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モジュール住宅供給による垂直統合型DXの挑戦 - Factory OS

以前の記事「カテラの経営破綻から学ぶ垂直統合型DXの限界と可能性」では、世界中から2,000億円以上の資金調達を行った後に経営破綻に陥ったカテラの事例から、建設業界において設計から部材の製造、施工、さらにはその後の維持管理までのサプライチェーンを垂直統合するビジネスモデルの実現がいかに難しいかをご紹介しました。
しかし、この「垂直統合型モデル」を住宅という領域に特化して実現している会社があります。今回の記事では、その最前線にいる米国の企業、Factory OSを紹介し、今後期待される大きな建設DXの流れに関して考察していきます。

米国が直面する住宅供給不足

米国では昨今、住宅価格が急速に上昇しています。米連邦住宅金融庁(FHFA)が発表する全米住宅価格指数(季節調整済み)は前年同月比で15%以上の上昇を続けており、住宅という生活基盤を形成する主たる商品が、1年間に15%以上の勢いで値上がりを続ける異常現象が起こっているのです。
もともと人口増に対して市場に出回る住宅の数不足が問題点として​指摘されていましたが、そこにコロナ危機が直撃、住宅勤務の増加で都心部を離れて郊外の広い住宅に移住する人が増えたことで、一気にこの現象に拍車をかけたのです。さらに、歴史的なローン金利の低さやウッドショックによる木材資材の高騰も追い風となりました。
そのため、米国において住宅を速く安く供給するニーズは強く、Factory OSはまさにこの課題解決に取り組んでいます。

Factory OSの創業から大型資金調達までの経緯

Factory OSは、2017年にRick HollidayとLarry Paceの2人によりカリフォルニアで創業されました。Rickは「40年間以上、低所得者用の住宅を作るディベロッパーとして働き、創業の8~9年ほど前から建設コストが急速に上昇する中でもっと効率的な生産方法がないか考えていた」と話しています。また、Larryによると「結局自分達で会社を立ち上げるしかないという結論に至ったが、超資本集約型のビジネスでかつ技術的な開発コストもかかるものだった」と起業当時の苦労を話しています。Factory OSは特に低所得者向けの集合住宅を対象に、このビジネス上の課題を解決することを試みたのです。

工場でモジュール化した住宅を作り現場へと供給する仕組み自体は、決して新しい考え方ではありませんでした。しかし、Factory OSは2つの先進的なアプローチを取り、事業化に成功します。1つ目は最新のデジタルツールを用いて住宅の設計から製造までの過程を全て見直した点です。Autodeskと早期から協業し、短時間でクライアントのニーズに合致した設計図を作り、そのまま工場のラインと連携するシステムを作り出したのです。
2つ目は北カリフォルニア地区の建設業界の労働組合とパートナーシップを締結した点です。建設業界の労働人口が減少していく中、工場で住宅を作る労働者を確保するために早期から組合を味方につけ、機械と人の労働力のハイブリッドで住宅製造ラインを作ることを目指しました(これが工場のフルオートメーションを目指したカテラとの大きな違いです)。
建設のデジタライゼーションという革新的なアプローチと人の労働力の確保という堅実なアプローチを掛け合わせたことで、投資家からの注目を受け、次々と大型資金調達を成功させることとなります。

2019年には2270万米ドル(約30億円)、さらに翌年には5500万米ドル(約70億円)の資金調達を行い、事業パートナーであるAutodeskだけでなくMeta(Facebookの運営会社)やGoogleなどの巨大テクノロジー会社が投資家として名を連ねています。2回目の大型調達が決まった時点で、1000軒以上の住宅ユニットを製造しており、さらにその製造スピードは通常の現場施工と比べて40%以上速いことが証明されていました。市場に溢れる確かなニーズと、それに答える実績が揃ったことで創業から5年で100億円相当の成長資金を獲得するに至ったのです。

垂直統合を可能とする3つの強み

複雑なプロセスが絡み合うがゆえに困難とされてきた建設業界の垂直統合ですが、Factory OSは以下の3点を強みとし着実に技術の工場とそれを実現する工場作りを行ってきました。

①モジュール化による工場生産

床から壁まで、住宅を構成する部材は全て工場のラインの中で作られます。天井からはクレーンが吊り下げられ、そのクレーンで部材が運ばれながら33の工程を経て、現場に運ばれる住宅のユニットへと組み上げられていきます。この過程が全て工場内で完結するため、現場での施工と異なり気象条件に影響されることなく、短時間で正確な仕事が可能となります。さらに、近隣に対する騒音などを気にする必要もないため、日中・夜間にかけての連続的な作業ができ、生産スピードの大幅な向上に繋がります。また、現場での人の手と工具による作業と異なり、大型の機械を使った正確な加工を行うことで、無駄になる材料が大幅に減るというメリットまであります。
実際、建設業の非効率性の要因の一つは現場での一品生産であるということです。ここに、製造業のラインの考え方を取り入れることで、14日という驚異的なスピードで一つのユニットを製造することが可能となったのです。
しかし、製造した住宅ユニットの運び先の土地が千差万別の形である以上、全く同じ家が作られることは稀です。淡々と同じ製品を作り続ける製造ラインとは異なり、毎回異なる寸法の部材を作り組み立てなくてはいけませんが、それを可能としてるのが、Autodeskとの協業で作り上げた独自の製造システムとなります。

各部材を製造し組み合わせる工場ライン(出典:Forbes

②Autodeskとの協業でプロセスをDX化

冒頭でご紹介した通り、Factory OSは早期にAutodeskとの協業を開始しました。ここで目指したことは、住宅の図面と生産ラインの統合化です。例えば、ある単一の製品を大量生産する工場では、設計図に基づき製造機械をプログラミングすることで、何千何万の製品製造ができます。しかし、住宅は一品生産であるため、特定のルールをもとに図面を作成したとしても、細かな寸法などは全製品異なってしまいます。そこで、デジタルデータとして作成された図面のデータを、そのまま工作機械から組立機械のもとにまで情報共有し、その情報をもとに作業員が人の手で機械を動かすことで、無駄を極力削ぎ落とし、かつ一定の柔軟性のある工場ラインを実現したのです。
Autodeskの設計図作成ソフトウェアは建設業界だけでなく製造業の世界でも使われています。Autodeskが業界を横断してノウハウを提供したことで、製造業的な垂直統合が可能になったと考えることもできます。

③より良い働く環境作りと工場勤務者の安定的な確保

日本でも建設業の現場の労働環境が過酷であることが問題として取り上げられています。それは米国でも例外ではありません。多くの通勤時間をかけ、雨風に晒され、夏は灼熱、冬は極寒の環境の中で長時間働かなくてはいけない上、自分の前の工程が終わるまで数時間待たされてしまうというような事態も頻発します。Factory OSの工場内の環境はまさにこれとは真逆となっています。天井高の高い、明るく広い工場内は外部の気候からは守られ、工場のラインは一筆書きで動いていくので、作業間の待ち時間を大幅に削減できます。効率向上によるコスト低減分を賃金に乗せることで、通常レートより倍近い賃金を実現し、より腕の立つ作業員を雇い入れることに成功しています。

光が降り注ぐ広大な工場の中の労働環境は建設現場に比べてより安全かつ安定した環境である
(出典:kpbs

今後期待される展開

カテラの経営破綻は建設業界におけるプレファブリケーションの事業性に対して大きな疑念を残すこととなりました。しかし、Factory OSが残してきた実績を見ると、「米国における住宅価格の高騰と圧倒的な住宅不足」というマクロトレンドに焦点をあて、堅実にオペレーションを確立してきた巧みさを見てとることができます。また、最も住宅供給危機が深刻な地域である米国の西海岸に生産拠点を絞ってきたことにも、地に足のついた戦略が反映されています。調達した資金によって、カリフォルニアにある最初の工場の隣に1拠点を建設、さらに南カリフォルニアに1拠点を建設予定と発表しています。
建設業は巨大な資本が必要となるビジネスであり、急速な拡大をするには莫大な資金ニーズと景気に応じて激変しやすい市場に対するリスクがハードルとなります。プロダクトの需要と革新的な製造工程を見出したFactory OSにとって、今後の課題となるのはバランスの取れた成長戦略にあると思われます。100億円の資金調達後、投資家からの成長圧力を受けながらも、業界特有のリスクを避けた巧妙な舵取りを実現できた先で、モジュール化住宅の新たな歴史を作ることになるのではないでしょうか。

著者プロフィール
大江太人
東京大学工学部建築学科において建築家・隈研吾氏に師事した後、株式会社竹中工務店、株式会社プランテック総合計画事務所(設計事務所)・プランテックファシリティーズ(施工会社)取締役、株式会社プランテックアソシエイツ取締役副社長を経て、Fortec Architects株式会社を創業。ハーバードビジネススクールMBA修了。建築士としての専門的知見とビジネスの視点を融合させ、クライアントである経営者の目線に立った建築設計・PM・CM・コンサルティングサービスを提供している。過去の主要プロジェクトとして、「フジマック南麻布本社ビル」「資生堂銀座ビル」「プレミスト志村三丁目」「ザ・マスターズガーデン横濱上大岡」他、生産施設や別荘建築など多数。