ソフトウェア開発者のユーザーに対する責任(Fiduciary Duty)。
2023年2月5日 宍戸健
英国控訴裁判所は2月3日、第一審高等裁判所による判決を覆し、クレイグ博士が率いるTulip Trading Limited(TTL社)の主張を認め、控訴審にて盗難されたコインを返還することに協力すべきかについて、開発者の責任範囲について再度審議するとの判断をした。以下にその概要をまとめる。
背景:
2020年2月にクレイグ博士の自宅のネットワークがハックされ(ロンドン自宅に何者かが侵入し無線装置を設置していた。刑事事件としても捜査が行われている)、約110,000コイン, フォーク前なのでBTC, BCH, BCH-ABC(eCash), BSV全部)が盗難にあった。(コインの所有名義はクレイグ博士の会社の一つTulip Trading Limited(TTL社))これらのコインのリカバリーをするためにBTC, BCH, BCH-ABC, BSV(Bitcoin Association)の開発者16名に協力を依頼したが、BSV以外は全て拒否していた。(詳細はこちら)
第一審の高等裁判所は2022年3月の判決で、原告TTLの申し立てを棄却した。その概要は、開発者が管理する分散型データベース上に、事件や事故によりビットコインへのアクセスを失った人々に対して信義則上および不法行為上の義務を負うかどうかに関連して、TTL社が開発者にそのコインの返還する義務があることを立証できなかったと判断した。(参考記事)
TTL社は即日控訴した。今回はその控訴が認められたということだ。
控訴審の判決概要:(判決文から抜粋)
「….私(裁判長)には、次のような現実的な議論があるように思われる。あるネットワークの開発者は、十分に明確に定義された集団であり、受託者(Fiduciary)としての義務に服することが想定される。
客観的に見れば、開発者は、他人のために、他人の所有する財産に関して、裁量的な決定を下し、権力を行使する役割を担っている。その財産は開発業者に託されたものである。したがって、開発者は受託者(Fiduciary)である。
その受託者義務(Fiduciary Duty)の本質は、ビットコインソフトウェアのユーザに対する忠誠義務である。義務の内容としては、自己の利益のために行動しない義務も含まれ、一定の状況下では積極的に行動する義務も含まれる。また、現実的には、原告(Tulip Trading Limited, TTL社)が主張するような状況で、所有者のビットコインを安全に譲渡できるように修正用パッチコードを導入するよう行動する義務も含まれるとも思える。」
「第一審のTTL社の主張を理由がないと断定するには、被告である開発者に有利な事実を仮定する必要がありますが、それは議論の余地があり、これでは紛争の解決にはなりません。
ビットコインの分散型ガバナンスが本当に「(業界関係者の)作り話」であるならば、私の判断では、ビットコインの開発者は開発者として行動しながら、その財産の真の所有者に対して受託者責任(Fiduciary Duty)を負う、という原告の主張に大いに議論の余地があると思われます。」
“…there is, it seems to me, a realistic argument along the following lines. The developers of a given network are a sufficiently well defined group to be capable of being subject to fiduciary duties.
Viewed objectively the developers have undertaken a role which involves making discretionary decisions and exercising power for and on behalf of other people, in relation to property owned by those other people. That property has been entrusted into the care of the developers. The developers therefore are fiduciaries.
The essence of that duty is single minded loyalty to the users of bitcoin software. The content of the duties includes a duty not to act in their own self interest and also involves a duty to act in positive ways in certain circumstances. It may also, realistically, include a duty to act to introduce code so that an owner’s bitcoin can be transferred to safety in the circumstances alleged by Tulip.”
To rule out Tulip’s case as unarguable would require one to assume facts in the defendant developers’ favour which are disputed and which cannot be resolved this way.
If the decentralised governance of bitcoin really is a myth, then in my judgment there is much to be said for the submission that bitcoin developers, while acting as developers, owe fiduciary duties to the true owners of that property.
結論:
というわけで、控訴が認められたということは、いわゆる分散型オープンソースプロトコルに関わる開発者に一定の責任があると認められたということだ。控訴審では今回の状況でどこまで責任があるのか、について本格的に審理されることになった。
尚、これからの控訴審では開発者がメッセンジャー内などで話し合った記録の開示が求められ(Discovery)、リーダーシップの有無、プロトコル変更等の意思決定にどのようなプロセス、影響があったかが審理の対象になるということのようだ。法律上、著作物(創作物)には人の関与(自然人、会社)が前提となる。したがって技術的に分散型(Decentralized)だからといって、特定の人(組織)がコントロールしていない=何人にも法的責任がない、という解釈は間違っており、誰かが実質的にコントロールしているのです。
(このためBSVではプロトコル管理のために非営利法人のBitcoin Association(本社スイス)を設立し、プロトコルメインテナンス・アップグレードに関わる業務は社員(開発者)が行っています。これにより彼らを法的責任から保護しています。)
本件については全ての業界関係者が注目すべき裁判だと思う。
おまけ:
BTCCoreDevの一人Peter ToddがSatoshi Nakamoto(クレイグ博士)によりBitcoin Protocolの管理者としてアサインされていたGavin Andresen氏を「あー、だからやっぱ俺らがあんとき(2011年)Gavinを管理者から外しといたのは正解だったじゃん〜。」(GavinがBlogの中で「自分はクレイグ博士がサトシだと思っている」という部分を消していないということに対して)と本日(2月5日)ツイートしてます。
バカだな〜。これ言うと「ほんとは分散なんかしてなくて俺らがギャビンをパージしてBitcoin Protocolを乗っ取りに成功したぜ。」て宣言してるじゃん。裁判で証拠として使われますよww。
参考文献:
1. 2022年3月25日 "ONTIER reaction to Bitcoin developers’ contesting jurisdiction" by Coingeek (第一審判決)
2. 2022年3月25日 英国裁判所第一審判決文
3. 2022年12月8日「プロトコル開発者の善管注意義務。」宍戸健
4. 2023年2月3日 英国控訴裁判所判決文
5. 2023年2月3日 "Developer duties appeal granted: Tulip Trading’s case will go ahead" by Coingeek
6. Fiduciary Duty (善管注意義務) とは何か? (山本法律事務所)
7. 日本の法制度における信認関係と契約関係の交錯(注意義務と忠実義務の横断的考察、田村陽子)
8. 信任関係の統一理論に向けて(倫理と法が重なる領域として。岩井克人)
9. 顧客本位の業務運営に関する原則(2017年3月30日、金融庁)
10. 5分で読めるフィデューシャリー・デューティー徹底解説~(NTTComOnline)
11. Tulip Trading Ltd blossoms in digital currency desert (2023/2/7, Dr. DR. Michael Wehrmann, Coingeek article)
12. Papers Associated with Bitcoin and Related Topics in Law: Part II (2023/2/7, Dr. Craig Wright)