肉の日
焼肉が好きだ。
地元にいた頃は、家族に内緒で月に一回こっそりと1人で焼肉を食べに行くことが俺の密かな楽しみだった。
「牛角」や「焼き肉きんぐ」などのチェーン店も好きだが、今、俺の住む街はどういうわけか個人営業の焼肉屋さんが多くひしめいている。
そして、毎月29日。所謂「肉の日」。俺にはちょっとした楽しみがある。
俺の好きな焼肉屋さんが10%の割引を行っているのだ。
この店は国産の肉が2980円で食べ放題という、今このご時世には信じられないほどコスパの良い店だ。毎月29日の10%割引の日には、ソフトドリンクの飲み放題をつけても4000円でお釣りがくる。
肉質も大変すばらしい、牛肉にはサシが入っているし、牛タンも大振りで分厚い。店員さんが物凄く献身的でフレンドリーなのも好感が持てる。
今月も例によって俺は、店の混雑を避けて、昼下がりに腹を空かせて店に向かった。
本当は電車を乗り継いで行くのだが、俺は腹を空かせるために徒歩で向かう。空腹は最高の調味料だからな。
店に着いたのは14:00過ぎ頃。顔馴染みの店員に案内されて席につく。
店内には俺以外にも2組のお客さんがいた。1組は家族連れ。もう1組は俺と同じお一人様だ。
一人で来ても全く気兼ねする必要がないのもこの店の良いところだ。
店内のBGMは平成のヒットメドレー。秋から冬に移ろうとするこの時期、俺は何故か懐かしい曲が聞きたくなる。この感覚に共感してくれる人は結構いるはずだ。
店内BGMと己の空腹に耳を傾けていると、先付として牛タンとキムチが運ばれてきた。
1人前で分厚い牛タンが6枚も皿に乗っている。現場のオペレータの紹介で初めてこの店を訪れたとき、俺はその量に大層驚いたのだった。
焼いている間はキムチをつまむ。
こんがりと焼けたらねぎ塩を載せてレモン汁につけて頂く。
この瞬間、俺は1ヶ月の仕事の頑張りを噛み締める。給料日の翌日、自分で稼いだ金で食べる焼肉は何物にも代えがたい最高の味だ。
あらかた牛タンを片付けたら、キムチの盛り合わせとカルビ・ロース・ハラミを注文する。無論、ライスも忘れない。
一人暮らしは何かと栄養素が不足しがちなので、焼き野菜も注文する。
野菜は網の端でじっくりと加熱するのがセオリーだ。真ん中で焼いてしまうと、表面が焦げているのに、内側が生のままになってしまう。
ここのカルビは分厚いのに柔らかくて美味い。脂身の質が良いのか、非常に甘く、ご飯が進む。
この間戯れにチェーンの焼肉屋に行ってみたが、そこで供されたカルビはペラッペラでギトギトで堅かった。ここのカルビを知ってしまうと、もうチェーンの食べ放題で供されるカルビでは満足できなくなる。
牛肉を片づけたら、次は鶏と豚だ。豚トロ・豚カルビ・鶏もも・鶏皮を注文。サンチュとにんにくのバター焼きも頼む。
豚トロと豚カルビはサンチュに巻いて食べる。別に牛肉や鶏肉を巻いたっていいのだが、俺は出張で韓国を訪れ、サムギョプサルを食べてから、サンチュに巻くのは豚肉だけと決めている。
他の人に強要するつもりはないが、これは俺のこだわりだ。
あとはにんにくだ。俺は焼肉に行ったら、肉と一緒にしこたまにんにくを食わなければ気が済まない。翌日は月曜だが、知ったことか。どうせ男だらけの職場だ。
最後はホルモンとレバーを注文。昔はレバーが苦手だったのだが、今では焼肉でレバーが食べれないと物足りなさを感じてしまうくらいには、俺の中で定番となっている。
注文した肉をすべて腹に収めると、ラストオーダーまで10分を切っていた。俺は大抵このタイミングでデザートのシューアイスを頼む。
シューアイスを頼むと、店員さんが気を利かせて新しい網に交換してくれる。
何故か。それはシューアイスを網の上で炙ると表面は熱々でサクサク、中身は冷たくてしっとりとした美味しいデザートになるからだ。
俺は基本的に卑しんぼなので、1個原価数十円のシューアイスでも、極力美味しく頂きたいのだ。
少し前に店員さんにその様子を見られて、「そうやって食べるんですね。」と感心されてからというもの、デザートの注文と網交換はセットになっている。
ガブリとかじると外側のアイスがジュワリと溶けだして、サクサクのシューと混然一体となり、口内を幸福で満たす、内側の冷たいアイスも良いアクセントになっている。
別腹までしっかりと満たして胃の隙間にコーラを流し込むと、店員さんが新しいおしぼりと冷たいお茶を持ってきてくれた。
聞けばそろそろ休憩時間だという。俺はこの店員さんと先月連絡先を交換した。「一緒に飯を食いに行こう。」とナンパしたのだが、誘った当の本人である俺の都合がつかず、なかなか行けないままでいる。
まぁ、俺の仕事が落ち着けばそのうち行けるだろう。今から楽しみだ。
金を払って店を出た。帰りは歩くのが面倒くさいので電車かタクシーで帰る。
こうして俺の短い休日が終わる。残りの一ヶ月も焼肉パワーで乗り切っていこう。