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すき焼き

はたらけど はたらけど猶 わが生活 楽にならざり ぢつと手を見る

石川啄木が労働者の苦悩を詠った詩だ。今週の俺はまさにこんな感じだった。

オペレータに寄り添うために現場の作業を手伝うようになった。だが自分の仕事は残業して行うようになったため、仕事が遅々として進まない。

また、俺が心を入れ替えたところでオペレータのミスは一向に減らない。

かといってパワハラの一件もあったので怒鳴り散らすわけにもいかず、顔に張り付けた笑顔で
「大丈夫ですよ!!何とかします!」
「大丈夫ですよ!次から間違わなければ良いので!!」
と繰り返す毎日だった。

月曜日だけでストレスが最高潮になった。

しかしながら今週は火曜が旗日で休みだった。リフレッシュのために東京に住む姉と弟と映画を見に行く約束をしていた。

別で用事があったので、目的地に早く来て喫茶店で2人を待っていると、社用ケータイに上司から仕事のミスを指摘するメールが入った。

それに立て続いて、稼働中の現場のオペレータから、機械がエラーで何度も停止して作業ができないと電話があった。リフレッシュ目的で出かけたのに俺の気持ちはあっという間に沈んだ。

せっかく出かけたのにまたとんぼ返りするわけにもいかず、上司にはメールで謝罪して明日対応すると連絡し、現場には対応を電話で指示した。

姉弟に会ったら沈んでいた気分も何とか持ち直した。映画を見ている間はケータイの電源を切らなければいけないので、突然の着信に怯えることなく楽しく最後まで見ることができた。

しかしながら、2人と別れた後は現実に引き戻され、また気分が沈んだ。明日はミスの対応と現場で機械の確認をしなければいけないと思うと、足取りが重くなった。いっそこのままどこかに失踪してしまおうかとも思った。

だが、実家で心配している家族のためにも俺は頑張らなければいけない。英気を養うためには好物を食うに限る。

少し肌寒くなってきたこの時期にピッタリなのは、すき焼きだ。俺は1人ですき焼きを作るほどすき焼きが好きだ。

俺は帰りしな立ち寄ったスーパーで、牛肉の薄切りと春菊、焼き豆腐、結びしらたき、ねぎ、しいたけ、卵を購入した。お肉コーナーにあった牛脂も忘れない。

帰宅してから麦飯を仕込み、しらたきと野菜を洗う。ネギは斜め切りにし、春菊は食べやすい大きさに切る。

しいたけは石づきを少しだけ切って傘の部分に十字に切れ込みを入れる。

大学1年の頃、友人宅ですき焼きをする際の仕込みで、しいたけの石づきを切り落としたら、一緒にいた3人の友人に「そこが一番味が濃いンだろうが!!」と総スカンを食らったことがある。

それから俺はすき焼きを作るときは石づきを落とさず、少し切るだけにしている。

焼き豆腐も水気を切って、食べやすい大きさに角切りにする。これで下ごしらえは完了だ。

共同キッチンに刻んだ材料と肉と共に鍋を持っていく。加熱した鍋に牛脂をしいて、牛肉を焼く。

少し赤みが残るくらい焼いたら、砂糖を肉に振りかけるように加え、醤油と酒を同量加えて、残りの具材を敷き詰めていく。しらたきは肉から離れたところで煮る。これはしらたきのカルシウム分が肉を固くしてしまうからだ。

俺のすき焼きは割り下や市販のたれを使わない。関西風で作るのがこだわりだ。

しばらく煮込んだら今日映画を見る前に買った鍋敷きの上に鍋を載せ、炊きあがった麦飯と卵をそえて完成だ。

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すき焼き。実家のすき焼きはここに白菜も入っているのだが、白菜は切るときにあちこちに散らばるので、今回は省いた。

卵を器に割り入れて箸で溶き、甘く煮た牛肉を浸して食べると幸せな気分になった。春菊もねぎも、すき焼きの味付けで煮て、卵を浸せばいくらでも食べれてしまう。

余った具材はタッパーに移して翌日温めなおし、すき焼き丼にする。味のしみた具材がご飯にまぁよく合うんだなこれが。

好物のすき焼きを食べたおかげかはわからないが、翌日の水曜日は何とか乗り切ることができた。

しかしながら木曜日、定時間際に別部署から仕事を依頼された。現在の進捗を考慮すると、翌日オペレータに対応してもらったら通常業務が滞ってしまう。

そのため、オペレータの負担を軽減させるために俺が引き受けることとなり、結果翌朝3:00過ぎまで現場で作業をすることとなった。

会社を出たのは朝4:00近く、夕飯を近所の牛丼屋で済ませて帰宅し、2時間ちょっとだけ寝て会社に行った。

依頼元の部署の社員から電話で、
「どこまで終わりましたか?」
と仕事の進捗を聞かれたとき、
「全部終わりました。」
と誇らしく報告することができた。

予想外の答えに驚いたのか少し間があって、「…本当にありがとうございましたッ!」と言われた。

俺はこのとき、ほんのちょっとだけ、今まで自分の仕事に感じたことがなかった「やりがい」のようなものを感じた。

その後上司に前日の残業量を指摘されたが、事情を話すと「今日は早く帰れるのなら、早く帰ってください。」と言われた。

そしてその日は久しぶりに定時で上がった。

一度失った信頼は取り戻すのは大変だが、俺は今週、少しだけ取り戻せた気がする。

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