会員はお客様?

 どうも!上杉健太です。
 今日は、『会員はお客様?』というテーマでお話したいと思います。いや、お話というか、久しぶりに小説にしたいと思います。楽しんで読んでいただければ幸いです。それではどうぞ!


 夕暮れのアリーナ。ここは人口1万人ほどの小さな町、幸福町にある唯一の”体育館”だ。思えば、なぜ学校授業の体育をするわけではないのに、私たちは”これ”をいつまでも「体育館」と呼んでいるのだろうか。巨大なガラス窓から差し込むオレンジ色の光が、眩しかった。そこに立つ新人バスケットボールのインストラクター、大橋は、熱心な表情でグループに対して丁寧に指導をしていた。

 大橋の手元には緻密なメモが広がり、彼は一生懸命にそれを参照しながら、参加者一人ひとりの動きやフォームに目を光らせていた。しかし、その姿勢には一抹の硬さが漂っているようにも見受けられた。

 すると、このプログラムを実施している総合型地域スポーツクラブ、『こうふくスポーツクラブ』のクラブマネジャーである田中がアリーナに入ってきた。彼が大きな声で参加者たちに挨拶をすると、参加者の表情は一気に明るくなった。それまでの表情が暗かったわけではないのだが、田中という存在が現れたことでそれまでの違和感が突如姿を現したように見えた。田中はしばらく自分がマネジメントをするクラブの様子を微笑ましく見ていたが、やがて大橋の指導ぶりに興味津々の表情を浮かべ、休憩時間になると穏やかな声で声をかけた。

「お疲れさま。君、新しく来たんだよね。大橋さんって名前だっけ?クラブマネジャーの田中です」

「はい、そうです。大橋です」

「君、いい感じに教えているね」

「ありがとうございます!頑張ってます!仕事がとても楽しいです」

「それは何よりだね。でも、君はどうしても『お客様』という意識が強いみたいだけど、それはどうして?」

大橋の表情には、明らかに戸惑いが生まれていた。

「え、だって会員の皆さんはクラブのお客様ですよね?お客様だと思って当たり前ではないのですか?」

「なるほど。それは完全に誤解だ」

「どういう意味ですか?」

「君はこのクラブのオーナーを知っているか?」

「もしかして、田中さんがオーナーなんですか?すみません、知りませんでした!」大橋は慌てて答えるが、全く的を射ていない。

「違う。僕はオーナーではない。いや、正確にはオーナーの一人ではあるんだけどね。僕はクラブマネジャーで、クラブマネジャーとしての僕は雇われの身だ。このクラブ全体のマネジメントを任されている。でもそういう意味ではオーナーではない。」

 大橋はさらに分からなくなったという表情で言った。「じゃあ誰がオーナーなんですか?僕は知りません。あったこともなければ、紹介されたこともありません。東京かどこかの資本家とか?」

「会員だ」田中はそうとだけ言った。「会員?」

「そう、会員。つまり、ここのクラブにはオーナーがいるが、それは今君が指導をしている会員たちだ。君は会員たちに雇われている存在なんだよ。彼らがオーナーだ」

「そんなこと、初めて聞きました。」

「そんなことはない。何らかの言葉で説明されているはずだ。でも理解できなかったんだろう。普通には理解しにくいことだから。要するにこれは、クラブの最高意思決定機関である総会で、会員全員がそれぞれ一票を持っているということなんだ。」

「そうだったんですね。だったら雇われコーチの僕が皆さんのことをお客様扱いするのはおかしいのかもしれませんね」

「その通り。君はオーナーから指導を依頼されている立場だから、会員が求める仕事をするのは当たり前だ。でも君の仕事は本質は、単にサービスを提供するだけじゃなくて、会員たちと協力してこのクラブをより良くしていくことなんだ」

大橋は考え込む。今までの自分の仕事観が一変するような感覚に驚きを隠せなかった。さらに田中が続けた。

「誤解している従業員の典型的な言葉がいくつかある」

「なんですか?使わないように気を付けるので教えてください!」休憩時間がだいぶ長くなっているようで、会員たちの目がこちらを向いている。「あ、でももう僕は戻らないと」

「そうだね。続きは終わってからにしよう。まずは考えすぎないで、これまで通りの君の仕事をすればいいよ。僕のことも気にしないで。あっちに行っているから」

 田中はそう言うと、アリーナを出て行った。大橋は田中の言葉通り、急に態度を変えるのも難しいから、ひとまずはこれまで通りに仕事をしようと思ったが、難しかった。言葉の一つ一つが不正解のように思えて、休憩後の時間は会員にとっても大橋にとっても居心地の悪いものとなった。


 それから大橋は続けざまに3コマの指導をこなし、スタッフルームに戻ってきた。田中はノートパソコンを共用デスクの上に広げて何やら作業をして大橋を待っていた。田中は大橋を見つけると、「どうだった?」と声をかけた。

「難しかったです。田中さんに言われたことを気にしないようにしたのですが、会員の皆さんに何を言うのが正解か分からなくなってしまって」

「それは悪いことをしたね。話しかけるタイミングを失敗した僕に原因がある。君は気にしなくていい」 そう言われても大橋の表情は晴れない。「3コマも連続でやって腹が減っただろ?飯を食いに行こう。さっきの続きはそこですればいい」

「はい!お願いします!」大橋はまずは夕食をごちそうになれることを喜んだ。


「でも、会員の皆さんもお客様扱いしないって、どうしたらいいんですか?分かったようでよく分からなくて。先ほど、典型的な誤解の言葉があるって言ってましたけど、教えてください!」 大橋は既に2杯目のビールを空にしていて、まくしたてるように言った。

「OK。まずは、『ありがとうございます』だ」

「え?『ありがとうございます』って会員に言ってはいけないんですか!?」大橋は大袈裟に驚いて言う。手にはずっとビールジョッキを持っている。「いや、違う。言ってはいけない訳ではない。でもシーンと言い方によっては、おかしなことになる」

「例えば?」

「例えば、従業員が間違えやすい『ありがとうございます』は、形式的な挨拶文に現れる。総会の案内文とかに、『いつもクラブの活動にご理解ご協力いただき、ありがとうございます』みたいな一文を見たことがないかい?」

「あぁあります。事務の人が作ってくれているやつですよね?」

「そうそう。あれはよく考えたらおかしいんだ。だってクラブの活動を作り、行っているのはオーナーであり参加者である会員自身なんだ。その会員への案内文に『ご理解ありがとう』なんて、全く間違っているだろ?」

「たしかに!本当ですね!理解して協力しているのは、どちらかと言えば雇われて仕事をしている僕たちの方ですね」

「そうなんだ。実際的な問題はそう簡単じゃないけど、形式的には、そうだ」 大橋が目の前の鶏のから揚げに夢中になっている中、田中はさらに続ける。「まだ、ある」「何がですか?から揚げなら全部食べちゃいましたよ」「違う、典型的なおかしなセリフのことだ。食うのをやめろ」田中もビールを1杯飲み干した。

「うちのクラブがクラブ都合やコーチ都合で中止になる場合、何と言っている?」田中が大橋に問いかける。「うーん、何て言ってましたっけ?」大橋は3杯目のビールを飲み干した後に言った。「あ、『休講』です!」「正解」

「休講って言っちゃいけないんですか?」

「言っちゃいけないわけではない。休講と言えば中止・お休みという意味は十分に伝わるから、最低限の役割を果たす言葉としてはいい。でも、言葉を舐めてはいけない。言葉には必ず価値観が乗っかるものだからだ。言葉を通じて、自分の価値観も必ず相手に伝わる。だから言葉選びを侮ってはいけない」

「それは分かります。僕も指導をする時には言葉選びは大事にしています。でも、『休講』の何が悪いのかは分からないです」

「じゃあ考えてみよう。まず、『休講』ってどういう意味?」

「意味ですか?休みってことじゃないんですか?」

「何が休みなんだ?」

「『休講』の”こう”は、講義とかの”こう”だから・・・。ん?僕たちの場合の”こう”って何ですかね?」

「ね、よく分からないでしょ?君たちは知らない間によく分かっていない言葉を使ってしまう。ここで辞書的な意味を調べるのもいいんだけど、大事なのはイメージだ。君は『講』とか『講義』という文字・言葉からどんなシーンを想像する?」 大橋は即答する。「そりゃもう、授業っすよ。授業!」大橋はすっかり酔っ払いと化していた。

「そう。僕もそう思う。だから『休講』と言うと、授業がお休みになる印象を受けるんだ」

「確かに!そんな感じっす!」

「じゃあさらに考えてみよう。君がやっているのは”授業”かい?」田中はビールを煽りながら言うと、大橋はビールジョッキを掲げていた手を止めて、やがてしずかにテーブルに置いた。「たしかに」さらに続けて、「僕たちがやっているのは授業なんでしょうか?」と聞いた。

「分からなくなるよね。その気持ちはよく分かる。僕もかつてはコーチをやっていたから。分からなくなった時は確かなことをまずは確認しよう。君が働いているクラブでは、今日君が指導した”もの”のことを何と呼んでいる?」田中はクラブのホームページを開いたスマートフォンの画面を差し出しながら言った。大橋はそれを受け取って画面をスクロールし、クラブのホームページをよく観察した。そこで大橋は気が付いた。初めて見た、と。

「ここに、『定期活動』と書いてあります」と大橋が言うと、「大正解!」と田中は出来の悪い生徒のちょっとした成功を大袈裟に褒める先生のように言った。

「そう、僕たちの働くクラブは、会員がやるスポーツを『活動』と表現している。さて、『活動』と『講義』を君は同じものだと思えるかい?」

「いや、全然違うイメージっす」

「どう違う?」

「何というか・・・」大橋の酔いはすっかり醒めてしまったしまったようだった。「『活動』は、こう、動いている感じっす。やりたいことがあって、それを自分でやっている感じっすかね」

「『講義』とか『授業』は?」

「それはもう、学校っすよ。学校。座って先生の話を聞いている感じっす」

「僕もそれに同意するよ。色々な刷り込みがあってそうなっているんだろうけど、それぞれの言葉から受け取るイメージはそうだよね。全然違うんだ。なのに従業員たちは、オーナーである会員たちの『活動』の休みを『休講』と言ってしまっている。おかしくないかい?」

「おかしいっす!」大橋はいつの間にか注文していた4杯目のビールを煽って言った。田中は苦笑いをしながら、「こういうことがよくあるんだよ。だから君が会員のことをお客様扱いしてしまうのも仕方がないと言えば仕方がないんだ。先輩の従業員たちがそういうことをしてしまっているんだからね。僕にも責任があるんだ」

「でも、じゃあ僕はどうやって仕事をしたらいいんですか?どうやって会員たちと協力して、”活動”をすればいいんですか?」

「まずは彼らの声に耳を傾けることから始めるんだ。君が提供するサービスも大事だし、上司の指示も大事だけど、君の目の前にオーナーがいるんだからね。会員たちが求めるものを知って、それに応えることも大切なんだ。会員たちは『活動』をしたいのか、『授業』を受けたいのか。少なくともオフィシャルには授業や講義と言ったことはないのだから、勝手に誤解してしまっているのは君の方だ。まずはその溝を埋めるんだ」

大橋はじっと考え込みながら、頷きながら言った。

「分かりました。これからはもっと会員たちと話すように心がけます。」

「それがいい。そして、君もクラブのオーナーの一員として、責任を感じながら仕事をすることだ」

「え?えっと、それはどういうことですか?僕もオーナーの一員に?そういえば先ほど、田中さんのオーナーの一人だと言ってましたよね?それってどういうことですか?」

「オーナーということは、会員ということだよ。僕はクラブマネジャーとして働きながら、会員として活動もしているんだ。君も同じ立場になったら、会員のことをお客様扱いしにくくなるとは思うよ。会費も払わないといけないから、強制はできないけどね」

「わっかりました!とりあえずいいっす!!」

 その日から、大橋は変わっていった。彼は従来の「お客様」の意識から脱し、会員たちとのコミュニケーションを大切にし始めた。彼が変わることで、クラブ全体の雰囲気も変わっていった。誰かがもたらした差し込む光ではなく、そこ自体がぼんやりと明るい。なぜかそう感じるものがあった。

 ある日の会員が帰った夜のアリーナは、柔らかな照明に包まれ、静寂が広がっていた。大橋は一人隣のスタッフルームで黙々と作業をしていた。窓の外では夜空に星が輝いていた。

 大橋は心の中で考えた。「これからはもっと会員たちのことを知りたい。彼らの声に耳を傾け、一緒にクラブを作り上げていこう。お金に余裕ができたら僕もクラブの会員になろう。その時はどの活動をしようかな」

 そして、その思いを胸に秘めながら、新たな一歩を踏み出した。バスケットボールのボールがコートで転がる音と、彼の一生懸命なアドバイス、賑やかな会員たちの声、そして一緒になって笑う大橋の声が、もう誰もいないはずのアリーナからは響いていた。


 というわけで今回は、『会員は客様?』というテーマを小説でお届けしました。会員全員に議決権があるクラブと、一部の正会員にのみ議決権があるクラブがあると思いますが、今回の舞台は全員に議決権があるクラブです。にもかかわらず、それをマネジメントしたり、コーチをする人が理解できていないパターンというのが少なからずあるので、小説にして書いてみました。何かの参考にもなれば幸いです。

今回もお読みいただきありがとうございました!
ではまた!

ここから先は

0字
総合型地域スポーツクラブや筆者の挑戦のリアルな実態を曝け出しています。自ら体を張って行ってきた挑戦のプロセスや結果です! 総合型地域スポーツクラブをはじめ、地域スポーツクラブの運営や指導をしているかた、これからクラブを設立しようとしているかた、特に、スポーツをより多くの人に楽しんでもらいたいと思っているかたにぜひお読みいただきたいです!

総合型地域スポーツクラブのマネジメントをしている著者が、東京から長野県喬木村(人口6000人)へ移住して悪戦苦闘した軌跡や、総合型地域スポ…

総合型地域スポーツのマネジメントを仕事としています。定期購読マガジンでは、総合型地域スポーツのマネジメントに関して突っ込んだ内容を毎日配信しています。ぜひご覧ください!https://note.com/kenta_manager/m/mf43d909efdb5