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建設業界における3Dプリンターの可能性

家を24時間で建てる、工場要らずで現場でビルを建てる、そんな夢のような建設プロセスを可能にする技術が3Dプリンターです。3Dのデジタルモデルを利用し、薄い層を積層させてあたかも立体物を「印刷」するかのように作り上げていくため、3Dプリンターと呼ばれています。これまでは比較的小さな造形物にしか利用されてきませんでしたが、2010年以降の技術革新により、巨大な建造物を取り扱う建設業においても注目を集めるようになり、長らく生産性向上を実現できていなかった建設業界を大きく変えるツールとして期待を寄せられています。
筆者は、米国MBAに留学中、3Dプリンターが建設業界に革新をもたらす可能性について、”Printing cities: AECOM’s challenge to disrupt the stagnant industry” という記事を執筆しました。この記事ではAECOM(エイコム)という米国のエンジニア会社大手による中国の建設3Dプリンター会社WinSunとの戦略的協業を中心に、種々の取り組みに着目し、そこに関わる経営的課題を抽出しましたが、本記事では俯瞰的に3Dプリンティングの技術のメリットや最新事例と課題に着目していきたいと思います。

3Dプリンターの仕組み

建設業に限らず3Dプリンターにおける最も基本的な技術は積層製造法(=additive manufacturing)と呼ばれており、現時点で世の中に普及している大半の機器はこの技術を採用しています。一定の可動域を持ったロボットのアームが、先端のノズルから噴き出される材料をレイヤー状に積み重ねることで壁や床などの構造体を作っていきます。使われる材料は凝固するパウダーや金属など使用用途により多種多様で、強度やコストなどに応じて各社それぞれの技術を磨いています。

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出典:https://www.youtube.com/watch?v=ttMhswxuuhc

建設業における3Dプリンターがもたらすメリット

3Dプリンターによる建設プロセスはこれまでのように工場で製造された建材を現場で組み上げるプロセスとは大きく違います。この新しい技術がもたらす主要なメリットとしては以下の4点が挙げられると考えています。

メリット1: 無人施工での工期短縮
現地にプリンターを搬入し、そこに材料を投入すれば施工を始めることができます。そのため、工場であらかじめ建材を製造する必要がない上、データをもとに機械が自動で形を作っていくため間違いや誤差を極端に減らすことができます。さらに、人間の手で材料を運んで取り付ける必要がなくなることで、大幅な省力化を図れるため、複雑な現場での工程調整が不要となり、結果、全体として工期短縮を実現できます。

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出典:https://www.archdaily.com/970937/can-3d-printing-reshape-residential-architecture-as-we-know-it

メリット2: 廃棄物の削減
3Dプリンターは必要最低限の材料のみを押出成形することで、余分な材料を使うことがありません。そのため、建設業で大きな問題となる廃棄物の多さ(一つの建材を作るためには余った材料、いわゆる端材が大量に発生してしまう)を根本的に解決することができるのです。また、押出に使う材料としてリサイクル材を使うことも可能であるため、これまでの建設工法では実現しえないレベルで環境負荷の低い建物を建てることができます。

メリット3: コスト圧縮の可能性
上記に挙げた2つのメリットは、将来的に建設コストの低減に大きく寄与する可能性を秘めています。特に日本の建設業は人手不足に悩まされており、高齢化が進む人口構造の中、今後も解消の糸口が見つかっていないのが実情です。人件費の高騰が予想される中、省力化によるコストメリットは大きくなることが予想されます。また、最低限の材料を使うことで材料費の低減につながるだけでなく、様々な建材を運ぶ運搬コストなどをカットすることができ、コスト競争力を向上させることができるようになると考えられます。
しかし、現時点においては、3Dプリンターの技術自体が開発途上にあるため未だコスト面の課題は多く、その詳細は後述しています。

メリット4: 自由なデザイン
柱・梁・床という部材に分けて作られていたこれまでの建築物と異なり、3Dプリンターはデジタルモデルからそのまま生成されるような感覚で施工を行います。そのため、これまで実現が難しいと考えられていた三次元状の複雑な造形をあたかもコンピュータ上に再現するかのように現実に作り出すことができます。生産性向上など製造プロセスの範囲を超えて、新たな表現を可能にすることができる、夢のある技術と言えます。

事業化する上での課題

上記ではメリットを列記しましたが、3Dプリンターが施工手段の主流となるためにはまだまだ乗り越えなくてはいけない課題もたくさんあります。

課題1: 高いコスト
3Dプリンターは開発途上の技術です。世界中のスタートアップから大規模な建設会社まで、それぞれ独自の技術開発にしのぎを削っている中、そもそも機器自体を借り建設現場に持っていくこと自体が非常に高価となっています。(後述しますが、そもそも日本には家を建てられるような超大型3Dプリンターの技術がまだ存在していません。)現状では既存の建設サプライチェーンの方が圧倒的に効率的な中、今後、3Dプリンターの需要が増え、スケールメリットが得られるようになった時に初めて汎用化の道が見えてきます。

課題2: 技術者の不足
デジタルモデルから空間に3次元の物体をプリントする、という技術自体、言うは易しですが実際にプリント可能なデータを作成する技術は非常に専門的なものです。そのため、現時点では建設用3Dプリンター(及びデータ作成ソフトウェア)を扱える人材は世界的にも一握りしかおらず、単独の事業として成立するような大規模な供給能力を持った会社は存在していません。①データ作成のためのソフトウェアの操作性(UX、UI)の向上、②専門家の育成、この2つを同時に解決していかなければ、技術者不足の課題をすぐに乗り越えることは困難です。

課題3: 建築としての質の担保
建築物は風雨や地震などの天災に晒されます。例えば防水一つとっても、金属板やゴムシート、アスファルト、シリコンなど複数の材料を部位ごとに駆使して止水性能を確保しています。雨の多い地域において必要となる止水機能を確保しようとすると、ただ「プリントする=建てる」だけでは足りず、様々な工夫が必要となるのです。日本を例に取ると、雨が多く、風が強い地域もあり、地震まであるという、建設をする上では非常に条件が厳しい場所です。そのため古来より様々な天災に耐えるための建設技術が発展してきました。全く新しい技術を導入し、これらの過酷な自然環境に耐えられる建築としての質を担保する上では地理的ハードルが高いのも事実です。

課題4: 法規制
建設業にまつわる国の法律は既存の生産システムを前提に作られています。構造計算や材料の認定などは規制の中で詳細に決められています。そのため、特に人が内部で過ごすような安全性に関わる構造物に3Dプリンターを導入する際には、全く新しい建材と工法を利用することになり、既存の確認申請の枠組みには当てはまらないため、乗り越えなくてはならない規制の壁も多く、迅速な普及の妨げとなってしまっています。

3Dプリンターの代表的な事例

世界中に様々な事例が生まれていますが、今回は代表的な2つの事例の概要を紹介します。今後、本研究所において先進的な事例を深堀りしていきます。

事例1: 米アイコンの「24時間以内に施工された住宅」
テキサス州オースティンに本社を置くICONは、貧困地域に短時間かつ低コストで住宅を供給する3Dプリンターを開発しています。目標の建設コストは1戸当たり4,000ドル。エルサルバドルなどの貧困地域では現在10,000ドルほどかかっている建設コストを半分以下に圧縮することが目標です。

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出典:https://www.youtube.com/watch?v=SvM7jFZGAec

事例2: Winsunの提携力
中国上海に本社を置くWinsunは政府や大企業と提携をしながら、実績を積み上げています。下の写真はドバイの政府のためのオフィスです(2016年竣工)。幅9.6mという大空間を中間の柱なく実現させた技術は3Dプリンターの可能性を大きく広げました。また、2016年に米AECOMとの事業提携(冒頭で紹介した筆者の記事参照)を発表し、世界的な施工技術をもつ会社と協業することで、開発した技術を積極的に実践へと移しています。

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出典:https://www.researchgate.net/figure/Office-building-in-Dubai-printed-by-WinSun_fig3_325106129

日本の現状と将来への期待

ここまでに見てきた技術動向や事例はほぼ全て海外のものです。日本では大手ゼネコンによる個別事例は過去に存在しますが、まだ具体的な建築レベルに適用されたものは皆無で、かつ独立した企業として大きな成長を遂げているスタートアップはありません。
日本の建設業の技術は世界的にも非常に高いものと認められてきました。狂いのない精度で部材を組み上げる技術力(ゼネコンのマネジメント能力、職人の技術、工場の管理体制などの賜物)は、あらゆる天災に対して耐久力高く、かつ、デザイン的にも優れた建築を生み出す原動力となりました。
今後、生産性・デザイン性向上に革命を起こす可能性がある3Dプリンター開発に日本が遅れを取らずについていく、さらには牽引していくことは重要な命題となるでしょう。技術開発として大きく前に進んでいる米国、中国、ヨーロッパの会社と連携をしながら、実用化を押し進めるマネジメント能力の発揮が、ここにきて日本企業が表舞台に出ていくための糸口であると期待しています。

筆者プロフィール
大江太人

東京大学工学部建築学科において建築家・隈研吾氏に師事した後、株式会社竹中工務店、株式会社プランテック総合計画事務所(設計事務所)・プランテックファシリティーズ(施工会社)取締役、株式会社プランテックアソシエイツ取締役副社長を経て、Fortec Architects株式会社を創業。ハーバードビジネススクールMBA修了。建築士としての専門的知見とビジネスの視点を融合させ、クライアントである経営者の目線に立った建築設計・PM・CM・コンサルティングサービスを提供している。過去の主要プロジェクトとして、「フジマック南麻布本社ビル」「資生堂銀座ビル」「プレミスト志村三丁目」「ザ・マスターズガーデン横濱上大岡」他、生産施設や別荘建築など多数。