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ライスカレー

夏といったらカレーだろう。

以前スパイスのみでカレーを作ったときにも言ったが、俺はカレーが大好きだ。最近はS&Bのカレー粉やスパイスを使って作ることが多いが、ルーのカレーも好きだ。

窓から吹き込む夕暮れ時の、涼しい田舎の夏風を、頬に感じて食べるカレーは、夏の風物詩だ。

例によって夏休みなので、2週間前に作ったにも関わらず、俺はまたカレーが食いたくなった。だが、今回は前回作ったスパイスカレーとは一味違う。

子供のころに実家で食べたような、小学生の時の夏の林間学校で同級生のみんなと作ったような、あのカレーをまた食べたくなったのだ。

幸い実家から送られてきたじゃがいもと玉ねぎがあるので、あとは肉とにんじんと市販のルーを揃えれば、カレーができる。

だが俺は、市販のルーを使うのを潔しとしない。これだけ寮の部屋にコリアンダーだの、ターメリックだの、クミンだの、多種多様なスパイスを揃えておいて、「今日は市販のルーに浮気しちゃう。」というのは俺の主義に反する。

「お前本当に面倒臭い奴だな。」と思う人もいるかもしれないが、すでに材料がそろっているのに新たに材料を買い足す必要はないだろう。何より、もったいない。

しかも、自粛期間中に行うことといえば日課の散歩をするか、部屋で本を読むか、料理を作って記事を書くくらいしかないので、俺は暇で暇で仕方がないのだ。

どうせなら玉ねぎを飴色になるまでじっくり炒めてスパイスを入れてカレーペーストを作り、2時間くらいたっぷり時間をかけてコトコトカレーを煮込みたい。

そこで俺は、今家にあるスパイスを使って、市販のルーを使った「家カレー」を再現することにした。酔狂だと思うのなら思えば良い。もともと俺は酔狂を地で行く男だ。

俺の家から徒歩15分くらいのところにある業務スーパーに行き、豚ロースのブロック肉とにんじん2本、にんにくチューブとしょうがチューブ、ヨーグルトを購入する。

俺はポークカレーを作るときはコロコロとした角切りの肉が入っていなければ気が済まない。ホントは豚バラのブロックのほうが良かったが、20%OFFのシールが貼ってあったのでロースにした。俺は経済的なのだ。

そして近所のコンビニみたいなスーパーに行き、カットトマト缶をかごに放り込み、チャツネを探す。しかしながら店員さんにも聞いたものの、チャツネは置いていなかった。しょうがないので、トマト缶だけ購入して、寮から少し離れた大きいスーパーに行った。

マンゴーチャツネと、いつの間にか切らしていたハチミツ、明治のビターチョコレート、福神漬けを購入し、暑くなったので店内に併設されているBaskin Robbinsで新作フレーバーのアイスを食ってから、ダラダラ汗を流して帰途についた。帰りに100円ローソンでカット野菜のサラダも購入した。

部屋に着くと板チョコが暑さでひん曲がっていたため、冷凍庫にぶち込んでおく。お前の出番はまだ先だ。今のうちにクールダウンしてろ。

まずは下ごしらえ。玉ねぎ3つのうち1つはみじん切りにして、残りの2つは乱切りにしておく。じゃがいもは小ぶりなものが4つ残っていたので、すべて皮をむき、芽を取って食べやすい大きさに切る。にんじん2本も皮をむいて乱切りにする。

肉は食べやすい大きさに角切りに。こいつがカレーに入ってるだけで気分もほっこりするってもんだ。

今回使用するスパイスはホール・パウダー含め以下の通りだ

ローリエ2枚
シナモンスティック1本
クミンシード小匙1
クローブ3粒
輪切りの鷹の爪1つまみ
チリペッパー小匙1
パプリカ小匙1
コリアンダー大匙1
クミンパウダー小匙1
ターメリック小匙1/4

ほとんど前回と一緒だが、鷹の爪とパプリカを新たに加えている。これがどんな連鎖反応を示すのか、楽しみだ。

フライパンに油をひいて、ホールスパイスを弱火で軽く炒める。パチパチと音がしてきたら、にんにくチューブとしょうがチューブを3cmずつ絞り、一緒に炒める。頃合いを見てみじん切りにした玉ねぎを入れ、弱火で飴色になるまで炒める。

これが結構時間がかかるので、この間に肉と野菜を炒めておく、深めの鍋に油を引いたら、豚ロースと乱切りにした玉ねぎを放り込んで黒コショウと塩を軽く振って下味をつけて炒める。焼き色がついたら、じゃがいもとにんじんも一緒に投入して、軽く炒める。

ここで気づいたのだが、俺の持っている鍋の大きさに対して、野菜の量が多すぎた。分けてもにんじんが多かったので、ほとんど鍋の淵まで野菜が入ることとなった。

木べらでかき混ぜるのが大変だったので、もうめんどくさくなって、煮込めば水分が飛んで体積も減るだろうという暴論のもと水を投入した。

野菜が浸るくらい入れたいところだが、表面張力ぎりぎりまで水を入れることになる。それだと沸騰してあふれたお湯が辺りを汚しまくるのが容易に想像できるため、少し加減して入れる。

ローリエとクローブとシナモンスティックは、この時点でフライパンから鍋に移しておく。そのまま玉ねぎと炒め続けると焦げちゃう可能性があるからだ。

飴色玉ねぎも野菜を煮込むのも時間がかかるので、寮の階段脇のスペースに何故かポツンと置いてある座り心地の良さそうな椅子を持ってきて、私物のタブレットで電子書籍を読む。俺はこの待ち時間がとても好きだ。

鍋の灰汁はこまめに掬って除去する。こういう手間を惜しまないことが美味い料理を作るコツだ。

玉ねぎが飴色になったら、パウダースパイスを入れ、全体になじませたら、ヨーグルトをスプーンで山盛り2杯とカットトマトを投入する。

俺はカットトマトの缶を開けるたびに辺りにトマト汁をまき散らすので後始末が大変だ。急いでキッチンペーパーを濡らして持ってきて辺りを拭いて回った。

そうこうしているうちにカレーペーストの水分が飛んで、ポッテリとしてきたので、1時間くらい煮込んだ野菜と肉の鍋にボトボトと入れる。あふれるのではないかと心配したが、そんなことはなかった。じゃがいもが溶けてドロドロになりかけていたが、それも家カレーの醍醐味だ。

味がまとまるまで混ぜ混ぜしながら煮込んだら、スプーンで掬って少し味見する。悪くはないが、甘みやコクが全然足りない。

俺は自室から、ソース・ケチャップ・はちみつ・マンゴーチャツネ・ガラムマサラ・冷凍庫で冷えてカチカチになった板チョコ(ようやくお前の出番だ。)を持ってきた。

カレーの味は隠し味で決まる。これは俺の持論だ。

まずはソース。こいつは秘密のイングリーディエントがカレーの味にコクと深みを持たせる。こいつをドボドボ入れる。量としては大匙2以上。結構容赦なく入れて良い。

次にケチャップ。カレーに適度な酸味と甘みを追加してくれる。俺のばあちゃんのカレーはケチャップが大量に入っているが、これがまぁ美味い。俺はばあちゃんに倣って、カレーの隠し味にケチャップを入れることが多い。こいつもソースと同量くらい入れる。

そしてマンゴーチャツネ。カレーにフルーティさを追加する。こいつは個包装で40g入っているのでそのまんま全部絞り出す。

そしてチョコレート。これはカレーに苦みと甘みを追加する。これはお母さんに教わったカレーの隠し味だ。ミルクチョコでもビターチョコでも良いらしいが、俺はいつもビターを選ぶ。こいつは板チョコの半分くらいそのまんま入れて混ぜる。

ここで一旦味見をする。俺は驚いて自然と感想が口から洩れた。
「あ、これバーモントカレーだ。」
このカレーの味は紛れもなく、りんごとハチミツとろ~りとけてる黄色いパッケージのアイツそのものだったのだ。

当初の目的である、スパイスを使って市販のルーでつくるカレーを再現するという目的はここで達成した。しかしどうもまだ味に物足りなさを感じる。

俺は追加ではちみつとガラムマサラを小匙1ずつ追加してみた。味見をしたが、まだ何かが決定的に足りない。言葉で説明しにくいが、日本人好みの味ではないのだ。

考えた末に俺がたどり着いた結論は、「うまみ」と「日本人好みのフレーバー」だった。これを2つとも満たすものは1つしかない。俺は自室に戻り"めんつゆ"をひっつかんで寮のキッチンに駆けた。

出汁のうまみと日本人の好む醤油フレーバーが日本のカレールーには必要だったのだ。俺はめんつゆもソースと同じくらい容赦なくドボドボ入れた。

味見をしてみる。これはもう完全にバーモントカレーそのものだった。俺は自分の試行錯誤の結果に危うく落涙しかけ、他の入寮者も通りかかるかもしれない共同キッチンで一人気持ち悪く涙目でニヤニヤしていた。

重い鍋をもって自室に行き、実家から送られたキュウリを刻んでカット野菜と共に小皿に盛り付け、簡単なサラダを作った。

そして、今朝炊いてもう白色から軽く黄色味がかった色に変色したご飯を大皿によそい、カレーをたっぷりかけた。家カレーのミソは炊き立てのご飯を使わないところだ。もちろん福神漬けも忘れてはいけない。

麦茶を注いだコップとカレー・サラダ・スプーンをお盆に載せたら、ご機嫌な夏の夕餉の完成だ。

考えうる限り完璧なカレーができてしまった。
俺はこの傑作をあえてこう呼ばせてもらう。
" ラ イ ス カ レ ー " と!!!!

一口食べれば俺の口の中に郷愁の風が吹き込む。
このノスタルジアをたとえるなら、
実家で幼い頃に家族と一緒に食べたカレー。
林間学校で食べたご飯がお粥みたいになったカレー。
スクールキャンプで供された保護者軍団が作ったやたら美味いカレー。
高校の部活の合宿で嫌味な部員と共にかきこんだカレー。
大学の学園祭終了後に色気より食い気ばかりの友達の家で作ったカレー。

そのすべてがこのカレーに集約されていた。

俺は「うまい。うまい。」と部屋で1人つぶやきながら、あっという間に炊飯器のご飯をすべて平らげてしまった。

開け放った窓からは涼しい風が吹き込み、俺は遠い田舎に思いを馳せた。今年の夏は実家に帰れないのが本当に残念だった。

大学1年の頃、お盆休みの帰省の時期の連絡をケータイメールで送ったとき、お母さんが「何か食べたいものある?」と返信し、俺は即座に「カレー」と送ったことを思い出した。

大した思い出ではないはずなのに、俺の記憶に強烈に残っているのはなぜなのだろうか。いや、本当はわかっている。夏に帰省して、実家で食べるものといったら1つしかない。

夏といったらカレーだろう。

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