる歌詞ができたと思えば、バイブスがあがった。うつ向いていた男は胸を張るようになった。顔つきに自信が表れ、眼に力が宿るようになった
曲も今までの変に見栄を張った歌詞とは違い、箱入り娘膝枕と共に作った等身大の素直な気持ちを書き綴った
すると、鳴かず飛ばずだった音楽活動にも次第に光が見え始めた。

「こんなに面白い人だったんですね」
ライブの打ち上げで隣の席になったヒサコが色っぽい視線を投げかけてきた。男の目はヒサコの膝に釘づけだ。酔った頭が傾いてヒサコの膝に倒れこみ、膝枕される格好となった。
その瞬間、男は作り物にはない本物のやわらかさと温かみに魅了された。
骨抜きになっている男の頭の上から、ヒサコの声が降ってきた。
「好きになっちゃったみたい」
その夜も、箱入り娘膝枕は、いつものように玄関先で男を待っていた。ヒサコの膝枕も良かったが、箱入り娘の膝枕も捨てがたい。
「やっぱお前の膝枕がNo. 1だぜ」

つい漏らした一言に、箱入り娘の膝が硬くなる。浮気に感づいたらしい。そこに「今から行っていい?」とヒサコから連絡があった。男はあわてて箱入り娘をダンボール箱に押し込め、押入れに追いやると、ヒサコを部屋に招き入れた。
その夜、男はヒサコに膝枕をせがんだが、手を出すことはしなかった。ヒサコは男に大事にされているのだと感激したが、男は膝枕にしか興味がないのである。
翌日からヒサコは男の部屋に通うようになるが、あいかわらず膝枕止まりで、その先へ進まない。ヒサコはじれったくなるが、女のほうから「そろそろ枕を交わしませんか」と言うのもはばかられる。
もうひとつ、ヒサコには気になることがあった。男の部屋にいると、視線を感じるのである。誰かが息をひそめて、こちらをジトっと見ている気がする。
「ねえ。誰かいるの?」
「んなわけねーぜメーン」
すると、今度は押入れからカタカタと音がする。
「ねえ。何の音?」

「え?なんの音って?ヨーヨーこれなら地響きリリック描くぜ地道に!あーーー!ごめん今降りてきたは、歌詞が!」

「いいよ。作業してて。私、先に寝てる」

「違うって。人がいると、気が散っちまうって話」
男は急いでヒサコを追い返すと、ダンボール箱から箱入り娘を取り出す。箱の中で暴れていたせいで、箱入り娘の膝は打ち身と擦り傷だらけになっている。その膝をこすりあわせ、いじけている。
「嫉妬してくれてんの???」
男は箱入り娘を抱き寄せると、傷だらけの膝をそっと指で撫でる。
「悪りぃ。もう誰も部屋には上げね。俺には、お前だけだよ」
男が誓うと、「お願い」と手を合わせるように、箱入り娘は左右の膝頭をぎゅっと合わせる。それから膝をこすり合わせ、「来て」と言うように男を誘う。
「いいのかよ? こんなに傷だらけなのに」
「いいの」と言うように左右の膝をかわるがわる動かし、箱入り娘が男を促す。打ち身と擦り傷を避けて、男は箱入り娘の膝に、そっと頭を預ける。
「やっぱ、お前の膝がNo.1だ」
「最低!」
男が飛び起きると、いつの間にかヒサコが戻って来ていた。玄関に仁王立ちし、形のいい唇を怒りで震わせている。
「二股だったんだ……」
「違う! マジなのはお前だけだって話これはおもちゃじゃないか!」
男が思わず口走ると、「ひどい」と言うように箱入り娘の膝がわなわなと震えたが、男は遠ざかるヒサコの背中を見ていて、気づかなかった。

男は、ヒサコへの愛を誓うことにした。
「悪ぃ。これ以上一緒にはいられないって話。でも、お前も俺の幸せを願ってくれるよな?ピースに行こうぜ」
身勝手な言い草だと思いつつ、男は箱入り娘をダンボール箱に納め、捨てに行った。箱からは何の音もしなかった。その沈黙が男にはこたえた。自分がどうしようもない悪人に思えた。ゴミ捨て場に箱を置くと、振り返らず、走って帰った。

真夜中、雨が降ってきた。箱入り娘は今頃濡れそぼっているだろう。迎えに行かなくてはという気持ちと、行ってはならないと押しとどめる気持ちがせめぎ合う。男はヒサコの生身の膝枕のやわらかさを思い浮かべ、自分に言い聞かせた。
「箱入り娘のことは忘れよう。忘れるしかねー!ヒサコの膝が忘れさせてくれるって」
眠れない夜が明けた。男が仕事に向かおうと玄関のドアを開けると、そこに見覚えのあるダンボール箱があった。狭い箱の中で膝をにじらせ、帰り着いたらしい。箱に血がにじんでいる。
「早く手当てしねぇと!」
男が箱から抱き上げると、箱入り娘の膝から滴り落ちた血が男のワイシャツを赤く染めた。
「大丈夫?? しみてね? マジでごめん」
箱入り娘の膝に消毒液を塗り、包帯を巻きながら、男は申し訳なさとともに愛おしさが募った。こんなに傷だらけになって男の元に戻って来てくれた箱入り娘を裏切れるわけがない。

そのときふと、男の頭に別な考えがよぎった。
「これもどうせワックなプログラミングなんじゃねぇか」
箱入り娘膝枕の行動パターンは、工場から出荷された時点でインストール、されている。二股をかけられたとき、捨てられたときのいじらしい反応も、あらかじめ組み込まれているのだとしたら、人工知能に踊らされているだけではないのか。そう思うと、男はたちまち白け、箱入り娘がただのモノに見えてきた。
「明日になったら、二度と戻って来れない遠くへ捨てに行くぜメーン」
これで最後だと男は箱入り娘の膝枕に頭を預けた。別れを予感しているのか、箱入り娘は身を強張らせている。箱入り娘の膝枕に頭を預けながら、男はヒサコの膝枕を思い浮かべる。所詮、フェイカーはリアルに勝てないのだ。
「ダメヨ (スクラッチ)ワタシタチ ハナレラレナイ ウンメイナノ」(スローモーションになる)
夢かうつつか、箱入り娘の声が聞こえた気がした。

翌朝、目を覚ました男は、異変に気づいた。

「あれ? どうしたんだ? 頭が持ち上がらない」
頭がとてつもなく重い。横になったまま起き上がれない。それもそのはず、男の頬は
箱入り娘の膝枕に沈み込んだまま一体化していた。皮膚が溶けてくっついているらしく、どうやったって離れない。

「これじゃあまるで、こぶとりじーさん?いやノートリアスビックじゃねーか」
男は保証書に記された製造元の電話番号にかけてみたが、呼び出し音が空しく鳴るばかりだった。
「なんだこれ? 商品をお買い上げのお客様へのご注意……?」
保証書の隅に肉眼で読めないほどの細かい字で注意書きが添えられていることに男は気づいた。
、「この商品は箱入り娘ですので、返品・交換は固くお断りいたします。責任を持って一生大切にお取り扱いください。誤った使い方をされた場合は、不具合が生じることがあります」
いよいよ起き上がれなくなった男の頭は、
ますます箱入り娘の膝枕に沈み込む。

ビート

かつて味わったことのない、吸いつくようなフィット感が男を包み込んでいた。

部屋の中には箱入り娘と共に作った曲が鳴り響いていた

ラップ
どーでも いーよな こーとが 俺を
いっつもいっつも足引っ張ってる
ニッチもサッチもいかない時に
助けてくれた仲間がいた
いつもは、ゴチャゴチャ文句ばっか
ピンチの時は助けてくれんだ
なんもねぇーよ 俺なんもねーよ
繰り返す言葉の感情線
ひっくるめて返す愛情で
リリックを綴るiPhoneで
俺にはまったく才能ねえ
すきでやってんだI don't care
おれ から はじまって
だれ かに 伝わって
あな たと 交わって
すべ てが 絡まってく
イエー
その言葉にずっと救われたんだ一
君は君でいい ただそれだけだろ
その言葉にずっと救われたんだ一
君が僕を 変えてくれたんだ

その言葉にずっと救われたんだ〜


この膝さえあればもう何もいらない



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?