交流型福祉の障がい者テニスの歪み

1980年代から始まった障がい者の交流型福祉テニスは近年では健常者が障がい者の全てをサポートすることが前提。
ニューミックステニス大会に参加可能な障がい者は車いす利用の方、知的障がい者、聴覚障がい者、内部障がい者、肢体障がい者(上肢・下肢・体幹障がい者)です。
肢体障がい者とペアを組むニューミックス(海外ではソーシャルミキサーと呼ばれています)。
最近、「私を優勝させて下さい」、「私は動かないからコートの3/4をお願いします」とペアになった肢体障がい者から言われたサポート健常者がたくさんいらっしゃいます。また、ニューミックスの大会で優勝出来なかった肢体障がい者は翌年の大会に向けて、優勝したペアの健常者を青田買いする方や、「優勝請負人」を自称する健常者も出てきて滅茶苦茶になってます。結果、起きた事は、一部の障がい者のテニス愛好家の独立心を失った事。全てはぬるま湯に浸かっていれば何でもしてくれる健常者と思い込む障がい者。障がい者はお客さんと言う図式。
これが近年の交流型福祉の障がい者テニスの現実。
そう言う訳で、立位テニスはニューミックスの歴史を踏まえると新しいパラテニスではありません。交流型福祉のニューミックスは1980年代から始り、車いすテニスは早い時期に競技を求めてITF公認・パラリンピック正式種目になり、続いて知的障がい者テニスはスペシャルオリンピックス、聴覚障がい者テニスはデフリンピック、ブラインドはITF公認になりました。
肢体障がい(上肢・下肢・体幹障がい)のテニスだけは何故か競技志向に至りませんでした。
厳密に言うと1990年代、九州の飯塚での車いすテニス国際大会の公式戦として肢体障がい者のダブルスとシングルスが5年間開催された事があります。2016年の夏、ヒューストンで行われる肢体障がい者立位テニス国際大会開催の情報が国際大会の運営本部から届きました。交流の立位テニスの普及活動に限界を感じ(クラス分けの不平等、ペアとなる健常者に全てを頼る障がい者)、国際大会が開催される事を多方面に相談したけれど、どこからもサポートを受けられず、行きけれは行きたい人が行けば良いと言われ、競技の立位テニスには興味がないと言われ、自力で国際大会参戦を交渉して、日本で知り合った交流型テニス仲間全員に声をかけて、唯一ひとりだけ手を上げてくれたのが関東障害者テニス協会の高橋等さん。高橋さんと一緒にヒューストンに行って立位テニスの国際大会に参戦して、この障がい者テニスの普及は日本でも必要と感じました。この時高橋さんの娘さん、唯ちゃんとウチの奥さんが国際大会の記録を撮り、日本に帰国後、記録をまとめて多方面にプレゼンテーションしました。
日本の障がい者立位テニスの始まりでした。
競技テニスはコートで障がい者が今まで練習成果を試す事が出来るスポーツ。絶対に日本で必要だと感じました。
もちろん、一位、二位を求めない、競技志向では無い交流型福祉テニス、ニューミックステニス大会しか出ない、出ることしか出来ない障がい者の方もたくさんいらっしゃいます。歪んで来た交流型福祉テニス、ニューミックステニス大会を健全な形に戻すために僕達夫婦は交流型福祉テニスの団体の役員も続けさて頂いております。
ニューミックステニス大会の健全な形とは当初のルール通り、健常者はポイントを決めてはならない、ツーバウンドとワンバウンドが混在してはならない、一位二位の順位を付けずチーム戦が好ましい。です。
日本での肢体障がい者テニスは健全な交流型福祉テニスと競技型テニスが上手く手を取り合って普及発展出来ると良いですね。

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