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「學問のすゝめ」by福澤諭吉先生

2023年1月20日宍戸健

本日は福澤諭吉先生と先生の最初の著書「學問のすゝめ」について書こうと思う。なぜかというと、以前から思っていたんだけど福澤先生とクレイグ博士は結構おんなじようなことを言われてるからです。

まずは以下概要です。(岩波書店参照)

「學問のすゝめ」は,福沢諭吉(1835-1901)の第一の主著であり,明治期を代表するベスト・セラーである.当時の日本人の精神形成に計り知らぬ影響を与えた。

 「學問のすゝめ」は,明治5年から9年まで5年にわたり,17編の小冊子として出版,その後,明治13年に,一冊の本に合本された.福沢諭吉の第一の主著である.各編約20万部,17編合わせて約400万部近く売れたと伝えられる.当時の日本の人口が3,000万人程であったから10人に1人は読んだことになる。明治期を代表するベスト・セラーの一つである。」

だからスゴイんですよ。当時の10人に1人だから、今でいうと1200万部。現代のベストセラー1位は黒柳徹子さんの「窓際のトットちゃん。」(1981年、約580万部。)だから、倍以上の販売割合でした。

さて、「學問のすゝめ」は明治5年(1872年)2月に発行された十七編の書籍でした。そしてご存じのとおり「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」で始まります。だけど、その後を少し読むと先生は単純な「平等主義」を謳っているのではなく、ようはしっかり勉強しなさいよと言われています。

というわけで以下は初編の最初の部分です。

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」と言われている。つまり、 天が人を生み出すに当たっては、人はみな同じ権理(権利)を持ち、生まれに よる身分の上下はなく、万物の霊長たる人としての身体と心を働かせて、この 世界のいろいろなものを利用し、衣食住の必要を満たし、自由自在に、また、 互いに人の邪魔をしないでそれぞれが安楽にこの世をすごしていけるようにし てくれているということだ。

しかし、この人間の世界を見渡してみると、賢い人も愚かな人もいる。貧しい 人も、金持ちもいる。また、社会的地位の高い人も、低い人もいる。こうした 雲泥の差と呼ぶべき違いはどうしてできるのだろうか。 その理由は非常にはっきりしている。『実語教』という本の中に、「人は学ばなければ、智はない。智のないものは愚かな人である」と書かれている。つまり、 賢い人と愚かな人との違いは、学ぶか学ばないかによってできるものなのだ。 また世の中には、難しい仕事もあるし、簡単な仕事もある。

難しい仕事をする 人を地位の重い人と言い、簡単な仕事をする人を地位の軽い人という。およそ 心を働かせてする仕事は難しく、手足を使う力仕事は簡単である。だから、医 者・学者・政府の役人、また大きい商売をする町人、たくさんの使用人を使う 大きな農家などは、地位が重く、重要な人と言える。 社会的地位が高く、重要であれば、自然とその家も富み、下のものから見れば 到底手の届かない存在に見える。

しかし、そのもともとを見ていくと、ただそ の人に学問の力があるかないかによって、そうした違いができただけであり、 天が生まれつき定めた違いではない。 西洋のことわざにも「天は富貴を人に与えるのではなく、人の働きに与える」 という言葉がある。つまり、人は生まれた時には、貴賎や貧富の区別はない。 ただ、しっかり学問をして物事をよく知っているものは、社会的地位が高く、 豊かな人になり、学ばない人は貧乏で地位の低い人となる、ということだ。

以降はこちらを参照ください。
1、現代語訳(杏林社)
2、オリジナル(慶應大学メディアセンターデジタルコレクション)

それでは今日はこの辺で。


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