Fortec Architects(株) 大江太人氏インタビュー(後編)~経営×建築で生み出す建物価値向上に向けた新たな最適解~
【はじめに】
前回に引き続き、Fortec Architects株式会社 大江太人氏のインタビュー記事をお届けします。後編では、同社が手がけているプロジェクトの実例やBIM活用に向けた展望などをお伺いしています。
建築プロジェクトのどのフェーズからでも依頼が可能
岡本:事業主が建物を新築したり、改修したりするプロセスにおいて、御社はどのような段階から参加されるのですか?
大江:建築プロジェクトにおける、どのフェーズからでもご依頼をいただけるのが私たちの特徴です。
事業戦略のコンサルティング機能に加えて設計機能も持っているため、最初の事業戦略立案から入ってグランドデザインを考えたり、5年間の工場改修計画を立てたり、改修後のオペレーション改善に関わることもあります。
多くのクライアントからは、何か困ったことが起きた時に私たちを呼べるサブスクリプション型サービスのようなイメージでご利用をいただいています。クライアントからのリピートは非常に多く、長期的にご支援させていただく関係を築けています。
岡本:では、実際にどんなプロジェクトに関わっているのか、実例を教えていただけると嬉しいです。
大江:まずは、社員寮の建築プロジェクトです。
下記の建物を新築するにあたり、与件整理から基本計画まで参加し、詳細設計からは監修というポジションで竣工まで関わっています。
大江:次は、賃貸集合住宅開発における外装デザイン監修のプロジェクトです。
都市環境・景観の価値向上につながるファサード(建物外観)・エントランス・ランドスケープのデザインを建物開発のスピードに応じてタイムリーに行いました。有難いことに、このマンションは1棟ですぐに買い手がつきました。
大江:下記も、外装デザイン監修のプロジェクトです。
もともとのデザインを基本に、外装デザインとアプローチデザイン(エントランス・外構等)を立地ごとに変えています。小型賃貸集合住宅開発におけるデザインマニュアル・標準仕様も整備し、同時に進行する設計施工案件をサポートしました。
大江:次は、理化学機器メーカーの技術開発研究所の新築プロジェクトです。
与件の整理を早期から行って図面に落とし込むことで、より効率的な部門連携やメンテナンスの容易さ、初期の建設コストの抑制を実現しました。このプロジェクトでは、基本設計、実施設計、工事監理にもトータルに関わっています。予算、工期ともに当初の目論見と一切ブレずに竣工させることができました。
大江:大型施設だけではなく、戸建住宅の案件もあります。ZEHを希望する建築主の与件をベースに基本設計をまとめ、建設会社による実施設計・施工の監修も担当しました。
大江:クライアントの海外進出も支援しています。本プロジェクトでは、老舗の鰻卸問屋が運営する鰻料理専門店のタイへの初進出にあたり、今後の店舗開発を支える設計施工基準書の整備を行いました。タイと中国にある店舗に関しては、この基準書を元にして、店舗設計とデザイン監修も担当しました。
大江:下記は、電気自動車向け超急速充電ステーションのプロトタイプ設計と、多拠点開発時のプロジェクトマネジメントを行った例です。プロダクトのイメージに合う充電ステーションを形にできるように、建材や構造の検討、施工業者の選定を行い、プロダクト開発に合わせてEV充電ステーションの設計図も同時並行で更新していきました。また、設置要件書・施工マニュアル等の整備を行いながら施工者のマネジメントも行い、充電ステーションの多拠点開発と事業拡大の推進をサポートしました。
大江:下記は、製菓メーカーが工業団地区画の土地入札をする際に当社が支援に入ったプロジェクトです。
事業主から詳細なヒアリングをして事業意図を把握しつつ、同時に自治体の目線に配慮し、入札に向けた提案資料の充実を図りました。
製菓メーカーのブランド価値や周辺環境に配慮した外観デザインによって、自治体にとっても企業誘致への機運の高まりやリクルーティングのしやすさが魅力となり、入札を経て建築主は第一交渉権を獲得しました。現在は2028年頃の稼働に向けてプロジェクトが進んでいます。
専門用語を使わず噛み砕いて話を聞き出し、合意形成を図る
増井:本当にさまざまなフェーズで課題を解決されているのですね。プロジェクトはどのように進めていくのでしょうか?
大江:まずは、クライアントから数カ月間かけてヒアリングを行い、与件を整理してイメージを固めていきます。イメージをビジュアライズしたら合意形成を図り、最後に与件書としてまとめていきます。
おおむね3,4ヶ月~半年程度かけて行うイメージです。
増井:建築の専門知識がない事業主の場合、与件整理に必要な条件やデータを出すことも難しかったり、何を協議するべきかわからなかったりする方もいるかと思います。どのようにサポートされているのでしょうか?
大江:「必要な寸法・面積を教えてください」といった内容を伺うと一気に難しくなってしまうので、お客様が回答しやすいような噛み砕いた質問をヒアリングシートにまとめ、それを埋めていただくようにしています。
最初はお客様側のイメージが漠然としている場合もありますし、特にアイデアがない場合もあります。ただ、「今の研究所の1.5倍のスペースが欲しい」と言われたら、なぜ1.5倍必要なのかをしっかり掘り下げていきますね。
工場であれば、フォークリフトの旋回半径や人の動線なども詳しく伺っていきます。同時に、お客様の方で与件を整理するために必要なデータをご用意いただいたりもします。どうやってデータを出せばいいかわからない場合には、データの抽出方法等も細かくお伝えしています。
経済的価値と文化的価値のバランスを重視
増井:前編では、意匠性に注力したり、事業主の要望を聞きすぎたりした結果、コストが膨らんでしまうケースが多いと伺いました。その間の最適解を探っていくのが大江さんたちの役割ということでしょうか?
大江:そうですね。コストを抑えて建築物を建てる「経済的価値」はシビアに見ていますが、同じくらいに建物が企業のブランディングに役立ったり、従業員がそこで働いていることを誇りに思えたり、採用にプラスになったりする「文化的価値」も重視しています。お客様と一緒に作り上げた建物が、何かしらのバリューがある建物になってほしいとは常々思いながら取り組んでいます。
例えば、とある工場の新築において、バジェットコントロールが完璧に進んでいるプロジェクトがありました。ただ、いざ経営者と話してみると、コストだけではなくブランディングも重視しているとお話をされていて、そこで初めてブランディングの議論が置き去りになっていることがわかったケースがありました。
コストを重視するあまりにブランディングの議論が抜け落ちたり、逆にブランディングを重視するあまりに予算を大幅に超過するデザインになってしまったりするケースは多々あります。建設費の高騰、人手不足など、社会情勢が大きく変わってきている昨今、事業主側で経済的価値と文化的価値のバランスを考えてくれる存在は今後さらに重要性を増していくと考えています。
施設の維持管理に活用してこそBIMの価値が活きる
岡本:適切な建築投資をサポートされているだけではなく、建物の資産価値を上げるブランディングにも寄与されているのですね。事業主にとって資産価値向上は大きな課題かと思いますが、その分野で今後活用されていくテクノロジーとしては、やはりBIMが挙げられるでしょうか?
大江:そうですね。BIMの活用には大きな可能性があると思います。ただ、BIMを使っていればいいわけではなく、「BIMが建築プロセスのどこに活きているのか」を意識するのが大事だと考えています。
例えば、ドアの数が何百個もあるような複雑で大規模な建物の設計においては、仕様変更の情報を即座に反映してくれるBIMが最も向いていると思います。図面を変えたらデータ側も変わってくれるのがBIMの最大のメリットです。
岡本:3Dモデルを把握できる機能よりも、設計データを扱える機能の方が重要だということでしょうか?
大江:3Dモデリングツールは色々登場していますので、建物のビジュアルを見るツールはBIMでなければならないというほどではありません。やはりBIMの最大の特徴である「図面に情報を統合」できる点を活かし、建てた後の維持管理まで一気通貫で行うことがBIMの価値を最大限発揮することにつながると考えています。
例えば、建築中の段階から設備機器の情報をリストアップし、メンテナンスにかかる修繕費をどのぐらい積み上げておくかを想定しておけるのは、事業主のビジネスにおいて非常に重要です。ただ、現状では竣工後に入ってきた管理会社と議論することが一般的なので、それをもっと前の段階で準備できるのには大きな意味があると思います。
最近では、修繕費用の積み立てが最適かどうかを確認する案件にも携わりました。
図面と工事履歴を全部読み解いて、最終的には5人ほどで現地調査をしたのですが、修繕費用は想定の倍だったことがわかりました。もちろん建築段階で年間の修繕計画や費用は想定されているのですが、計画がざっくりとしていて実態との相違が生まれることは往々にしてあります。また、設備の設置年や最終更新年が不明なことも多いので、故障して初めて数千万円の修繕費用がかかると判明することもあります。こうした事態を防ぐためにも、BIMでの情報管理は非常に有効です。
岡本:今後BIMの利用を浸透させる上での課題はどこにあると思いますか?
大江:事業主側や管理会社側でBIMを使っている会社がほとんどないことが課題だと思っています。最近では、建設会社側でのBIM活用は進んできていますが、本来はファシリティマネージャーのような人材が修繕計画に沿ってBIMで図面やデータを更新していくべきです。ただ、日本ではそのような取り組みを行っている会社はないですし、外注で受けている会社もありません。
岡本:海外では事業主側でもBIMを活用しているのでしょうか?
大江:そうですね。日本では、計画・設計段階でしかBIMは使われていませんが、アメリカやイギリス、シンガポールではBIMが運営の段階でも活用されています。建築要件にBIMの利用が要求事項に入っていることも一般的ですね。
1件の建設規模が小さくても、複数拠点を展開している企業であればBIMを利用するメリットはあると思いますが、すでにある施設や拠点の図面をBIM化する手間や費用、BIMを運営する人材の採用を考えると、二の足を踏む企業が多いのだと思います。
岡本:海外には事業主側に建築に精通した人材がいるのも一般的ですよね。日本ではなぜそういった人材が企業にいないのでしょうか?
大江:複合的な要因があると思いますが、ひとつは日本のゼネコンが非常に優秀だからだと思います。大手企業にはお抱えのゼネコンがいて、企業の一員のように与件整理や設計、施工を担っていたため、事業者側にはこれまで建築の専門人材が必要ありませんでした。
ただ、これは事業主側からの発注が多く、建設業が伸びていた時代の話です。今は働き手の減少によって需要と供給のバランスが崩れ、ゼネコンが何でもやってくれる時代ではなくなってきていると感じています。
社内に建築の専門人材を抱えるか、外注するかを考えた時に、まだ内製化するのは難しいのが現状です。一級建築士は日本に約37万人いますが、中〜大規模プロジェクトを経験している人材は限られています。
また、日本の建築学科に経営を学ぶ科目がないことも、事業主側に立てる建築人材の不足に影響を及ぼしていると考えています。日本の建築学科では、意匠に優れた建物を設計できるかが主な評価の対象になっているので、経営視点を持った設計士を増やすためには、教育面も変えていかなければならないと感じています。
岡本:最終的には、専任の建築士が企業に常駐しているような状況が生まれるのが理想的ですよね。
大江:そうですね。設備投資は企業において非常に大きな予算を持つ部分ですから、「Chief Building Officer」「Chief Construction Officer」「Chief Architect Officer」のような役職が生まれても良いと思います。当社から建築士を派遣するようなBPOのビジネスモデルがあってもいいかもしれません。
岡本:最後に、今後の展開を教えてください。
大江:将来的には、私たちのコンサルティングにもBIMを取り入れていきたいと考えています。現状は、事業主側にBIM化によるメリットを実感してもらうのが難しいのですが、「BIM化はコストをかけてでもやるべきもの」というシナリオを鮮やかに描き出せれば、事業主側でのBIM利用も進むと考えています。
昨今、建設業界の人手不足は一層深刻化しており、今後は修繕費用の高騰も十分に考えられます。BIMは、将来の修繕に備えてリスクを洗い出すためにも欠かせないものです。今後は、私たちが建築投資のコンサルティングに入った段階でBIM活用を提案し、維持管理全般をサポートしていけるような体制を整えていければと考えています。
【おわりに】
後編では、大江氏が手がける幅広いプロジェクトや、建築におけるBIM活用の可能性について深掘りしました。
経済的価値と文化的価値のバランスを重視する姿勢、そして事業主の視点に立った柔軟なアプローチによって、事業主へ新たな価値を提供されているのだと感じました。
また、BIMを用いた維持管理の効率化については、専門人材の不足など、海外と比較して普及にはまだまだ壁があるようです。「建物設備や建物自体に突然の不調が発生して困ってしまう」というリスクに対して、BIM管理という保険をかけておくことの重要性や経済的メリットをいかに建物所有者に実感してもらえるかも重要なポイントだと分かりました。
Fortec Architects社の取り組みにより、建築における文化的価値のみならず、経済的価値も重んじる考え方が今後も広まっていくことが期待されます。
本研究所では、今後も建設DXに係る様々なテーマを取り上げてご紹介しますので、引き続きよろしくお願いします!