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PicoCELA 古川氏、加藤氏インタビュー(後編)~無線メッシュで実現する建設・土木における広大なWifiネットワーク~

【はじめに】

前回に引き続き、PicoCELA株式会社 古川浩氏、加藤智成氏のインタビュー記事をお届けします。今回は、建築・土木業界での活用方法を中心に、今後の展望などをお伺いしています。

■プロフィール

古川 浩
PicoCELA株式会社 代表取締役社長
NEC、九州大学教授を経て現職。九大在職中にPicoCELAを創業。
一貫して無線通信システムの研究開発ならびに事業化に従事。工学博士。

加藤 智成
PicoCELA株式会社 プロダクト本部 本部長代理 プロダクトマーケティングマネージャー
メガチップス社にて新規市場開拓、新製品開発の経験を経て現職。
新規ビジネスの開拓を中心にビジネスを推進。


大江 太人
Fortec Architect株式会社代表
東京大学工学部建築学科において建築家・隈研吾氏に師事した後、株式会社竹中工務店、株式会社プランテックアソシエイツ取締役副社長を経て、Fortec Architects株式会社を創業。ハーバードビジネススクールMBA修了。建築と経営の視点を掛け合わせて、建築資産の課題解決と価値創造を行っている。過去の主要プロジェクトとして、「フジマック南麻布本社ビル」「ヤマト科学技術開発研究所」「プレミスト志村三丁目」他、生産・商業・居住施設など多数。

携帯電話の電波が入りにくい現場から利用が浸透していった

岡本:前編では、さまざまな場所で御社のソリューションが活用されていることを詳しくお伺いさせていただきました。そもそも建築・土木の現場には、どのような経緯で御社の製品が浸透していったのでしょうか?

加藤:最初は、高層ビル建築の現場で「携帯電話やインターネットを使えるようにしたい」といった要望が上がり、当社にお声がけいただくことが多くありました。携帯電波は上に行けば行くほど届かなくなるため、ビルの10階を超えたあたりから徐々に電波が入らなくなっていきます。例えば、マンションの30階の建築現場で、携帯電話で連絡を取る必要があったとき、電波が入る階までわざわざ下りる必要があり、時間と労力がかかっていました。また、トンネルやダムなどの土木工事を行う山間部にも携帯電話の電波が入りにくいため、同様のニーズがありました。

そうした現場で「PicoCELA」の実証実験をさせていただくと、スムーズに電話やインターネットを使えるようになるので、実験終了後に機器の回収に伺うと、「使えなくなるのは困る」といった声が上がることが多かったです。そのまま急遽ご購入となるケースも、以前ではよくありました。

岡本:建築・土木の現場で御社の製品を使用する場合、設置はどのように行うのですか?

加藤:建築・土木の現場では、照明や工具が欠かせないことから、必ず電源が確保されていると思います。当社の製品は、電源さえあれば作動するので、電源の近くにある単管パイプにクランプなどでアクセスポイントを固定してしまえば簡単に設置できます。アクセスポイントの位置としては1.5m〜2m程度の高さがベストです。建築現場には足場を含めて単管パイプが多くありますので、設置できる箇所には困らないです。

岡本:御社がアクセスポイントの設置も行っているのですか?

加藤:当社の取引先は、主に建設機械レンタルを手がけている会社様が中心なので、設置や調整も併せて行っていただいています。みなさん自社で設置のノウハウを独自に蓄積していらっしゃるので、最近では私たちの方が勉強させていただいています。

岡本:ではプロジェクトごとに「この期間で、何台リースする」といった契約になるのですね。

加藤:そうですね。ただ建築の場合、工程によって必要な台数は変わっていきます。例えば、高層建築の場合、地下工事をしている段階では数十台でまかなえますが、10階・20階と建築が進んでいくたびに必要台数も増えていきますので、そのたびに追加でリースをしていただいています。麻布台ヒルズのプロジェクトでは、最終的に約300台をリースしました。ただ、最大数の300台をリースしたのは1ヶ月間くらいでしたね。工事が終わった階層からどんどん回収していくので、またリースの台数は減っていきます。

工事の進行にともなう機器の移し替えにも素早く対応できる

大江:工程に合わせてフレキシブルに対応してくださるのですね。建築現場は刻一刻と状況が変わっていきますが、設置したアクセスポイントの盛替えも簡単にできるのでしょうか?

加藤:おっしゃる通り、工事の進行にともなって足場がなくなったり、電源の位置が変わったり、盛土が積まれたりしていきますが、アクセスポイントのグルーピングさえ意識できれば、機器の移し替えも容易です。ですから、「PicoCELA」の利用に慣れてきた現場の方々は自分たちで機器を移し替えされていますね。

また、当社のクラウドサービス「PicoManager®」でアクセスポイント同士が今どのようにつながっていて、どのような通信状況なのかを確認できることも、現場での移し替えのしやすさにつながっていると言えます。もし機器の移し替え後に何か異常があったとしても、「PicoManager®」で状況をモニタリングすれば、遠隔でも調整や指示ができますし、大きなトラブルを未然に防ぐこともできます。私たちや販売店さんが遠隔でサポートができる環境を整えていることもお客様から好評です。

中小規模・戸建住宅の現場でも活用の可能性は十分ある

岡本:今は大規模現場での利用が中心かと思いますが、今後中小規模の現場でも活用できるとお考えでしょうか?

加藤:現場の大小に関わらず、「現場にネットワークが引けなくて困っている」といった課題には対応できると考えています。例えば、中小規模のマンション建築現場では、詰所にネットワークが引かれていても、建築中のマンション自体にネットワークを引くのは竣工後になるケースもよくあると思います。その際、現場での通信はモバイルルーターですべて対応している現場監督さんたちも多いのではないでしょうか。一方で、様々なアプリケーションの併用や容量の大きいデータの送受信などをすべてモバイルルーターでまかなうのは難しく、やりとりにタイムロスが生まれてしまうと思います。

そんなとき、近隣に設置された詰所のLANケーブルに当社のアクセスポイントを設置し、現場にもアクセスポイントを置いて電波を飛ばしてWi-Fiを使えるようにすれば、現場にWi-Fiスポットを作ることができます。光回線を引いていないところにも、光回線と同様に利用できるWi-Fiスポットができれば業務はより一層効率化すると思います。

大江:ボードなどで間仕切りができていく場合にも電波を飛ばすことはできるのですか?

古川:材質によっては電波を通すのは難しい場合があります。ただ、当社のアクセスポイントにはLANポートが備わっていますので、無線だけではなく有線でつなぐことも可能なんです。例えば、分厚い壁によって無線では電波が届かない場合、その壁をよけて窓からアクセスポイント同士をLANケーブルで接続して中継し、そこから先はまた無線で電波を飛ばすといったことも可能です。

岡本:最近では、戸建住宅の建築現場においても、ネットワークカメラでの遠隔臨場を取り入れたいと考える企業が増えています。ただ、そもそも現場にネットワーク環境がないことに悩まれている企業も多いと感じています。今後、御社の製品が戸建住宅の現場にも導入されていく可能性はあるのでしょうか?

加藤:最近では、SIMカードを搭載したクラウド型の監視カメラが主流になってきていると思います。私も当初は、通信ができるカメラを現場の出入り口に1台設置しておけば問題なく監視ができるので、当社製品が入り込む余地はないだろうと考えていました。しかし、現在ではカメラを複数台設置したり、入退場管理システムや顔認証システムが導入されたりと、さまざまなIoT機器が現場に設置されはじめていますよね。現在は機器がそれぞれに通信をしていますが、いずれはまとめて「面」でネットワークを提供できる環境の構築が求められることになるだろうとは感じています。

現在、高層ビル建築での全面Wi-Fi化は、多くの現場で採用されていますが、5年ほど前まではここまで普及するとは予想できていませんでした。ですから戸建住宅の現場にWi-Fi化が求められる未来も意外とすぐそこまで来ているのかもしれません。

古川:そうですね。そもそも無線メッシュが注目を集めたのは今から8年ほど前で、はじめは「家庭でのメッシュWi-Fi」からブームに火がついたんです。家族全員がさまざまなデバイスを利用するようになり、、家中どこででも安定した通信速度が保てるWi-Fiが求められるようになったことが要因でしたが、家庭のような狭い空間から無線メッシュに注目が集まるとは予想していませんでした。ですから、今後中小規模の現場でのニーズが高まっていく可能性も十分あると考えています。

「PicoCELA」をエッジコンピュータとして活用する未来

岡本:Wi-Fi環境の構築以外にも、御社の製品が「こんな部分で建設DXに活用できる」といった点はありますか?

加藤:当社のクラウドサービス「PicoManager®」には、アクセスポイントに接続したデバイスのデータが収集され、蓄積されていきます。スマートフォンを使いながら現場を移動している人の動きや施工ロボットの作業状況など、さまざまなデータを抽出して、ご活用いただくことが可能です。

すでに、作業員の体調の情報をBluetooth経由で収集して、健康管理に役立てるような事例は実現しています。そのほかにも、現場の温度・湿度センサから収集したデータを当社製品内で処理するようなことも可能だと考えています。

「せっかく現場でインターネットが使えるのだから」と、スマートフォン等でのコミュニケーションだけではなく、センサやLiDARなどを活用されているお客様もいらっしゃいますね。ゆくゆくは、建築・土木現場に設置されているさまざまな機器の機能を「PicoCELA」に統合していければ、より業務効率化が進むと思います。

古川:当社が開発しているアクセスポイントの中身は、Linuxを搭載したコンピュータなんです。ですので、当社の製品は、単なるインターネットとスマホをつなぐための安価な無線インターフェースとしてではなく、現場に近い「エッジコンピュータ」として活用していただくことが可能です。

クラウド全盛の今、さまざまなデータがクラウドで処理されていますが、膨大なデータがクラウドに集まってきているため、処理に時間がかかり、リアルタイム性が失われるという課題が生まれています。

今後は、現場にある小型のエッジコンピュータが、現場で収集したデータをリアルタイムで処理するような時代が到来するのではないかと考えています。建築・土木業界は一緒に先進的な取り組みをさせていただけるプロジェクトが多くありますので、これからもさらに付加価値のあるサービスが提供できるように、業界のニーズを汲み取りながら開発を進めていきたいですね。

【おわりに】

PicoCELA株式会社の古川浩氏、加藤智成氏へのインタビュー後半は、建設DXに活用されるようになった経緯、中小規模の現場での活用などについてお伺いしました。

フレキシブルで感覚的にも分かり易い機器構造だからこそ、現場での移し替えのしやすさ、使い勝手の良さなどが際立っているのだと感じました。クラウドサービス「PicoManager®」という通信確認方法があるということも安心度合いが向上するのではと思います。
また、実証実験の段階から「使えなくなるのは困る」というレベルまで入り込んで使っていただくということも、「PicoCELA」の強みだと思います。
今後デジタル化が進んでいく建設業界全体で、ますます、無くてはならない存在になっていくのではないでしょうか。

本研究所では、今後も建設DXに係る様々なテーマを取り上げてご紹介しますので、引き続きよろしくお願いします!