眠れる森の美女の世界
演劇女子部「眠れる森のビヨ」の劇中劇である「眠れる森の美女」。
誰もが知る有名なストーリーながら、原作の「茨姫」や類話は多岐にわたり、ストーリーや登場人物も少しずつ異なっています。
舞台森ビヨの劇中劇として描かれた「眠れる森の美女」はどの原作をベースにしているのか、またどのような差異はあるのか、あくまで個人用としての用途が主ですが、まとめてみました。
■原作ごとのあらすじ
◆グリム童話集「茨姫」(1815年頃)
子供に恵まれない王と后の前にカエルが現れ、子供の誕生を予言する。
やがて王女が生まれるとお祝いにと大宴会を開く。
王国にいる13人の女性賢者(魔法使い)を招待しようとするも、食事に出す金の皿の数が足りず、12人の賢者だけを招くことにする。
賢者たちが王女に美徳や美しさ、富などの魔法の贈り物をする中、13人目の賢者が現れ、招待されなかった仕返しに、王女に呪いをかける。
曰く、「王様の娘は15歳のとき紡錘に刺され、倒れて死ぬ」と。
王国中の人々がショックを受ける中、贈り物をしていなかった12人目の賢者から王へ進言がある。
曰く、「強い呪いの言葉は消せないが、和らげることはできる。王女は死ぬのではなく、100年の深い眠りにつくことになる」と。
王は王女を想い、呪いの原因となり得る王国中の紡績を燃やすよう指示する。
月日は流れ、王女は賢者からの贈り物により美しく豊かに育ち、15歳を迎える。
王も王妃もいないお城で糸を紡いでいる老婆と出会った王女は、初めて目にした紡績に興味を持ち、老婆と話す中で手に取ってしまう。
紡績に触れた瞬間呪いが放たれ、ベッドに倒れこんだ王女は深い眠りについてしまう。
この呪いの眠りは城中に広がり、ちょうど帰ってきた王と王妃をはじめ、人も動物も風や火までもが眠りについたように動きを止める。
やがて城の周りでは茨が生い茂るようになり、城に眠っている美しい茨姫の噂だけが広がるようになる。
長い年月の後、ある国の王子が城に立ち寄り、老人から噂を耳にする。
曰く、「茨姫に会いに来た王子たちがいたが、みな茨を抜けようとするうちに引っ掛かって取れず、死んでしまった」と。
優しい老人の忠告に耳を貸さず、王子が茨に向かうと、ちょうど呪いから100年が経ち、茨がひとりでに開いていくようになる。
茨が開けてできた道を進んでいくと、美しい茨姫を見つける。
目を逸らすことができず、王子が茨姫にキスをすると姫は目を覚まし、王子を見つめるのだった。
2人が揃って部屋を出ると、城中の人々や動物が眠りから目覚め、風や火も動き始めた。
それから王子と茨姫の結婚式が開かれ、死ぬまで幸せに暮らした。
めでたしめでたし。
◆シャルル・ペロー童話集「眠れる森の美女」(1690年頃)
グリム童話集との差異のみ箇条書きします。
最大のポイントは、王子と王女の間に生まれた子が「オーロラ」と名付けられること。
ちなみにもう一人は「ジュール」。
日本語で「日の光」を意味します。
森ビヨのヒカルとヒマリに通じる名前のように思えますよね。
「ヒカル」はそのまま「光」から、「ヒマリ」は「ひまわり」や「陽だまり」のように太陽の光の象徴としての意味を想起させるので、意味としてもピッタリです。
また、「明かり窓」としての意味もあるようで…?
(四角い窓からまあるい光…)
子供の誕生に関する予言はない。代わりに王と王妃が願掛けをする。
招待された妖女(妖精・魔法使い)は7人。
妖精に用意されたものが金の皿ではなく、金の箱に入った食器類。
城に招かれた理由は名付け親として洗礼式に出席してもらうため*1。
8人目の妖女が招待されなかった理由は、妖女がかなり高齢であり、長く自身の居住する塔に籠ったきり姿を見せず、死んだと思われていたため。
7人の妖女が授けた贈り物はそれぞれ、①世界一の美・②天使のような心・③優しい立ち振る舞い・④ダンスの才能・⑤歌の才能(美声)・⑥楽器の才能。
7人目の妖女が100年の眠りとそれを覚ます王子の存在を予言する。
城中の人々が眠った原因が呪いのせいではなく、騒ぎを聞きつけてやってきた7人目の妖女の魔法によるものになっている。
王と王妃が眠らず、王女を残して城を去ってしまう。
100年後、王と王妃は故人となり、国を治める血筋は別の王家になっている(王女を目覚めさせる王子はその新王家の子)。
茨で囲まれた城に幽霊などの悪評が立っている。
王子が茨姫の噂だけでなく、眠りを覚ます王子の存在についての予言も聞いている。
王女にキスをして呪いが解けるのではなく、100年が経過したことにより王子の目の前で自然に眠りから覚める。
「心の泉」というワードが登場する。
結婚した後、二人の子供が生まれる。上の子は女の子で「オロール」(Aurore:英語だとAurora、オーロラ・極光の意)、下の子は男の子で「ジュール」(Jour:英語だとDay、日の光・明かり窓の意)。
結婚式の後のエピソードがある。内容は、王子の母が人食いで、王女と子供たちを食べようとするも王子に助けられる、というもの。
◆チャイコフスキー バレエ「眠れる森の美女」(1890年頃)
グリム童話との差異のみ箇条書きします。
基本的にはペロー版の結婚式までの話を元に描かれていて、オーロラ姫とカラボスの名前が初めて登場します。
ペロー版に比べ、悪の妖精カラボスが積極的に物語に介入し、攻撃的なのも特徴で、呪いの原因が変装したカラボスである点も含め、森ビヨとの共通点も多いように思えます。
登場人物に名前がある。
王:フロレスタン王
王女:オーロラ姫
悪の妖精:カラボス
善の妖精:リラの精
王子:デジレ王子
子供の誕生に関する予言はない。
人数に明言はなく国中の妖精たちが招待される。
城に招かれた理由は洗礼式に出席してもらうため。
カラボスは最も性質が悪く、悪の妖精とされている。
カラボスが招待されなかった理由が式典長のミス。
姫が眠りにつく年齢が16歳。
呪いの原因が紡績ではなく花束に隠された針。
呪いの原因となる接触が偶然ではなく、故意(カラボスが老婆に変装して姫に花束を渡す)。
城中の人々が眠った原因が呪いのせいではなく、リラの精の魔法によるものになっている。
デジレ王子が姫に会いに行くきっかけが老人による噂ではなく、リラの精によるオーロラ姫の幻影。
王子が単身城に向かうのではなく、リラの精が同行する。
城を覆う茨がひとりでに解けるのではなく、リラの精の魔法によって解ける。
道中、カラボスと手下による妨害を受ける。
目覚めた後の結婚式にほかの童話の主人公たちが参加する。
◆ディズニー映画「眠れる森の美女」(1959年)
チャイコフスキーバレエ版との差異のみ箇条書きします。
基本的にはペロー版、及びチャイコフスキー版が元のなっていて、映画ではチャイコフスキーの曲も使われています。
最も大きな差異は、オーロラ姫が100年も眠らないこと。
また、眠りから覚ましてくれる王子が生まれた時からの婚約者であり、邪悪な魔女と戦って姫を救い出す、というロマンテックな展開になっているのが特徴といえます。
妖精が3人である、魔女の手下のカラス、森で出会った青年が呪いを解く王子だったなど、森ビヨとの共通点も多く、大きな下敷きになっているのはディズニー版でしょう。
登場人物に名前がある。
王:ステファン王
王女:オーロラ姫
悪の妖精:マレフィセント
家来のカラス:ディアブロ
善の妖精:フローラ・フォーナ・メリウェザー
王子:フィリップ王子
洗礼式にフィリップ王子も招かれており、婚約が整っている。
招待された妖精は3人の善の妖精のみ。
妖精からの贈り物はフローラから美、フォーナから美声。
マレフィセントの呪いを和らげたメリウェザーによってオーロラ姫の眠る期間が予言されていない。
呪いを解く方法が王子のキスではなく、真の恋人によるキス。
オーロラ姫が捨て子を装って善の妖精に育てられる。
オーロラ姫16歳の誕生日に森で若い青年と出会い、恋をするが、妖精たちに姫であることと婚約者がいることを告げられるシーンの追加。
呪いの原因がマレフィセントによる糸車の針との接触。
城中の人々が眠った原因は、3人の妖精たちの魔法。
オーロラ姫が森で出会った青年=フィリップ王子と判明するシーンの追加。
フィリップ王子がマレフィセントに捕らえられる。
フィリップ王子が3人の妖精に救い出され、剣と盾を授けられる。
フィリップ王子がマレフィセントを撃破する。
フィリップ王子によるキスでオーロラ姫と城中の人々の眠りが覚める。
■劇中劇との差異
ここで改めて森ビヨの劇中劇「眠れる森の美女の世界」との差異を見てみましょう。
大筋はディズニー版に準拠しているが、所々差異があります。
例えば、名前が付いたキャラクターはオーロラ姫とカラボスのみで、これはバレエ版が由来です。
100年後の王子がオーロラ姫の夢を見るのはバレエ版のリラの精が見せた幻が元でしょう。
特にこのオーロラ姫の夢は、劇中では「魂の記憶」と称され、現実世界とリンクしている可能性のある重要な要素として劇中劇で使われている節がありますね。
敢えてディズニー版にない要素を持ってきたところには意味があると思っていて、
ディズニー版のような夢とロマンスの世界、だけではない、劇中後半のシーンへの布石としての役割があるようにも思えます。
カラボスの手下のカラスが王子の息の根を止めてしまうのも原作より重い表現ですし、「死の存在する世界」なのだと印象付けるための表現なのではないかと勘繰ってしまいます。
◆前半時間軸(オーロラ姫の誕生からカラボスの呪いまで)
王と王妃の間にオーロラ姫が生まれる。
生誕の予言はない。
(予言なしはグリム版以外に共通。名前はバレエ版とディズニー版より)招待状は3人の妖精に送られる。
(名はないが、見た目はディズニー版より)妖精からの贈り物は美と幸せ。
(美はディズニー版と共通だが、幸せは森ビヨ独自のもの)悪の妖精カラボス。
(カラボスの名はバレエ版より。)呪いの期限は100年ではなく17歳の日没。
(期限なしはディズニー版より。年齢は森ビヨ独自で、ヒカルの事故時の年齢が由来か)最後の贈り物はカラボスのノリを和らげて深い眠りをもたらし、真の愛のキスにより目覚める予言。
(贈り物内容は全版共通。愛のキスによる解呪はディズニー版より)
◆後半時間軸(オーロラ姫17歳の誕生日からエンディングまで)
オーロラ姫が3人の妖精に育てられる。
(ディズニー版より)隣国の王子と知り合い、恋心を抱く。
(ディズニー版より)誕生日当日に糸車を回す女性に近付いて呪いにかかる。
(糸車に惹かれて近付くのはグリム版、変装していたのはバレエ版より)呪いを解く王子が呪いの息で殺害される。
(殺害ではなく誘拐だが、妨害を受けるのはディズニー版より)城中が妖精たちの魔法で眠りにつく。
(ペロー版、バレエ版、ディズニー版より)100年後に17歳となった王子の生まれ変わりがオーロラ姫の夢を見て会いに行く。
(100年後はディズニー版以外に共通。オーロラ姫の夢を見るのはバレエ版より)王子のキスでオーロラ姫が目を覚ます。
(ディズニー版より)眠り続けるを選択したオーロラ姫が王子の求婚を断り、再び眠る。
(森ビヨ独自)