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ピーマンの肉詰め
俺の住む横浜は、8月に入ってから雨が一切降らなかった。しかし昨夜と今朝、まるで今まで降らなかった分を取り戻すかのようにバケツをひっくり返したような雨が降った。
昨夜は雷を伴い、近くにも何度か落雷があったようで、ものすごい轟音が辺りに響いていた。昨日は昼寝をしたので寝るのが遅かったが、もしいつもの時間に寝ていたら雷鳴で叩き起こされただろう。そして今朝の雨は、大雨と呼ぶのも生ぬるいような土砂降りだった。
「恵みの雨」という言葉があるが、それにしては激しすぎたと思う。雷が鳴ると学生時代に住んでいた金沢を思い出す。
金沢の嵐も本当に酷かった。近くのラーメン屋の看板が破損したり、ベランダが浸水したという友人もいた。
俺は当時、深夜にイヤホンをつけてyoutubeで動画を見ていた。外で誰かがバイクのエンジンを吹かす音がずっと続いていて、あまりにも長すぎたので、文句を言おうと外をのぞいたら、バイクではなく絶え間なく続く雷鳴だったことがあった。
あの時は大層驚いたものだ。
週末なので外に出る用事もなかったので、部屋の窓から雨を眺めながら過ごした。雨が止むと少し晴れ間が出てきた。俺は夏の嵐の後の晴れ間が好きだ。
地面はまだ濡れているが、上がってきた気温によって蒸発した雨水で辺りはうっすらと煙っていて、ほんのりとマーガリンのような香りがする。蒸し暑さはあるものの、晴れているときのそれとはまた別で、街全体が洗われたようにスッキリとしている。
そんな空気の通りを歩いて、夕飯の買い出しに出た。牛豚合挽肉350g・アサヒドライゼロ2本・小麦粉・卵のパック・玉ねぎを購入する。
時刻はPM5:00。夕飯まではまだ時間があり、腹もまだ減っていなかったので、しばらく電子書籍を読んで時間をつぶす。好きな作家のエッセイだ。
PM6:00。エッセイを読み終わった。そろそろ腹の虫が鳴り出すころなので、夕飯の下ごしらえを行う。玉ねぎを半分みじん切りにして皿に移し、共同キッチンの電子レンジで3分加熱。加熱後はしばらく置いて粗熱を取る。
実家から送られたピーマンを7つ半分に切り、中の種を取り出す。このとき、へたは取らずに残しておく。種を取ったピーマンは袋に移し、小麦粉を大匙1入れて袋を振って全体に小麦粉をなじませておく。
冷めた玉ねぎのみじん切りと挽肉350gをボウルに入れ、卵を1個割り入れ、にんにくチューブ・しょうがチューブを5cmずつ絞り、ナツメグを小匙1入れ、木べらで練り混ぜる。全体がまとまってきたら忘れていた塩コショウを小匙半分くらい入れ、更に練る。
袋からピーマンを取り出して、挽肉を詰める。ピーマンから肉がはみ出すくらい、こんもりと詰めると良い。
挽肉を詰めたピーマンとサラダ油を引いたフライパンを寮の共同キッチンに持っていき、フライパンを中火で加熱する。
フライパンが温まってきたら、挽肉の面が下になるようにフライパンにピーマンを並べて中火で焼く。ひっくり返してみてこんがりと焼き色がついていたら、ピーマンの面を下にして中火よりも少し火力を落として加熱。
ピーマンなどの身が厚い野菜は、じっくりと弱い火力で加熱しなければ、中までしっかり火が通らない。バーベキューや焼き肉をやるときなんかも、中央の火力の強いところで野菜を焼くと、表面丸焦げ中身生焼けの散々な状態になってしまう。
そのため、網の端っこでじっくりと加熱するのだ。今回もそれと同じ、ピーマンは少し火を落としてじっくりと加熱する。
目安としては大体7・8分くらいだが、そこまで厳密には計っていない。ひっくり返してみてピーマンにも焼き色がついていたらOKだ。皿に移す。
肉汁の残ったフライパンには赤ワインとケチャップ・ソース・はちみつを入れてソースを作る。量は目分量。たまに手を抜くことが、自炊を長く続けるコツだ。
予め炊いておいた麦飯と、カット野菜のサラダ、それからインスタントの味噌汁を添え、冷凍庫でキンッキンに冷やしたグラスにアサヒドライゼロを注いだら夏にぴったりの晩御飯の完成だ。
ピーマンの肉詰め。こいつは俺が進学して家を出るまで、我が家の夏の定番メニューで、弁当にもよく入っていた。俺は毎日食べても良いくらいこいつが大好きなのだが、最近は全然食卓に並ぶことがなくなってしまった。理由は知らない。なぜだろうか。
小ぶりなものを箸でつかんで、ガブリとかじると口の端から肉汁があふれた。肉の旨味とピーマンの程よい苦みが口いっぱいに広がる。そうそう、これだこれ。本当に久しぶりに食べた気がするが、その懐かしさと味の良さに思わず唸ってしまう。
火の通りが心配だったが、中までしっかりと火が通っていた。この焼き加減は次回また作るときのために覚えておくべきだろう。
今回は俺のオリジナルでナツメグも入れてみたが、とても良い仕事をしていた。ほんのりと香るにんにくとしょうがも味にアクセントを加えている。
1個丸ごと口にほおばって咀嚼し、アサヒドライゼロで流し込むと幸せな気持ちになった。ご飯にもよく合う。赤ワインソースも適当に作った割にはピーマンの肉詰めとベストマッチしていた。
「7個分のピーマンの肉詰めはいくら何でも多すぎるだろうか。」と思ったが、あっという間に平らげてしまった。こいつは危険な料理だ。いくらピーマンがあっても足りない。
「また実家からピーマンを送ってもらおうかな。」と、図々しくも考えてしまうのだった。