Tokyo2020自転車ロードレース(男子)~世界の一流選手が地元を走る幸せ
東京オリンピック、男子ロードレースが無事に終了した。
ロードバイクを趣味とし、ツール・ド・フランスやジロ・デ・イタリアといったグランツール(ヨーロッパで開催される権威あるレース)を観戦している人間にとって、グランツールを走る一流の選手たちが日本にやってくることだけでも相当のビッグニュース。
その上、自分が生活している街を通り、普段から使っているホームコースを彼らが走るというのは夢のようなことだ。
ヨーロッパからやってきた映像機材とスタッフ
テレビ中継がなかったのは残念だったものの、ネット配信によりその映像を見ることができた。
高速で走る選手たちをリアルタイムに追い続ける撮影は高度な技術が必要で、日本にそのノウハウがあるとは思えず不安があったが、そこはある意味何も問題なかった。日本にノウハウがないのは全くその通りで、ヨーロッパからやってきた機材とスタッフが空撮やバイクカメラを担当してくれていたからだ。
レース先頭を走る中継車はスペインのナンバープレートを付けており、映像配信の無線中継機となるセスナは、フランスからロシアを通って5日間かけてやってきたとのこと。飛行機で5日!同じ日数かけて帰るのだよね。すごい大仕事だ。
空撮やバイクカメラが捉える日本の風景は、フランスやイタリアのそれと比べても遜色なく見事。開会式翌日にロードレースを開催することで、日本の風景の美しさを世界に発信してくれていたと思う。
奇跡的なコース設定
コース設定も恐らくオリンピックでしかできない奇跡的なもの。
たとえば、パレード走行で大國魂神社の境内を選手が走る。
普段は当然に自転車乗り入れ禁止の場所。府中駅前のケヤキ並木ならともかく、境内を走行するのはオリンピックのように世界に発信される特別な舞台でしか実現できないだろう。
実質的なレーススタートは是政橋。(上の写真はレース前日に撮影)
尾根幹と呼ばれるアップダウンの続く道路を通り、旧小倉橋から道志みちを経由して山伏峠、山中湖を回り、籠坂峠、三国峠を越えて富士スピードウェイをゴールとする234キロ。
沿道には安全のため、警察・自衛隊・ボランティアが相当動員されていた。これだけの大掛かりなスタッフ動員をかけられるのもオリンピックならではで、他のイベントではなかなかここまでの調整は難しいのではないだろうか。
僕はパレード走行中の是政橋の少し手前で、選手たちが通過するのを見ることができた。集団でやってきた彼らは、先頭から最後尾までほんの2,3秒で、一人ひとりの顔を識別する時間もないまま、文字通り一瞬で走り抜けていった。真夏の猛暑の中、ここからハードな長距離レースがスタートするのだ。
レース結果
レースは、1週間前まで21戦かけて行われていたツール・ド・フランスの続きとして、まるで第22戦を見ているような展開。ツールで総合優勝したポガチャル、3位だったカラパス、ステージを3回勝ったファンアールトが表彰台に絡む活躍。
一時は逃げ集団とメイン集団の間で最大20分差がついたものの、後半の厳しい上り区間で逃げは吸収され、最終的には以下の結果となった。
優勝 リチャル・カラパス(エクアドル)
2位 ワウト・ファンアールト(ベルギー)
3位 タデイ・ポガチャル(スロベニア)
カラパスは、ツールではポガチャルに対して山岳で何度もアタックを仕掛けてはそのたびに追い付かれたり逆に突き放されたりするなど苦杯をなめさせられたが、このオリンピックの舞台では見事金メダルを手にした。
日本選手の出場は2名で、新城幸也選手と増田成幸選手。新城選手は35位、増田選手は84位という結果に終わった。
地の利を生かしてより上位にいってくれたらという想いはあったものの、猛暑の中このハードなコースを無事完走してくれてよかった。
新城選手のゴールシーンが感動的
順位はともかく、僕が感動したのはゴール前での出来事。集団で帰ってきた新城選手は後方2列目にいた。そのダンゴ状態のままゴールするかと思ったら、なんと周りの選手たちが新城選手のために道を開けてくれたのだ。
新城選手は、普段はバーレーン・ヴィクトリアスというワールドチームに所属して、グランツールを含むレースを走っている。ジロ・デ・イタリアは今年で4度目、グランツールは14回の完走を果たしている。
ゴール前に戻ってきた時点で、既に入賞圏外であることは確定している。
それでも、ゴール地点の富士スピードウェイにはたくさんの観客がその雄姿を見に来ている。彼の故郷である日本で、その姿がよく見えるように周りの選手たちは花を持たせてくれたのだ。
今回のゴール前での光景は、世界で戦ってきた新城選手のことを、世界の選手たちが認めてくれていることを示す象徴的な出来事だったといえる。
辻啓さんの実況ライブに感謝
ところで、今回のネット中継は実況も解説もなし。本当にただの中継映像だけが延々と流されていた。映像を作っているのはヨーロッパの専門部隊なので安定しているものの、やはり実況がないとそのレース展開を理解するのは難しい。
ここで素晴らしいサポートをしてくれたのがサイクルフォトグラファーの辻啓さん。レース直後から、Instagramで解説ライブを開いて下さった。逃げグループとメイン集団との間で大きなタイム差がついたときも冷静な戦況分析を展開。
辻さんの本職はカメラマンであり、ヨーロッパのレース中継の際に現地からレポートしてくれる姿をよく見ていたが、このような長時間のライブを聞くのは初めてのこと。
これが想像以上に素晴らしく、ネット中継の映像を見ながら辻さんの解説を聞くというマルチ画面で、最後まで集中して楽しむことができた。大感謝。
さいごに
日本においては、自転車の地位は低いし、自転車ロードレースの知名度も高いとはとても言えない状況にある。それでも、今回のオリンピックを契機として、少しでもその裾野が広がっていったらうれしい。
また、今回のレースで日本のよさ、美しさが世界に伝わり、海外から日本の景色を見に訪れたいと考える人が増えるといいと思う。