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建設業界における、入札プロセスDXの可能性(後編)~米国における先進的事例:Building Connected~

前回の記事では建設業界における入札プロセスの仕組みと実態、事業主や施工会社がどのような課題を抱えているのかをご紹介しました。
前回の記事でもご紹介したとおり、最も課題となるのは以下の2点、①信頼できるパートナーとのマッチングと②コミュニケーションの負荷であるといえます。

課題① 信頼できるパートナーを見つけ出すことが困難
無数にある施工会社の情報をWeb上で拾うことは難しく、統合されたデータベースが存在しません。そのため、工事を頼む時に、そもそも入札にどの会社をエントリーすればいいのか判断することが困難です。

課題② コミュニケーションが煩雑
元請の施工会社(ゼネコン)が下請の施工会社(サブコン)を選定する際は工事の種類に比例して見積を取る回数も増えます。コンクリート工事、鉄骨工事、塗装工事・・・大規模な工事では100のサブコンを選定するために300以上のサブコンとメールや電話でのやり取りが発生します。

これらの課題を解決するために創業された会社がBuildingConnectedです。本記事では建設業界の入札プロセスDXの最前線を行く同社の成り立ちとサービス内容、今後の展望に着目していきます。

BuildingConnectedの成り立ち

2012年に、サンフランシスコで、Dustin DeVan(米国のゼネコンでエンジニアとして勤めた後、起業)とJesse Pedersen(オンラインマーケティングのエンジニアとして活躍したのちCTOとして起業)によって設立された、建設プロセスにおける入札コストを削減するプラットフォームを提供している会社です。
DeVanは6年間ゼネコンのエンジニアとして働く過程で、「既存の入札管理を行うソフトウェアは、それぞれのゼネコンが独自にデータベースを作らなくてはならず、過去にプロジェクトを行ったことがないエリアに進出する際には全く役に立たなかった」ことに着目し起業。「建設業は協業が全てだ」と話すDeVanは、事業者と4,000社以上のゼネコン・100万社以上のサブコンを繋ぐ巨大なプラットフォームを作り出します(2022年5月現在)。
Brick & Mortar Venturesなど建設業界に特化したVCを含む、多数の投資家から5300万ドル(約60億円)を調達し急速な成長を成し遂げたのち、2018年12月に2.75億ドル(約300億円)でAutodeskにより買収されました。

Autodeskの思惑

Autodeskは米国のカリフォルニア州に本社を置く建築・エンジニアリング・製造・メディアなどに特化したソフトウェアサービスを提供する会社です。1982年に設立以来、コンピューター上で図面を作成するAutoCADは世界的な広がりを見せ、建築の世界ではRevitなどBIMの分野でも最前線を走っています。
これまでは2D及び3Dの設計用ソフトウェアを開発する会社という印象が強かった同社ですが、2018年に立て続けに設計領域以外の建設IT系のスタートアップを買収し話題を呼びました。(上記のBuildingConnectedの買収の直前に8.75億ドルでPlanGridの買収を発表)
なぜ建築の設計分野をサポートするツール開発に特化していた会社が、設計領域にとどまらない建設業界のスタートアップを買収し始めたのでしょうか。
1つ目の狙いとしては、プロセスの上流である設計フェーズから下流である施工フェーズに自社のプロダクトを広く浸透させることにあります。2つ目の狙いは、これまで生産性の向上に関して著しく遅れをとっていた建設領域に今後の成長余地を見出し、大きな資本力を利用して先行者利益を取ることです。
特に入札プロセスはPre-construction(工事に入る前段階)領域と呼ばれ、米国では施工管理を効率化するプロダクトが次々と生み出されている中、競合が少ない領域でもありました。

現在のサービス「BuildingConnected Pro」を解剖

BuildingConnectedは複数のプロダクトを展開していますが、中核となるサービスがBuildingConnected Proです。全米各地域の元請会社(ゼネコン)や下請会社(サブコン)から比較しやすい形で見積を集めることができ、かつそれぞれの会社の実績や財務健全性を調べた上で安心して発注できる、というサービスです。建物を建てたい事業主がゼネコンを選ぶ場合、もしくはゼネコンが工事の種類毎にサブコンを選びたい場合、両方のケースで有益なツールとなっています。
本記事では、BuildingConnected Proの機能を大きく3つに分け、分析します。

The Network

地域に応じて入札に参加可能な元請及び下請の施工会社が表示される
(出典:https://www.buildingconnected.com/owners/)

施工会社は小さなサブコンまで含めると膨大な数存在しています。入札プラットフォームには4,000社以上のゼネコン及び100万社以上のサブコンが登録されており(2020年5月時点)、世界最大規模のネットワークを形成しています。事業主の目線で考えると、従来はある地域で工場を建設する際、その地域で実績があるゼネコンを口コミなどを使って複数社探し出し、メールや電話で連絡していました。この検索から連絡までのプロセスが「4時間かかっていたところを10分まで短縮」可能とされています。また、ゼネコンの目線で考えると、地域別に無数に存在するサブコンを1つのプラットフォーム上で検索することができ、また、そのデータベースを定期的に更新する膨大な労力を省くことができます。このような網羅性と検索性を兼ね備えたネットワークが同社の強みの1つです。

Bid Leveling

提出された見積は比較しやすいよう所定の書式にまとめられる
(出典:https://www.buildingconnected.com/owners/)

入札プロセスで煩わしいのが見積を比較する過程です。各社バラバラの見積書式を使用しているため、スプレッドシートでもらった見積表を比較できるように加工するのに多くの労力がかかってしまいます。しかし、BuildingConnectedを使用して見積を提出する場合、入札をかける方が決めた書式に従い集計されるため、短時間での比較検討が可能となります。従来は、各社の見積書式の標準が違っているがゆえに、質疑のやりとりが発生し、見積比較のプロセスに多くの工数がかかっていましたが、この比較過程の大幅短縮・効率化を実現しました。

Risk Management

登録されている施工会社の財務状況や実績を確認できる
(出典:https://www.buildingconnected.com/owners/)

最後に、重要な機能は信頼性の担保です。これまで取引のない施工会社と契約を結ぶ際、従来は与信をリサーチ会社を通して調査したり、実績を口コミなどで聞くことでその会社に発注して良いか判断していました。しかし、それでも財務状況の実態を暴くことができなく施工途中にゼネコンが倒産してしまって途方に暮れてしまったり、依頼した会社に十分な施工キャパシティがないため質の悪い工事が行われてしまうなど、信頼性をいかに担保するかは業界における重要な課題でした。BuildingConnectedのプラットフォームには財務情報や過去の実績などのデータが蓄積されているため、短時間で正確に会社の信頼性を把握することができます。

サプライチェーン全体にメリットを生み出す入札プロセスDX

前編・後編を通して、工事入札がこれまで抱えてきた課題と、米国のBuildingConnectedがいかにそれらを解決しているかを解説しました。何千・何万という材料や工法の組み合わせでできた建築の見積は非常に複雑なものです。
事業主にとっては専門的過ぎてブラックボックス化していた入札プロセスを、より透明性が高く公正な競争が働くようにすることで、適正な利益が工事のサプライチェーンの中で分配されることになります。より実力のある施工会社が作ったものが、適正な価格で事業主のもとに届けられる、理想のプロダクトデリバリーが可能となるのです。
他方、ゼネコンからすると、工事毎に何十・何百社にも及ぶサブコンを管理するためのコミュニケーションコストは膨大なものでした。ゼネコンの見積部といえば、朝から晩までメールと電話でサブコンと連絡を取り合っている光景が広がっていました。入札プラットフォームが整備されることで、バラバラに行っていたコミュニケーションを全て1つの場所に集約することができ、ゼネコンが抱える経費を大幅に圧縮可能です。
また、サブコンにとっても日夜、異なるゼネコンから見積依頼が個別に飛んできていたものが、同一のプラットフォーム上での書式に沿ったやりとりに置き換わることで、より少人数でより多くのサブコンからの見積依頼への対応が可能となります。
以上のように、工事入札のプロセスでDXが起きることで、事業主→ゼネコン→サブコンと全体に大きなメリットが生み出されます。
BuildingConnectedがAutodeskの巨大な資本のもとに組み込まれたことで、今後米国だけでなく世界各地にネットワークを拡大し、加速的に入札プロセスの革命を起こしていくのではないでしょうか。

筆者プロフィール
大江 太人
東京大学工学部建築学科において建築家・隈研吾氏に師事した後、株式会社竹中工務店、株式会社プランテック総合計画事務所(設計事務所)・プランテックファシリティーズ(施工会社)取締役、株式会社プランテックアソシエイツ取締役副社長を経て、Fortec Architects株式会社を創業。ハーバードビジネススクールMBA修了。
建築士としての専門的知見とビジネスの視点を融合させ、クライアントである経営者の目線に立った建築設計・PM・CM・コンサルティングサービスを提供している。過去の主要プロジェクトとして、「フジマック南麻布本社ビル」「資生堂銀座ビル」「プレミスト志村三丁目」「ザ・マスターズガーデン横濱上大岡」他、生産施設や別荘建築など多数。