建設産業が切り開く月面開発の未来
【はじめに】
アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏が、自身が保有する宇宙開発企業の有人飛行に搭乗し約10分の「宇宙旅行」を満喫したというニュースが報じられ、世間を賑わせました。日本国内でも、実業家の前澤友作氏がこの12月に宇宙旅行を計画しており、民間宇宙旅行への注目度が高まっています。
アポロ11号が月面着陸に成功して以来、人類は宇宙開拓に挑戦し続けてきました。宇宙への憧憬はSFフィクションの世界にとどまらず、実際の技術開発・イノベーションにつながっていきました。例えば、小型化された集積回路搭載のコンピュータや燃料電池はアポロ計画の産物であり、これらは時に”Moonshot innovation”と呼ばれます。”Moonshot”つまり、月に到達するような大きな目標を掲げ、そこからバックキャスト的に目標を実現するためのイノベーションを起こしていくということです。
宇宙とは一見無縁そうに思える建設産業においても、ムーンショット的発想に基づく技術開発が進んでいます。先ごろも、国交省が「月面等での建設活動に資する無人建設革新技術開発推進プロジェクト」の開始を発表しました(※1)。
※1 国交省:「月面等での建設活動に資する無人建設革新技術開発推進プロジェクト」を開始します
一見すると、荒唐無稽に見えるこのプロジェクトは当てがない、つまり技術的信頼性に欠けるものというわけではありません。近年、急速に開発が進んでいる「無人化建設技術」を背景に立ち上げられたムーンショット的イノベーションへの挑戦なのです。
今回は、「月面宇宙基地を作る」ことを仮にムーンショット目標したとき、その実現のための技術開発がこれまでどれくらい進んできているのかを、施工分野ごとにご紹介したいと思います。
【材料を手に入れる】
月面宇宙基地を作るために必要なのは、まず「材料」でしょうか。国際宇宙ステーションの建設には、地球から完成品を送り込み組み立てる「完成品輸送」という方式がとられていますが、輸送費用コストがかかり過ぎます。地球から材料が送り込めないとなれば、着目すべきは現地資材利用、つまり月の材料利用です。
無機質な岩の塊に見える月の表面は「レゴリス」という細やかな月の砂で覆われています。レゴリスの組成はその大半が二酸化珪素、酸化アルミニウムや酸化カルシウムのような酸化物です。これらレゴリスの構成成分はセメント系材料として水・砂・砂利と混ぜればコンクリートになります。そして、コンクリートの製造に不可欠である水は、レゴリスを水素と反応させれば現地調達が可能となります。理論的には、セラミックス、コンクリート、ガラス、酸素、水、とレゴリスから製造可能な材料だけで月面建築物は構成することが可能なのです。
レゴリスを活用した材料研究開発に取り組んできたのが清水建設です。近年では、レゴリスを焼き固めて強度を出す焼結材の開発にも着手しているなど、引き続き月での建設への挑戦を続けています。
[畑中菜穂子:月極域探査ミッション, 現地材料利用(ブロック製造), 第59回宇宙科学技術連合講演会, 2015.3]
【施工する】
材料の次は施工です。宇宙空間での作業を想定し、人体に負担の少ない無人化施工に焦点を当ててみたいと思います。
無人化施工は大きく2つの種類に分けることができます、遠隔施工とAIロボット施工です。前者は人による操作を前提しており、後者は全く人が介在しない、AIロボットによる施工のことです。
(1) 遠隔施工
建設現場の遠隔施工については様々な取り組みが既に進んでいます。実は、遠隔施工の日本における取り組みの開始は早く、1991年の雲仙・普賢岳噴火時の除石・砂防工事にさかのぼります。バックホウ操作のための映像伝送処理技術や、ブルドーザーによる敷き均しのための高度なGPS技術の開発が、九州地方整備局・熊谷組によって進められました。当時の技術は100m程度の遠隔距離の現場を施工するものでしたが、2000年の有珠山噴火などニーズの高まりとともに超遠隔化への挑戦と、既存LAN等を用いた情報通信技術の導入が行われていきました。
遠隔施工に飛躍的技術革新をもたらしたのが5Gです。従来の遠隔操作システムは既存の通信回線を使用するもので、現場と操作室の距離はせいぜい数キロ程度の範囲に限られてしまいます。その上、気象条件や干渉により安定的な通信状態が保てないのが大きな課題でした。
5Gの持つ、超高速・大容量、低遅延、多数接続という特徴はこれらの課題を一気に解決するものです。大林組では2020年2月からKDDI、NECと共同で、5Gを活用した建設機械の遠隔施工システムの実証実験を実施しています。大林組は国交省の革新的技術導入プロジェクトでも、地元建設業者とタッグを組んで実際の現場でのテストベッドを開始しています。
月で施工するとき、遠隔施工の最も大きな障害はタイムラグです。地上とは異なり、38万kmという月との長距離通信で生じるタイムラグは3〜5秒ほどあり、円滑な操作・施工には慣れが必要になるかもしれません。そこで登場するのが次にご紹介するAIロボット施工による完全無人化施工です。
国交省HPより引用
https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/constplan/content/001359383.pdf
(2) AIロボット施工
内閣府HPより引用
https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/sub3.html
上の図は内閣府が進めるムーンショット型研究開発制度のうちムーンショット目標3「2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現」の未来のイメージです。この未来では、自律的に動作してAIロボットが建築物を施工している様子や、月面などの人が活動することが難しい環境で自律的に判断し活動するロボットの活躍が描かれています。この図では究極的に無人化の産業革新が進んだ2050年を目標設定の背景として描いていますが、実際の技術開発は現在どの程度まで進んでいるのでしょうか。
上にご紹介したのは、米国のスタートアップ企業であるBuilt Robotics社による自社サービス紹介動画です。Build Robotics社は、市販の建設重機にAI装置を搭載して完全自動化した建設施工を行うというサービスを展開しています。必要な出来型の管理はもちろん、危険予知管理もできるようになっているのが特徴です。近未来感ある事例として海外のスタートアップをご紹介しましたが、実はこの領域、国内ゼネコンでの開発には目を見張るものがあるのです。
鹿島建設では、次世代建設生産システム「A4CSEL」(クワッドアクセル)(※2)を開発し、その実装が進められています。これまで、小石川原ダム本体建設工事など3ダム現場で導入されてきており、現在、成瀬川ダム(秋田県東成瀬村)本体工事の現場には自動化建設機械が20〜30台規模で投入されています。こちらも実際に動画をご覧いただいた方がわかりやすいので以下に紹介動画を掲載します。
特に着目していただきたいのが、種類が異なる重機同士が協調して作業していることです。ローラー車だけが自動で転圧作業を行なっている現場なのではなく、ダンプトラック、ローラー車、ブルドーザ、コンバインドローラー、清掃車のそれぞれが連携して、ダム工事に必要な材料の荷受け・搬送から、打設表面の清掃、まき出し、転圧といった一連の作業を行っているのです。ダムの天端などの狭い可動域でこれだけの数の建機が自動で制御されているのは世界に先駆けた技術と言えるでしょう。
※2 「A4CSEL」(クワッドアクセル)とは、(1)汎用建設機械の自動化技術、(2)施工状況に応じた運転を行う制御プログラム、(3)自律運転を可能とするための計測・認識技術で構成されるシステム。
クワッドアクセルのような完全自立施工システムは、一度操作指示を送ればその後の人による操作は不要で作業が進むので、月面などの人が到達し難い環境での施工に向いています。課題となるのは、繊細な動作が必要になる内装などの建築工事でしょう。精密な動作が求められ、可動域も限定される内装工事で、協調ロボットが事故なく施工を進めていくところにこの分野のブレイクスルーがありそうです。
(3)3Dプリンター
最後にご紹介するのは毛色を変えて、3Dプリンターを使った完全自動インフラ構築です。
中国でコロナウイルス患者向けの隔離用病棟を3Dプリンターで作成したというニュースが一時話題となりました。3次元設計図面とプリンター機、セメント系材料があればどこでも誰でも作成することが可能なので、中国に止まらず3Dプリンターを使った建設・建築は広がっています。
オランダでは3Dプリンターによる橋梁製作・架橋に成功しており、実際に供用開始している橋も存在します。
「上海の企業が隔離病室を「3Dプリント」して湖北省を支援」
(https://spc.jst.go.jp/news/200202/topic_5_03.html)
3Dプリンターによる施工の最大の利点は、その設計の自由度の高さではないでしょうか。型枠にコンクリートを流し込んで施工するのとは異なり、3Dプリンターによる施工は、プリンターの出力ノズルが自由な形を描くことが可能なので、意匠性にこだわった形状の出力が可能です。もちろん、強度が十分に取れていることが前提ですが、従来の構造では考えられなかったような形を持つインフラが誕生する日も遠くないかもしれません。
月面において3Dプリンターの活用の幅は大きく広がるでしょう。インフラや住宅の建設だけでなく、材料の部品やパーツの製作・発電環境や水供給環境の整備にも応用できるからです。地球とは異なる基礎地盤や設置面に対応しやすい形状が出力できることも強みではないでしょうか。
【終わりに】
月面基地建設に応用できる技術開発・イノベーションが進んでいることをご紹介してきました。喜ばしいのは、月面基地開発のような未来投資型のプロジェクトに日本のゼネコン各社がいずれも積極的に参画しているということです。
JAXA(宇宙航空研究開発機構)が進める「宇宙探査イノベーションハブ」は、様々な分野の叡智を結集し、宇宙探査にかかる研究の展開や実証を進めていく枠組みです。実はゼネコン大手5社は早期からこの枠組みに参加し、会社として宇宙開発に乗り出しているのです。こういった夢のある取り組みが民間主導で進んできているところ、行政も負けてはいられないとのことで国交省も月面開発のプリジェクトを立ち上げたといったところでしょうか。いずれにせよ、建設業界の取り組みが月に届くことを強く期待したいところです。
筆者プロフィール
鎌倉一郎
元国交省職員。現在は国内大手メーカーにて公共政策を担当。