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【小説】クラマネの日常 第6話「2組の兄弟」

 僕はひょんなことをきっかけに、小さな村にある総合型地域スポーツクラブのマネジャーをすることになった。
 竹内隼人。それが僕の名前だ。郷田さんという役場職員のかたに強引に誘われて、この仕事をすることになった。仕事には慣れてきたと思う。でもまだまだ困難な状況にぶつかることがたくさんある。

 クラブマネジャーと言っても、仕事の半分くらいは指導をしている。しかも色々な種目の指導。僕の場合は、コーディネーショントレーニングという脳神経系を鍛えるものやテニスのクラスを担当している。全部、僕がやりたいと言ったわけではなく、もう一人の中山さんというクラブマネジャーの「やろうぜ!お前が」の一言でやる羽目になった。その為に資格を取りに行ったり、勉強したり、色々大変だったけど、今では良かったと思っている。
 僕は指導の仕事は気に入っている。元々は保育士を目指していたくらいに子どもは好きだし、事務所にいて机に座っているよりも、仕事をしている感じがする。僕にはこっちの方が合っているのかもしれないなとも思う。
 この日は、担当しているテニスのクラスに体験参加する子が来ると、事務アルバイトのおばちゃんから聞いていた。
「体験に来る子の名前は?」と聞くと、おばちゃんは「あ、聞くの忘れた~。あはは」と言った。
「学年は?」と聞くと、「それはね、ちゃんと聞いたよ。小3と小1の兄弟だって。2組」と言った。それは2組とは言いませんよ。兄と弟の兄弟が1組ですね、と僕は心の中で呟き、「了解しました。ありがとうございます」とだけ声に出して言った。
 結論から言うと、体験に来た子は4人いた。小3と小1の兄弟が、2組いた。おばちゃんは合っていて、僕が勝手に間違えた。
 人数的には受け入れは問題なかった。クラスに空きは十分にあったから。あとはただ僕の心の準備の問題だけだった。でも僕もそれなりに経験を積んできているから、これくらいのことでは動じないくらいには成長していた。
「ここのコーチをしています、竹内といいます。よろしくお願いします」4人の子どもに挨拶をすると、僕はさっそく名簿を片手に名前を聞く。
「一人ずつ名前教えてもらっていいかな?」
 子どもたちは急にモゾモゾし始める。誰から言えばいいのかという戸惑いと、単純に恥ずかしさからだろうと想像して、今度は一番左にいた子だけに向けて、「名前は?」と聞いた。
「りょうた」一番左の彼はそう答えた。僕は続けて、「学年は?」と聞くと、「3年生」と答えた。僕は名簿に「りょうた、3年生」と書き込んだ。
 そうして順番に、名前と学年を聞いて名簿に書き込んでいった。聞いている途中から気づいていたが、これはなかなか難易度が高めの課題だなと僕は思った。4人の名前と学年をまとめると、『りょうた、3年生』『しょうた、1年生』『はるま、3年生』『はると、1年生』となった。兄弟の名前はとても似ていた。さらに身体的な特徴として、りょうた・しょうた兄弟は背が高く、はるま・はると兄弟は背が低かったから、しょうた(1年生)とはるま(3年生)が同じくらいの背に見えて、ちょっとでもバラバラに動こうものなら、誰と誰が兄弟かすら分からなくなりそうだった。僕はあらかじめ、「頑張って覚えるけど、今日はたくさん名前を間違えると思うから、そうしたら何度も名前を教えてね」と言った。情けない予防線だと自分でも思うが、仕方がない。
 そして案の定、練習中に何度も名前を間違えた。
「りょうた!ナイスショット!はじめてとは思えないぞ!」と僕が褒めると、「しょうただよ!」と返ってきた。
「はるま君!ちゃんと並んでね~!おーい!はるま君!はるま君!」と何度も注意すると、「僕はさっきからちゃんと並んでるよ。あれは『はると』だよ」と返ってきた。
 これはどうにかしなければと、今度は名簿にそれぞれの服の特徴を書き込むことにした。
『りょうた、3年生、黒』『しょうた、1年生、アディダス』『はるま、3年生、青』『はると、1年生、ぼうし』
 しかしこの作戦は見事に失敗した。練習中に名簿を見る時間なんてほとんどないからだ。ボール拾いの時や休憩中に確認することは何度かできたが、それでも瞬間的に名前を呼びたい時にスッと出てくることはなかった。もう途中から僕は、名前を覚えることよりも4人とコミュニケーションをとることに重点を置いていた。何とか名前を呼ばなくてもいいように気を付けながら。
 そんなことがあったものだから、練習が終わるといつもとは違う疲労感を覚えた。僕は無事に乗り切った安心感に浸りながらも、入会を促すことを忘れない。僕の本職はマネジャーだから、会員を増やすというのは最も大切な仕事の一つだ。
「じゃあ続けていこうかなと思ったら、おうちの人と相談して申し込みをしてもらってね」そう言ってクラブの案内を渡す。そして最後に、体験の4人にだけ聞こえるようにこう付け加えた。
「できたらでいいんだけどさ、次来るときもさ、今日と同じ服装で来てくれるかな」

 次の日。2組の兄弟の保護者がさっそくクラブハウスの事務所を訪れてきて、入会の手続きをしていったようだった。その時僕は不在だったのだけど、名簿に追加された4つの名前を見てそれを知った。そしてさらに6日後、4人は再びやってきた。体験に来た時より、どの子も表情が明るい。きっと1週間、楽しみにしていたのだろうなと想像する。4人はコートに入ってくると大きな声でこう叫んだ。
「コーチ!!同じ服着て来たよー!」
 僕は心の底から感謝の気持ちが湧いてきて、「助かります!」と叫んだ。

総合型地域スポーツのマネジメントを仕事としています。定期購読マガジンでは、総合型地域スポーツのマネジメントに関して突っ込んだ内容を毎日配信しています。ぜひご覧ください!https://note.com/kenta_manager/m/mf43d909efdb5