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ショートショート⑦ちくわトンネル
「なんでちくわなの?」
小学生のユウは、いつもの帰り道でそうぼやいた。隣を歩く幼馴染のアキは、小さなバッグの中から今日のおやつ、ちくわを取り出してにやりと笑う。
「へへへ。これね、覗くと面白いんだよ」
アキはちくわを片手に持ち、それを筒のように目に当てて覗き込む。
「ほら、やってみなよ。ちくわトンネル!」
半信半疑のユウは渡されたちくわを覗いてみる。ちくわの穴越しに見えるのは、ただの道路や家の屋根。何が面白いのかさっぱりわからなかった。
「なんだよ、普通じゃん」
「ちょっと待って、もうちょっとじーっくり覗いてみて!」
ユウは渋々ちくわを覗き続けた。その瞬間、ちくわのトンネルの向こうで何かが変わった。
穴の中に、見慣れた商店街が映り込んだ―けれど、いつもの風景とどこかが違う。道の隅にちょこんと座る犬が、こちらを見ながらどことなく言葉を話しそうな顔をしている。八百屋の店先では、野菜たちが井戸端会議で笑っているようにも見える。そして空には、青空に混じってふわふわと泳ぐ真っ白な金魚がいた。
「なんだこれ…」
「見えたでしょ?」アキが得意げに言う。
「どうして…?」
「知らない。でも、ちくわの穴を通して見ると、普通帰り道が楽しくなるの。ちくわトンネルは魔法のトンネルなんだよ」
ユウは夢中になった。ちくわ越しに覗くたびに、街の風景がどんどん不思議な世界に変わっていく。スーツ姿のおじさんが壁に張り付いてトカゲのように歩いたり、商店街の電柱が木に変わり、リスたちが駆け上がったりしていた。
「これって、ずっとできるの?」
「わかんない。でも、ちくわが悪くなる前に食べないと」
その日、二人はちくわを交換しながら商店街を歩き回り、穴越しに見える不思議な世界を語り合った。そして、最後にちくわを食べ終えたとき、ちくわトンネルはなくなってしまった。
「また見たいなぁ」とユウが言うと、アキは笑って答えた。
「また明日も持ってくるよ」
ちくわトンネルのおかげで、2人の帰り道はいつも大冒険なのでした。