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オーナー視点がBIMの生み出す価値を変える

建設DX研究所の研究員、大江太人です。

前回の記事、「建築の価値を高めるプラットフォーム的視点」では、建築を作る過程にオーナー視点を取り入れ、建物の価値の最大化を図ることの重要性についてお話ししました。

今回は、そのために最も有力なツールと言われているBIM (Building Information Modeling)の可能性について、現状の課題とその解決策とともにお届けしたいと思います。

BIMとはコンピューター上に作成した3 次元の建物のデジタルモデルに、コストや仕上げ、管理情報などの属性データを追加した建築物のデータベースのことを指します。Building “Information” Modelingと呼ばれているのは、設計図という線データの集合だけでなく、さまざまな情報を統合するシステムだからです。

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建築の設計、施工から維持管理までのあらゆる工程で情報活用ができる可能性に着目され、日本においても本格的に導入が謳われ始めてから10年以上経っています。しかし、設計事務所における普及率はいまだに低くとどまっているのが現状です。(BIMと情報環境ワーキンググループによる令和元年9月調査によると普及率は17.1%)特に設計から施工まで一気通貫で導入が図られる事例は少なく、その場合も大手ゼネコンによる大規模な建築/土木プロジェクトに偏っています。

【孤軍奮闘した経験から振り返るBIMが抱える課題】

私は大手ゼネコンで勤務していた頃、担当した設計案件がBIM活用のパイロットプロジェクトに指定されました。最初の計画段階から詳細設計、確認申請に至るまで、BIMのみを使って作図しましたが、当時、想像していた以上に苦戦したことを覚えています。3Dで図面を書かなくてはいけないため、2Dで線を書くより多くの編集量が必要となります。また、何人かで協力して図面を作成しようとしても、そもそもBIMに慣れている人が社内・社外ともに少なく、孤軍奮闘のようになってしまいました。

当時の経験を振り返りつつ、普及が遅れている理由を考えると、1. 導入コスト及び情報入力コスト、2. 人材不足、の2つが考えられます。

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課題1:導入コスト及び情報入力コスト
BIMソフトウェアは従来の2D作図ソフトウェアに比べて何倍も導入コストがかかります。また多くのデータを扱うことになるため、ハードウェアも高性能であることが求められます。中小企業にとってはこの導入コストは無視できません。また、昨今はBIMもサブスクリプション型のサービスに移行しているため、導入後、固定費化してしまう点も重荷です。
また、3Dのデジタルモデルに情報を入力しながら図面作成を行うため、情報入力にかかる時間がより多くかかります。今までは線データの入力だけで済んだ作業が、立体的に部材同士の接合部分を把握しながら、材料の情報などをインプットしなければならず、建物を作る過程で膨大な工数がかかることになります。

課題2:人材不足
BIMは従来より多くの建築情報を集めなければなりません。そのための、情報の統合、整合性の管理など、 3D モデルの構築、連携を円滑にする役割を担う人材は「BIMマネージャー」と呼ばれています。BIM導入が進んでいない日本では、このような人材は非常に貴重で、雇用する場合も育成する場合も費用がかかり、設計もしくは施工会社にとって負担となってしまいます。
また、2Dにおける図面作成が圧倒的な主流である現代において、BIMを理解し、効率良くデータ入力をできる人材すらまだ少ないのが現状です。

【建物情報がもつ価値が解決の鍵】

これらの課題を踏まえ、普及が進まない現状を打破する解決策とは何なのでしょうか。
鍵は、最大の需要がどこにあるかを突き止めることにあります。

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建物を必要としているのは、建物オーナーです。オーナーは、経営的視点で、ライフサイクル(建物がつくられてから、その役割を終えるまでをトータルでとらえたもの)を通して資産が最大の価値を生むように、建物から得られる収益(や便益)とコストを踏まえながら運用(企画・管理・活用)を行います。
例えば、住宅の場合、コンクリートの基礎がどのような品質と耐用年数をもつか、給水の配管の維持管理はどのようにすれば良いか、内装のクロスやフローリング材の修繕はどれほどの頻度で行い、いくらのコストがかかるのか。これらが建物情報として一元管理されていると、将来の修繕計画が立てやすいだけでなく、情報群が保証書のような役割を果たし、売却をする時もより高値で売ることが可能となります。
オフィスや商業施設の場合も、規模が大きいと膨大な量の照明器具や空調設備があり、不具合が起きてからメンテナンスをモグラ叩き的に行っていると管理コストがかさみます。また、新たなテナントが入ってきて改修を行いたいという時も、詳細な建物情報があると効率よく計画を立案できます。

つまり、オーナーにとっては建物の詳細な情報があることで、ライフサイクルコストの圧縮を図ることができるのです。一般的に、建物を建てるためにかかる費用(設計料や建設費を含む)は、ライフサイクルコストのわずか25%程度と言われています。オーナーにとっては、完成後にかかる運用コストを下げる方が遥かに効果が高いことになります。
そして、例に挙げた素材やコスト、機器情報などの情報は全てBIMを使って入力していくことが可能です。

【オーナーによるBIMプラットフォームの有効活用が普及を促進】

ここで、先ほどの2つの課題にもう一度立ち返ってみましょう。BIMは投資コスト(ソフトウェアの導入、情報入力の手間、人材の育成・雇用)がかさみ、それに見合った投資対効果が見込めないために普及が遅れています。

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1つ目の課題である導入および情報入力コストに関しては、運用に必要となる情報を建築の生産過程でBIMのプラットフォームに入力していくことで、オーナーはそこに大きな価値を見出すことになります。仮に建設費用の3%分を多く対価として支払ったとしても、上述の通り、建設費用は運用コストの1/3に過ぎないのです。BIMは建築の作り手側から普及しているツールのため、まだオーナー目線で使いやすいBIMプロダクトの開発は発展途上にあり、情報発信も十分になされていません。しかし、オーナーにとっての経済的メリットが理解されることで、活用事例は増えていきます。

2つ目の課題である人材育成に関しては道標となるルール作りが重要となります。2020年3月に国土交通省が発行したガイドラインにおいて、「標準ワークフロー」が設計・施工・維持管理の連携ごとにパターン分けがされて提示されました。民間・行政が一体となり、BIMのルール作りが推進されることにより、設計・施工・維持管理の会社毎に育成すべきスキルが明確となり、無駄の少ない人材投資が可能となるのです。

2つの課題が解決され、オーナー側が運用に活用するための建築情報をBIMのプラットフォームに蓄積していく事例が増えていくことで、業界全体の付加価値向上につながり、BIMの普及が急速に進むことになるでしょう。

筆者プロフィール
大江太人
東京大学工学部建築学科において建築家・隈研吾氏に師事した後、株式会社竹中工務店、株式会社プランテック総合計画事務所(設計事務所)・プランテックファシリティーズ(施工会社)取締役、株式会社プランテックアソシエイツ取締役副社長を経て、Fortec Architects株式会社を創業。ハーバードビジネススクールMBA修了。建築士としての専門的知見とビジネスの視点を融合させ、クライアントである経営者の目線に立った建築設計・PM・CM・コンサルティングサービスを提供している。過去の主要プロジェクトとして、「フジマック南麻布本社ビル」「資生堂銀座ビル」「プレミスト志村三丁目」「ザ・マスターズガーデン横濱上大岡」他、生産施設や別荘建築など多数。