人間が生きることの意味を問う全瞬間
この本を手に取ったのは、ある仕事がきっかけだった。でも、「仕事だから」ではない衝動で、読み進めることになった。
角幡唯介さんの「漂流」。沖縄・伊良部島の漁師の、実際にあった話だ。
この佐良浜の漁師は、37日間の漂流から奇跡的に生還したその8年後に再び海に出て、現在も行方不明になっている。
関係者へのインタビューを基に実際に最初に漂流した際の、まさに生死の淵をさまよった生々しい描写があるにもかかわらず、全編を通して浮かび上がってくるのは、その人物描写だった。
ひと言でドラマチックと言ってしまうのは失礼かもしれないが、漂流というその出来事が“静”と感じられるくらい、人間ドラマが“動”としてうごめいていて、心にズキズキと響いてくる。
この角幡さんの筆致力に、ただただ魅せられてしまった。
それは、角幡さんも書かれている「人間が生きることの意味を問う全瞬間」という境地を感じたからなのだと思う。
「もうやめてしまおうかと何度もまよった」という取材を不撓の精神で続け、角幡さんはこの表現にたどりつく。ノンフィクション作家としてのプロフェッショナルな角幡さんの矜持も感じられて、個人的には物語として、ノンフィクションとしてだけでなく、仕事に対する心構え的な点でも楽しめる作品となった。
この本を手にするきっかけをつくってくれた目の前の仕事に感謝するとともに、角幡さんの不撓の精神を見習ってその仕事に向き合わねば、と心に誓う。