アメリカの美大で学んだこと10:絵に向いている人とは
世の中いろんな職業がありますが、それぞれ向き不向きってありますよね。みなさんは絵に向いている人ってどんな人なのか、考えたことってありますでしょうか。僕はその辺りのことをよく考えずに美大に入ってしまったのですが、これから美大に入る人やアーティストを目指す人は気になる人もいるんじゃないかなと思います。
これに関しては正解はないと思うんですが、自分が美大で教えてもらったことをシェアできたらなと思います。
僕が入った学校では一年目の最初の学期にとる授業の一つにアニメーションのクラスがあります。その授業では楽器の終わりに「自分が絵を仕事にするのに向いているのか」ということを問われることになりました。
この授業をきっかけに入ったばかりの学部を辞めた人、反対にもっと強い覚悟を持って授業に臨めるようになった人など、色んな変化が同級生におきました。
ちょっとシリアスですが、今回はその授業のお話です。
授業の内容
うちの学部では各学期4つほどの授業を同時に取ります。最初の学期で取る授業はだいたい決まっていて、その内の一つが冒頭で書いたアニメーションの授業です。
この授業では手描きのアニメーションを教えてもらいます。手描きのアニメーションはジブリのドキュメンタリーなど見たことがある人もいるかもしれません。「紙をパラパラとめくって少しづつ動きを描き足していく」という、とにかく手間と時間がかかる作業です。
しかも僕は絵の基礎も無いド素人だったので、本当にアニメーションなんて描けるのかな、と疑問は多少ありながら最初の学期を迎えたのを覚えています。
アニメーションの楽しさを知る
まず授業の初めに揃えなければいけない道具の説明がありました。どうやら手描きでアニメーションを描くには紙を透かせて描く必要があるようで、裏から光を当てられる特殊な道具(ライトボックスといいます)が必要みたいです。まぁ今回は始めての授業だしみんなで自作してみようということで、透明なアクリル板、紙を固定する物(Animation Peg Barと呼ばれてました)、棒状のライトを買って、簡易装置を作りました。いかにも専門の道具といった見た目にテンションが上がりっぱなしでした。笑
さて、これができたところで最初の課題が始まります。
課題は”ボールバウンス”というもので、その名の通り弾むボールを描くだけ。シンプルな課題なんですが、これを綺麗にアニメーションにするのは以外と難しいんです。
ちょうどツイッターで同じような課題をやっている人がいました
円を描き、別の紙に少しずらした円を描き、、、という具合でちょっとずつ形と位置をずらした円をとにかくたくさん描きます。描き終わったらカメラで全ての紙を撮影すると、動画になります。
初めて自分が描いた絵が動いた時の高揚感って経験したことがある人は今でもはっきり覚えているんじゃないでしょうか。たかが円の連続ですが、静止画が動画になるって鳥肌が立つくらい感動するんです。
そんな経験をしながら2週間程かけてみんな綺麗なボールバウンスのアニメーションを完成することができました。初めてのアニメーションを経験した僕らは、とにかくアニメーションの楽しさに触れられたことでウキウキでした。
アニメーションの大変さを知る
2つ目の課題はレンガが落下する様子をアニメーションにするというものでした。先ほどのボールバウンスもそうですが、弾んだり落下したりっていうのは重力が大きく関わってきます。重力を理解してアニメーションを作るというのが実はすごく大切なんです。これができないと、なんだかふわふわした現実感のない動きになってしまう。
ということで基礎中の基礎である"落下"という動きを課題としてこなすわけですが、レンガのアニメーションは先ほどのボールバウンスに比べて一気に難易度が上がります。
理由は二つあって
1,レンガは四角いので描くのに遠近法を使わなければいけないこと
2,レンガの動きが複雑になるのでより観察が必要になること
1は練習してできる限り正確に描くだけなのでわかりやすいのですが、2がとにかく難しかった。レンガの跳ね方ってラグビーボールのようで予測がつきません。なので実際にレンガを落下させ、それをビデオに撮り、跳ね方をひたすら分析していきます。この角がこの向きで地面に当たってるから今こっちに跳ねたんだなと。ひたすらコマ送りやスローでビデオを見て、ノートを取り、少しずつ絵に描いていきます。
もちろん分析できたからといってそのまま描ける訳ではありません。絵の技術がないので当然ずれたり歪んだりします。そうすると教授から修正指示が入り、ひたすら直すことになります。
こういった課題をひたすら繰り返していくのがこの授業の内容なのですが、とにかく地味で時間がかかります。
やっていることをシンプルに書き出すと、、、
1.何十回もレンガを落下させ、ビデオ録画
↓
2.スローでひたすら見てレンガの動きを研究
↓
3.研究から得たものをアニメーションにすべく、たくさんの枚数を描く
↓
4.教授のフィードバックに基づき修正(1からやり直しも頻繁にありえる)
だいたいこんな感じです。
最初の課題で楽しさを覚えたアニメーションでしたが、地味で時間がかかることを繰り返していくうちに、だんだんと”作業”に変わってしまったような気がしました。
僕はアニメーターよりコンセプトアーティスト志望だったので、「こんなことをするために美大に入ったんじゃない」的なことを思い始めました。我ながら浅はかなんですが(この授業で習っていることは後々コンセプトやイラストにも大きく活きてくる為)、大学一年目の子供だったので許してください。笑
その他の課題
さて、僕がどう思っていようと授業は進んで行きます。なんとかレンガのアニメーションを終えた後は小麦粉袋が落ちるアニメーション、その次は紙がヒラヒラ落ちるアニメーションなど、難易度と描く枚数が課題ごとにどんどん増えていきます。
特に紙のアニメーションは滞空時間が長い分、たくさんの枚数を描く必要があります。この辺りから、クラス全体に疲れが見え始めました。深夜の教室で寝落ちている生徒が出たり、ハードワークで体調を崩したり、少しずつ体にも心にも余裕がなくなってきています。
僕は23歳だったので、高校を出てすぐに入学した18、19歳だった他の生徒よりも多少心の余裕はありました。それでもかなりキツかったです。他の学科の生徒たちからくるパーティの誘いを断り、友達からの遊びの誘いを断り、休日も教室にこもりひたすらレンガや小麦粉袋を描く。自分で決めた道とはいえ、想像していた学生生活とのギャップに一年目にして心が折れそうになりました。
最後の課題
一通りの落下物のアニメーション課題を終え、この学期最後の課題が出されます。内容は30秒のアニメーション制作で、期間は1ヶ月。
30秒のアニメーションを作る手間を簡単に解説します。基本的に1秒のアニメーションを作るのには24枚の絵が必要です(例外はあります)。ということは10秒で240枚、30秒で720枚です。もちろんこれは完成品として必要な絵の枚数で、その前のラフや教授からの修正を考えるとこの数が何倍にもなります。
3ヶ月前まで絵も描いたことのなかった僕にとっては途方も無い枚数に感じました。それでも生き残りたかったらやるしかない。僕も他の生徒ももうヘトヘトでしたが、最後の1ヶ月へ向かいます。
この最後の1ヶ月のことをこれから書きたいんですが、残念ながらできません。というのも、僕はこの1ヶ月のことをほとんど覚えていないんです。学校で作ったものや課題の内容はだいぶ詳細に覚えている方なんですが、この課題だけは、自分が何を作ったのか、何を思っていたのか、全く思い出せません。他の生徒が作ったものは鮮明に映像で思い出せるんですが、、、
自分でも不思議なんですが、結構追い込まれていたんだと思います。笑
最終日に問われたこと
覚えていないので制作過程のお話は飛ばして(ホントすいません、、笑)、授業最終日のお話です。
最後の授業は1ヶ月かけて作った課題の上映会です。教室に集まり、みんなの渾身の作品を観ます。みんなのアイデアを見るのが楽しくて楽しくて、、
一番印象に残っているのはある生徒の"joy of the ride(乗ることの喜び)"という作品です。乗り物が好きな主人公の人生が30秒にグッと詰め込まれた力作でした。
こんなにも短い時間で、色もついていない手描きのアニメーションで、ここまで心動かされるんだなと、感動したのを覚えています。アニメーションの力を初めて実感した瞬間でした。
全ての作品を観終わり、拍手をし、教室が少し静まったころで教授が口を開きます。
教授「初めての学期、どうだった?」
生徒「大変だった!」「辛かった!」「ハードワークだった!」
教授は微笑みながら一通り生徒の顔を見渡すと、その後少しだけシリアスな表情になって話を続けます。
教授「大変だったよね。本当に皆よく頑張ったと思う。さて、ここでみんなに一回想像してみてほしいんだ。これからの長い人生、この生活をずっと続けるということを。」
生徒「、、、。」
教授「残念なのか幸運なのかはわからないが、この業界はたえず変化していて、しかもとても競争率が高いんだ。この業界のアーティストとして仕事をするっていうことは、とても大変なことなんだ。仕事の時間が長いってことだけじゃなくて、空いた時間をたくさん使ってアーティストとして成長しようと思ってるくらいじゃないと、とてもやっていけないんだ。」
生徒「、、、。」
教授「すごく大変なことだよ。だからこそ真剣に今のタイミングでこれからの人生を想像してほしい。」
「そしてこの話を聞いて、もしかして自分には向いてないのかなと思った人がいたとしても自分を責めないでほしい。悪いことでは全くないよ。やってみなけりゃわからないことって多いし、この授業をこなす努力ができる人なら他の分野でも十分にやっていけるよ。」
「そしてこの話を聞いて、それでも絵を描きたいって思った人。その覚悟があるならば君は本当にこの職業に向いていると思う。ぜひまた来学期も会いましょう、歓迎するよ。それではいいバケーションを。」
これがこの教授の授業での最後の言葉でした。
長い夏休みの期間中、生徒みんながこの言葉を噛み締めたんじゃないかと思います。新学期が始まると、残念ながら学科を去った生徒が多くいるようでした。正確な数はわかりませんが、一人や二人ではなく、もっとたくさんの人数がいなくなりました。
まとめ
才能があったり、センスが良いということも立派な"向いている人"の要素です。でも卒業から4年以上がたった今、周りを見渡すと目に入るのは"覚悟を持ってコツコツ続けてきた人たち"です。僕が学生時代そのセンスに憧れたある生徒は気付いたらいなくなり、残っているのはセンスや才能は関係なく努力を続けてきた人ばかりになりました。
絵に向いている人はどんな人?という問いに正解はないですが、"覚悟を持って努力を惜しまない人"っていうのは僕の中では一番しっくりくる答えだなと今も思ってます。
それに、これは僕はすごくフェアなことだなとも思います。絵はやればやるだけ上手くなれるわけです。僕はスポーツをずっとやっていたんですが、やっぱりどれだけ頑張っても100メートルを10秒で走れるようになれる気はしなかったです。(もちろん僕の努力不足もありますが。)
ということで日々練習、日々成長ですね!コツコツ地道に続けていければと思います!
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