米TestFitが開発を進める設計プロセスの自動化プラットフォーム
1990年代、コンピューターの急速な普及に伴い、建築業界にも大きな革新がもたらされました。それはCAD(Computer Aided Designの略)の誕生です。設計事務所や施工会社のオフィスに製図板が並んでいた時代が終わり、設計士が手書きで図面を書いていた方法が、CADの発明により全てPC上で行われるようになりました。これによって、製図板が実務で使われることはほぼなくなり、設計のプロセスが根底から変わりました。しかし、「Computer Aided」つまり「コンピューター支援型」という名前に関わらず、その実態は手書き作業そのものをコンピューター化しただけに過ぎず、設計士の業務内容自体は変わらなかったのです。
それから約30年が経過し、コンピューターの性能向上と最適解を探るAIの進化により、建築の検討プロセスそのものが変革の時を迎えています。その先頭を切る代表的なスタートアップが米国のTestFitです。建築設計は無数のパラメーターを考慮し、最適な設計に達する必要があります。そのプロセスは優先順位に基づく適切な妥協の連続であり、これまで人間の直感に依存していた部分を自動化するソフトウェアを開発しています。
今回は、TestFitの創業から現在に至るまでの発展に焦点を当て、その強みと今後の展開について考察したいと思います。
創業から資金調達の流れ
TestFitの創業者であるClifton Harness氏は、テキサス大学の建築学部を卒業後、集合住宅開発のディベロッパーにてDesign Managerとして勤務しました。通常、建設プロジェクトの初期段階にはフィージビリティスタディ(または「ボリューム検討」)というフェーズが存在し、敷地の制約内で配置可能な部屋や駐車場の数を無限の組み合わせから絞り込んでいく作業が行われます。夜遅くまで図面を描き、駐車場の数を計算するこの作業を繰り返していたときに、ボリューム検討を自動化するというアイデアが生まれました。Harness氏はCTOのRyan Griege氏と共に、2017年にTestFitを創業し、2020年には初の資金調達に成功しました。2022年には、2000万米ドル(約28億円)の資金調達を実施し、これまでの合計調達額は2200万米ドル(約30億円)となりました。
建築設計のプロセスでは、この初期のボリューム検討を、設計事務所やゼネコンが非常に低い報酬(場合によっては無料)で行うという慣習が存在します。これはいわゆる「営業設計」のプロセスで、営業活動の一環という性質から実現性や予算との整合性の検討が十分に行われないことがあります。その結果、詳細設計の段階で事業継続が危ぶまれるような変更が頻発します。この問題を解消し、設計の一部を自動化することで、設計士が労働時間に見合った報酬を得られる世界を実現することをTestFitは目指しました。
また、建設事業はROIなどの定量的な指標が基準となり、プロジェクトの進行可能性が判断されます。これまでの方法では、図面を作成し、部屋や駐車場などの数値を計算し、その結果に基づき図面を修正するというプロセスが繰り返されていました。しかし、定量的な数値の計算プロセスを自動化することで、投資指標をより速く、より正確に把握でき、投資判断の迅速化により事業者の機会損失も大幅に削減することが可能となりました。
リアルタイムな事業収支検証が可能な設計検討ツール
TestFitのサービスについて詳しく見ていきましょう。建設プロジェクトの初期段階で最も重要なことは、事業の妥当性を正確に把握することです。TestFitは、従来設計士が何時間もかけて行っていた手順をAIの力で簡易化し、工程の自動化を実現しています(なお、2023年6月現在、TestFitのサービスは主に住宅プロジェクトを対象としています)。
①対象敷地のデータを入力する
対象となる敷地を指定すれば、その敷地に設けられた制限情報が取り込まれます。
②プロジェクトのタイプを入力する
建物の種類(マンション型、タウンホーム型など)や建物の大まかな形(シンプルな直方体、ロの字の中庭型、複数棟に分かれた分散型など)等、開発の大前提となる方針を指定します。
③AIによる出力を基に手動で検討を行う
①〜②の手順で簡易的にインプットを入力するだけで、初期の候補プランが出力されます。このプランを元に、壁面の位置や建物の位置を自由に調整できます。部屋や駐車場の数、広さなどが変わると、その定量的な数値の変化もリアルタイムで確認することが可能です。
上記の通り、プロセスが全て自動化されているわけではなく、手動で調整する部分も含まれています。ただし、手動で動かす場合でも、定量的データの変化は常に可視化されているため、最小限の時間で最適解に到達することが可能です。
建設プロジェクトは主に、1. ディベロッパー、 2. 設計事務所、 3. ゼネコン、の三者が関わります。TestFitはそれぞれのプレイヤーに対して異なる価値を提供します。
【ディベロッパー向け】より迅速な投資決断が可能
ディベロッパーにとっては投資判断の迅速性が命となります。投資するか否かを決めるための最も重要な2つの指標は、初期投資額と事業全体の収支で、これらを把握するには部屋の数や面積、さらには付随する駐車場や緑地の面積などの情報が必要となります。一般的には、売りに出された土地の購入に際して、早く購入の意思を伝えられた方が交渉において有利となることが多いです。そのため、TestFitを活用して複数のプランを短時間で検討することで、目標とする土地の購入確率を上げることができます。
また、面積の計算ミスを防ぐことも可能です。初期段階でのヒューマンエラーが、プロジェクトの進行に伴って重大な損失の原因になる可能性があります。図面の確認と同時に誤りのない定量的な数値を算出できるTestFitの機能は、こうしたリスクを回避し、大きな価値を提供します。
【設計事務所向け】事業主の要求を満たした提案を最速で提供可能
設計士はディベロッパーからの定量的な要求を受けて、短時間で正確な検討を求められます。特に中小規模のディベロッパーでは、社内に設計士がいない場合が多く、そういった場合には初期検討は設計事務所に外注されます。平面的な検討だけでなく、日影の規制など立体的に複雑な制限を考慮した検討を行い、ディベロッパーからの要求が正確に反映されているかを確実かつ詳細にチェックする必要があります。
冒頭で述べた創業者のHarness氏の創業エピソードにもあるように、ミスのない正確なボリューム検討を行うには大量の時間が必要であり、短時間での検討が求められると夜遅くまでの作業が必要になることも珍しくありません。
しかし、TestFitの導入により、法規制限の可視化から定量的な数値の把握までを一つのプラットフォーム上で行うことが可能となり、作業時間の大幅な短縮が可能となります。
【ゼネコン向け】プロジェクト初期段階における精度の高い費用算出を容易化
建物を建設するゼネコンがプロジェクトの初期段階から関与することも珍しくはありません。主な理由は、施工費用を正確に把握することで初期費用の精度が向上し、正確な投資判断が可能となるからです。
TestFitを利用して検討結果をリアルタイムで共有することで、建物の面積や計上等を正確に把握でき、建設費の概算算出が容易になります。ゼネコンにとっても、信頼度の高い概算を提出できるため、「建設費が当初予想を超えてしまいプロジェクトが中止になってしまう」という事態を避けられるメリットがあります。
AIと建築業界の架け橋となるサービス
TestFitの技術の中心には機械学習(Machine Learning)が存在します。土地や建物形状の種類を入力すると、過去の膨大なデータから最も適切と思われる建物形状が出力されます。また、壁の位置など手動でパラメーターを調整すると、他の部分も条件に適合するように自動的に調整されます。
近年の急速なAI技術の進歩と共に、TestFitのサービスの質も向上していくことが予想されます。TestFitは自動と手動のプロセスを組み合わせていますが、近い将来、より広範囲な自動化が進み、AIの発展と共に建設プロジェクトの効率化が進むと期待されています。