企業がリーダーにコーチをつけるときに知っておくべきこと (その3)
これまで2回にわたり、企業がリーダーに向けてコーチングを採用したいと思ったときに、知っておくべきことをお話してきました。
コーチングを上手に活用するために会社が考えるべきポイントとして私が挙げている3つの項目は以下の事柄でした。
【ポイント1】上長が直接的に関与する
【ポイント2】リーダーが能動的に関わる対価を明らかにする
【ポイント3】退職という選択肢をオープンにする
今回は「退職という選択肢をオープンにする」という話題についてお話を進めていきます。
企業のリーダーへのコーチングは継続的に数ヶ月から1年程度の関わりになることが多いのですが、ある程度の成果が出始めたころに起きやすいのが、「退職」の意思決定なんです。
つい最近ご縁のあったリーダーとのコーチングでもその方からこんなことを言われました。
「いままでのコーチングセッションで私開眼しました。本当にコーチング受けてよかった。それでですね、私は別のところで働いたほうが実力が活かせることに気がついたんですよ。それで、退職しようと思ってます。コーチングのおかげでいろんなことに気づけました。」
そもそもの前提から考えると、これは会社がスポンサーとして支出をしているプログラムである以上、対象となる個人が退職してしまう事は一般的に考えてかなり不都合なことです。
今回は、このようなコーチングセッション中の「退職」にについてお話を進めていきます。ここから先は以下の4つのテーマに沿ってお話を進めます。
①会社は退職リスクを既に把握している
②コーチへの暗黙のプレッシャー
③退職という選択肢はリーダーが成長した証
④提言:1つの成果として退職を含める
①会社は退職リスクを既に把握している
実は会社もコーチングを提供しようとするリーダーが退職するというリスクがあることを認知しています。
そもそも会社がリーダーにコーチをつけようという意思決定をし、そこに予算を投下するには何らかの理由があります。
例えば、成績不振、倫理的な問題、チームをリードできない、昇進させるには能力が足りないなど、対象となるリーダーには具体的に何らかの問題課題が存在します。そして、そこに解決策を見出さなくてはいけないギリギリの局面になって初めて外部サービスの助けを借りるという意思決定がなされるわけです。(つまり、お金を使うのは最後の砦ということです)
もう少し辛辣な言い方をすれば「コーチングでも問題・課題を解決できなかった場合、そのリーダーへの戦力外通告も選択肢の一つ」と考えていると言っていいと思います。要するに「パフォーマンスを速やかに向上させるか、クビか」という究極の選択肢が存在しているということです。
ただし、いざ「クビ」となると、いろいろと問題が出てくるので、実際的には会社として避けたい選択肢になります。もしその選択肢を選ぶとすれば、当初予算になかった採用コストもかかるでしょうし、業務上の引継ぎや、顧客やステークホルダーに向けた説明責任など、会社として様々な負担がかかります。つまり、リーダーの退職は短期的に見て不都合が生じるわけです。そのため、会社はリーダーに対してコーチング期間中に退職の話題をオープンにしない傾向があります。
②コーチへの暗黙のプレッシャー
このような事実はコーチを複雑なポジションに置きます。
事前のすり合わせで会社としての意向をしっかり理解した上で、コーチはリーダーとの対話に臨むわけですが、「退職」という話題をセッションの中で直接扱うことはご法度という暗黙の了解があります。
コーチングでは「相手が主体的に解決策を見出し、変化を生み出すこと」を支援していくわけですが、その中で一つだけ「やってはいけない」選択肢があるとしたら、リーダー本人がこの会社を去ることを選ぶという解決策に向けて舵を切ることです。
こんなことが起きてしまえば、今後コーチはその会社から仕事を得られなくなってしまいます。「あのコーチはうちの大事なリーダーを退職させるように導いた」と戦犯扱いされるリスクがあります。
優れたコーチであれば「もし仮に制約事項がなかったとしたら、どんなことをしてみたいですか」と問いながら、アイデアを膨らませてもらうということも時に必要なプロセスとして取り入れたいところなのですが、こういう環境では少し弱腰になってしまいます。「もし仮に制約事項がなかったら、そしてこの会社で仕事をするという前提で考えてもらって、どんなことをしてみたいですか」といった質問は、質問自体が矛盾を含んでいます。これでは求める変化にたどり着けなくなります。コーチングの力が弱まる原因の一つです。
③退職という選択肢はリーダーが成長した証
リーダーから見える景色はまた少し違います。
リーダー本人は必ずしも今の会社で退職までキャリアを全うしたいとは思っていません。他の会社から良いオファーがあれば受けるでしょうし、今の環境で快い待遇を受けられなければ転職も考えるはずです。
多くのリーダーは今の職責を全うするために多くのエネルギーを使いつつ、半ば受動的に転職エージェントが声をかけてくれるのを待っているような状態で働いているのではないでしょうか。つまり「声がかかれば動く」という状態。言い換えれば、どんなに今の仕事が気に入らなくても、次の行き先が決まっていなければ動けない、ということです。
そのため、転職に関する確実なオファーが他社から出ない限り、リーダーは会社に対して「退職」という話題を口にすることはありません。
それが、コーチングを受けることでリーダーの自己理解が飛躍的に進み、自分の置かれた状況について、より客観的な認識ができるようになります。
それは、自分が今まで達成してきたことを振り返り自信を持つことであり、今置かれている立場や環境を客観的に評価することであり、自分の未来をより真剣に考えることでもあります。
そういった過程の中で「この場所ではないかもしれない。もっと輝ける場所があるかもしれない」と想起すれば、より「能動的な転職」という選択肢に向けて具体的に動いてみることもあるかもしれません。
コーチングはそういうドアを時にクライアントに開けさせます。それがいかに会社にとって不都合な決断だったとしても、それを制止するのはコーチの役割ではありません。
リーダーが成長する過程で転職を見据えるのは、ある意味正常なことであり、成長の証でもあると言えます。
④提言:1つの成果として退職を含める
普段の職場環境ではこれまで説明してきたような理由から「退職」という話題が明るみに出る機会は殆どありません。しかし、コーチングというプロセスを経る中で「退職」の話題は避けて通れないものであることは明らかです。
もしそうであれば、退職について事前にすり合わせをする機会を持つことは理にかなっているのではないでしょうか。関係者全員が集まって、「もし退職という選択肢を選ぶ場合」についてオープンに会話をすることのメリットは大きいのではないかと考えます。
これにより関係者全員が共有する大切なメッセージは、今回のコーチングが会社にとって非常に重要で、もし上手くいかなければ、退職という選択肢もあり得るという真剣なものであることです。リーダーの能力開発のための研修とは違う、より緊急度も重要度も高い取り組みであるということを関係者全員で「持ち合う」のです。
コーチがこういった会話をファシリテートすることで、公平な場を作ることができます。例えば関係者が全員集まった場でコーチが「もし万が一、リーダーが会社の臨む目的や変化を決まった期間で達成できなかったとしたら、何が起きると思いますか」といった問いを関係者に問うことがあったとします。その現場をバーチャルで再現してみましょう。
コーチ「もし万が一、リーダーが会社の臨む目的や変化を決まった期間で達成できなかったとしたら、何が起きると思いますか」
上役「そういう想定はしていないけど、もしそうなった場合は、私としてもいろいろと考えることがありますね」
コーチ「例えば、どんなことですか?その中に退職や異動なども選択肢に入りますか?」
上役「そうですね。これまでいろいろありましたからね。もう今回が最後のチャンスかも知れないと思ってほしいということです」
コーチ「リーダーの○○さんはどうですか?」
リーダー「そうですね、私も努力はしてるんですが、なかなか上手く行かなくて。もし今回改善できなければ、降格含めて会社の意向に従わざるを得ないかと思います」
コーチ「このコーチングの結果次第で退職という選択肢もあり得ますか?」
上役「そうですね、そのくらい深刻な問題が起きていると考えてもらったほうがいいかもしれないです。会社としてはこれ以上容認できない所まできているので、場合によっては辞めてもらうということもあるということです。私自身として望む結果ではないですが、今回これだけコストもかけてるし、厳しい対応も視野に入れています」
コーチ「少し質問を変えますね。もし仮にコーチングセッションの過程で○○さんが退職の意思を示されたとしたらどうしますか?」
上役「困りますね(リーダの方を向いて柔らかい表情で笑う)実際のところ、○○さんには相当期待しているんですよ。仕事もできるし、部下の面倒見もいいし。ただ、ちょっとだけ頑張ってもらわなきゃいけないところがある。ただ、この会社だけが働く場所じゃないので、もし○○さんがそう決めたとしたら、それは仕方ないことなんじゃないですかね。その時は応援したいと思います」
リーダー「ありがとうございます。今のところ、そういう希望もないし、引き合いもないですので大丈夫です。ただ、コーチング受けていく中でいろいろお聞きしたいことや相談したいことも出てくると思うので、都度相談に乗ってもらえると嬉しいです」
こんな会話が開くことのメリットを考えてみてください。隠すことではなく、オープンにすること。不都合な事実を明らかにし、建設的な対話をすることは、時に不快で辛いことですが、そういった話題を避けてはいけない場面もあります。
企業がコーチングを採用する時には、事前にこういった場を設定することをお勧めします。
さて、この記事ではコーチングセッション中に起きる「退職」の話題について取り上げました。会社という環境の中では誰も直接的に触れたくないと思っている「退職」についてそれぞれの視点から考察し、事前にオープンな対話をするメリットについて提案してきました。
コーチングを採用するタイミングは、こういった「語りにくい話題」について対話をするチャンスでもあります。折角大切な予算を割くのです。コーチングの成果をコーチとリーダーに任せてしまうのではなく、関係者全員が参加し、より良くするための環境を作り上げていくべきではないでしょうか。