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クラばな!(仮)第63話「お前が成功したら論文にしてやるよ」

~クラブマネジャー 大野の視点~

今日、俺はクラブハイツリーのすべての仕事を休みにして、シンポジウムに来ている。テーマは「幸福なクラブライフとは」。総合型地域スポーツクラブをやっている俺たちにはとても関係が深いテーマだ。俺たちのクラブはまさに生活に溶け込むものだから。このためにわざわざ高速バスに乗って東京へ出てきた。
「どんな話の展開になりますかね」隣に座っている植田が話しかけてきた。植田は俺と同じくクラブハイツリーのマネジャーだ。大学でスポーツ系の学部だったらしく、今日のシンポジウムの主催者は植田の大学の教授らしい。始まる前に植田が挨拶に行っていて、俺もそこで紹介された。「どんどん質問してよ」という教授に対して、「もちろんです」と答えていたから、それなりに親しい関係なのだと思う。
俺は植田の問いかけに「さあ、どんな話なんですかね」とだけ答えて、始まりを待った。
会場は全部で200人くらいが入る部屋で、たぶん埋まっているのは50席くらい。大々的な講演会というよりは、本当に近い人たちの話し合いの場というか雰囲気だろうか。俺は県外に出たらスポーツ関係の知り合いなど一人もいないから、今日はとりあえず話を聞いてメモを取って帰るつもりだった。植田は何人か知り合いがいるらしく、教授に挨拶した後も動き回って何人かの人と話していた。

シンポジウムの内容は、参考になるようなならないような、正直よく分からなかった。アンケートの分析や専門用語の飛び交う話が多くて、現場しか知らない俺には理解できないことが多かった。パネリストの中にクラブハウスを作ったクラブの代表のかたがいて、その人の話だけは面白く聞けた。植田が質問をしたのもその人に対してだ。
「クラブハウスの運営についてお聞きしたいのですが、活動場所とクラブハウスが離れていることで、クラブハウスの活用はそれほど多くならないと想像するのですが、そのあたり工夫していることがあれば教えていただけますでしょうか」クラブハイツリーは千賀村と協力してクラブハウスの建設を検討している。植田はそのヒントを得ようとしているのだ。これに対しての回答は、「それを考えるのがクラブマネジャーの仕事だと思います」というものだった。植田は苦笑いになりながら、「その通りだと思います。そこで、とられた方策をお聞かせいただけたら有難いのですが」と再度質問を重ねていたが、「各クラブで考えることだと思います」との返事が返ってきて、さすがの植田も諦めて席に腰を降ろしていた。「それを言ったらこの会の意味ねーだろ」と植田は一人毒づいていた。

シンポジウムは最後のまとめに入っていた。この回の取りまとめをしていた某国立大学の教授が最後にコメントをした。
「総合型地域スポーツクラブの普及が進められてだいぶ経ちますが、いい加減、総合型クラブで食っていくなんて考えはやめた方がいい。地域のクラブはそういうのじゃない。みんながボランティアでできることをやって、維持していけばいいんです。僕がやっているクラブだってずっとそうやってきましたよ。スポーツビジネス系の学会だって、いかに商業的に成長させるかとか、職業としてのクラブマネジャーを成り立たせるかとか、そういう方向に行き過ぎている。クラブはそういうものじゃない。どうかみなさんのクラブではあるべきクラブの姿を追求してもらいたい」
総合型地域スポーツクラブの普及の為に、クラブマネジャーの賃金の助成をしたりしているこれまでの方向性を完全に否定するものだ。植田はこの発言をどう聞いただろうかと横を見ると、まっすぐ壇上を見つめていた。

シンポジウムが終わったらすぐにホテルに帰るつもりだった。ところが終了後に植田が母校の教授に「飲みに行くけど、行くか?」と誘われ、「行きます」と返事をして、隣にいた俺にも気の利く教授が「よかったら一緒にどうですか?」と誘ってくださったものだから、「いいんですか?」と参加することになった。俺、居場所あるかな。
会場の撤収が終わるのを待って、打ち上げ参加者でぞろぞろと会場から駅までの道を歩く。東京の街を歩くことなんてほとんどなく、しかも周りは知らない人だらけ。植田も教授や他の知り合いと話していて、たまに俺にも話を振ってくれるんだけど、それが逆に辛い。やっぱり断ればよかったなと思いながら歩いていると、先頭を歩いていた学生らしき青年が「ここです」と行って店に入っていくので帰るタイミングを完全に失った。

「君はどこで総合型やってるの?」最後のまとめをしていた国立大教授は、すでに酔いが回っていた。周りを固めているのは、どうやらこの教授の教えを受けている学生らしい。先ほどからこの宴席はこの教授の説教の場となっている。“君”と呼ばれたのは俺の隣に座っている植田だ。植田は彼の教え子ではないが、この場にいるということでどうやら教え子の一員と思われているようだった。
植田が千賀村とクラブハイツリーのことを話すと、国立大教授は「へー。それは立派だね。東京から移住してね。そこまでしてクラブマネジャーなんてやりたいの?」と執拗に絡んできていた。
「えぇ。とてもやりがいを感じています」植田もビールを飲んでいたが、冷静に答えていた。俺はほっとする。
「横のあんたも移住者なの?」国立大教授は今度は俺にも絡んできた。“あんた”と来たもんだから、少しイラつく。
「いえ、私は地元の人間です」
「あぁ、そうなんだ。じゃあ迷惑でしょ?他所から来てクラブのこといじられて」
「いえ、植田のおかけでクラブは良くなったと思っていますよ」
「あっそう。そうはそうと、マネジャーは2人もいるの?」
俺が答えに困っていると、植田が横から答えた。
「今の規模ならマネジャーは2人いりません。私が後から来たので、今どんどん事業を拡大させているところです。とはいえ、今のところ、マネジャー業だけで仕事が成立するとは思っていません。指導の仕事もしています」
「あ、指導もしてるんだ?へー」国大教授はとことん喧嘩を売ることに決したようだ。
「でも拡大させなきゃあんたはいらなかったんじゃないの?あんたがそこへ行ったこと自体が不要だったんじゃないの?」
「それはその通りだと思います。だから私はいつも罪悪感を抱えながらクラブの仕事をしています。私がクラブマネジャーを仕事として成立させようとしなければ、違う幸せの形がこのクラブ、会員にはあったんじゃないかと」
「それを分かっててやってるわけね。ふーん。じゃあさ、もしあんたが成功したらさ、論文にしてやるよ」
俺はさすがに我慢ができずに、持っていた橋をテーブルに叩きつけた。「おい、あんた!いい加減しろよ!お前に何が分かるんだよ!勝手なこと言ってんなよ、人のクラブによ!」
「大野さん、落ち着いて」植田は勢い余って立ち上がった俺を抑えて言った。
「先生の言うことももっともだと思います。必ずしもクラブはマネジャーを雇う必要はないし、ボランティアクラブだって継続しているクラブはありますからね」植田が俺の肩を叩きながら言う。俺は腰を下ろす。
「ただ、やっぱり大野の言うことは完全に正しくて、“あんた”にうちのクラブのことをとやかく言われる筋合いはない。それに、さっきから何か勘違いしているようですが、俺らは“あんた”の教え子でも弟子でも何でもない。利害関係は一致してねーんだよ、バーカ。誰がお前の論文になんかなるかよ」植田は言い終えると、行きますか、と俺にも声を掛けて席を立った。離れた席にいた母校の“恩師”の教授に声を掛け、お代を預けてから、俺たちは二人で店を出た。

「あんなこと言って大丈夫なんですか?」俺は気になって聞いた。でも今さらどうしようもない。
「全然問題ないですよ。あんな、地位にあぐらを掻いているような教授にヘコヘコする方がどうかしてる。俺らには何の恩も義理もないんだから」
「そうですよね!俺らは俺らのクラブでやることをやるだけですよね!」
「そうです!さ、今日はもう寝て、明日早くに帰りましょう!千賀村に」
「ういっす」
俺たちはホテルのロビーで別れて、明朝同じ高速バスで千賀村に帰った。
ここが俺たちのホーム。俺たちのクラブライフはここにある!

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総合型地域スポーツのマネジメントを仕事としています。定期購読マガジンでは、総合型地域スポーツのマネジメントに関して突っ込んだ内容を毎日配信しています。ぜひご覧ください!https://note.com/kenta_manager/m/mf43d909efdb5