クラばな!(仮)第71話「敵対団体、現る」

〜クラブマネジャー 大野の視点〜

俺がマネジャーを務めるクラブハイツリーは、これまで順調に成長を遂げていた。特にテニス部門が大きく会員数を伸ばしていて、クラス数をどんどん増えている。コーチも充実しているし、設立当初はなかった種目だが、今ではすっかりクラブの柱となっている。
うちのクラブがテニスを始める前は、千賀村の公営テニスコートは空きが目立っていたが、今では空きを見つけるのが難しいくらいに埋まっている。もちろん、うちが新しい活動を作る場合は、そこで定期的な活動をしている団体がいないかをしっかりチェックしているから、誰かの場を奪ったりはしていない。
ところが今、目の前の青年は俺に、いやクラブハイツリーに、敵意の目を向けている。
30分前➖

「あの、テニスコートの予約をお願いします」一人の青年が千賀村教育委員会の窓口にやってきた。
「はい、テニスコートですね。いつご利用ですか?」教育委員会の若手職員が対応している。
「えっと、来週の月曜日と水曜日の夜とりたいんですけど」
「来週の月曜日と水曜日の夜、ですね」カチャカチャとパソコンに入力をする音が聞こえた後、「あー、埋まってますね」
「どっちもですか?」
「どちらも、です」
「そうっすかー。あの、最近、取りにくくなりましたよね。コート。あの、スポーツクラブさんが出来てから・・・。ハイツリー、でしたっけ?
「あ、はい。そうですかねー。でもまぁ、たくさんの人がテニスをするようにはなりましたね」教育委員会職員は、相手の意図をまだ掴めていない。
「それはそうかもしれないんですけど、そんなの僕らには関係ないんですよね。テニスをしたい時にできなくなっちゃったんだから」
ここで教育委員会職員は相手の意図を掴む。つまり、テニスコートを空けておけ、ということだ。使いたい時に使えるように、と。
「それはそうかもしれませんが、空いたままにするよりは使ってもらった方が村としては嬉しいんですよねー」教育委員会職員は冷静に応える。
「でも、じゃあ、俺らは使えなくてもいいってことですか?」青年は興奮のあまり言葉遣いが変わってきている。
「まさか。そんなことは思いません。皆さんに使っていただきたいと思ってます」
「じゃあ使わせてくださいよ」
「もちろん空いてる時間はいつでも予約をお取りできます。ただ、千賀村では体育協会や公民館、総合型地域スポーツクラブが優先という風に決めていまして、そこが年間予約を決めたうえでの空いてる時間、ということになります」
「なんですかそれ!えこ贔屓じゃないですか!」
「えこ贔屓というか、より地元の人、あるいはより多くの人に使っていただく為のルールです。一人一人の人が施設を取り合うよりも、ある程度の組織として活動している人達に定期的に使ってもらった方が、結果的にたくさんの人達が使えるんです。現に、クラブハイツリーさんがテニスを始めるまでは、テニスコートはガラガラでした。それは確かに、使っている僅かな人たちからしたら、いつでも使えて快適、という状態だったかもしれません。でもそれでは施設を維持する意味がありませんし、もしあのままの状態が続くようなら、施設が老朽化した時に修繕するかどうか、怪しかったんです。どうかご理解いただきたい」
「いや、ご理解いただけないです」「ていうか、そこの人、あなたスポーツクラブの人ですよね?何か言ったらどうですか?」俺はとうとう来たかと思って顔を上げた。カウンターの方を見ると、青年は俺をにらんでいる。
「じゃあまた別の日で予約するようならお越しください」教育委員会職員はそう言うとすっとカウンターから離れて自席へと戻っていった。俺は仕方なく代わるようにカウンターに立つ。
「はい、クラブハイツリー、マネジャーの大野といいます。お話は先ほどから聞かせていただいておりました」
「あんたはどう考えてるわけ?」
「いやー、そうですね、私たちも、新しい種目などを始める時は、そこで定期的に活動している団体さんがいないかは必ずチェックしています。テニスコートに関してはそれがほとんどなかったので、使わせていただいているんです。もちろん千賀村の条例に従って」
「でもさ、現に俺らが使えなくなって困ってんだよ」
「それについては気の毒には思うのですが、私たちはできるだけたくさんのかたがスポーツをできるように事業を行っているので、個人のかたの不定期の利用については、申し訳ありませんが全て考慮することはしていません。もしよろしければうちのクラブに入りませんか?個人でやるより、いいと思うんです」
「いや、誰が入るかよ、あんなクラブ。俺たちは俺たちの好きなようにやりたいんだよ」
「そうですか。残念です。しかしうちも今更コートをお譲りするわけにもいかないんですよ。現状のルールに従うなら、そちらの皆さんも団体を設立して体育協会などに加入するか、うちのクラブに入るかするといいと思うのですが、それも難しいとなるともうご理解いただくしかないかもしれません。もしくは村の条例を変えるか。失礼ですが、千賀村のかたですか?」
青年の顔色が変わった。
「あぁ?もういいよ。うちがよそへ行けばいいんだろ!?もういいよ!」
そういうと青年は事務所を出て行ってしまった。何だか急に納まったな、と俺は思った。
すると教育委員会事務局長の田中が近づいてきて、「あいつは村のもんじゃねーな。よく追い返したぞ、大野」と言った。
俺が追い返したのかどうかは分からないが、でも千賀村の者じゃないから最後は気まずくなってしまったのかなと思うと、急にかわいそうな人に見えてくるから不思議だ。
田中は俺の肩をポンと叩くと、「自信もってやれよ。ハイツリーができて喜んでいる人の方が圧倒的に多いんだから。マイノリティの強くて大きい声に負けるな」と田中が言った。
そうだ。俺たちは村のスポーツに確実に貢献している。アドバイスにならない助言や戯言なら吐いて捨てた方が100倍ましだ。

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総合型地域スポーツのマネジメントを仕事としています。定期購読マガジンでは、総合型地域スポーツのマネジメントに関して突っ込んだ内容を毎日配信しています。ぜひご覧ください!https://note.com/kenta_manager/m/mf43d909efdb5