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米国の建設DXを支えるベンチャーキャピタル - Brick & Mortar Ventures

Brick & Mortar という英語の意味はご存じでしょうか。直訳すると「レンガとモルタル」。そこから、レンガとモルタルで作られた「リアルな建造物」のことを意味します。
サンフランシスコに本拠を置くBrick & Mortar Ventures(以下Brick & Mortar)は、その名の通り建造物を建てる建設系スタートアップに投資をするベンチャーキャピタル(VC)です。VCとは、比較的生まれて間もない企業に投資家から集めた資金を投資することで成長を後押しし、投資先のExit(上場や売却)から投資家に対してリターンを生むファンドのことを指します。
つまり、建設業界において次々に誕生する有望なスタートアップに対し、世界中の事業会社からイノベーションに必要な資金をかき集め、業界全体の底上げをするためのガソリンを注いでいる存在であると言えます。世界的にも建設業に特化したVCは珍しく、特に2019年に9700万ドル(約100億円)の資金を集めたBrick & Mortarは世界最大の建設Techに焦点をあてたファンドとして注目を集めました。
今回はこのBrick & Mortarの成り立ちや実績などに着目していきます。

創業者の紹介とファンド立ち上げの経緯

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Webのトップページに掲げられたテキスト「建築が設計され、施工され、維持する在り方を変革する」(出典:https://brickmortar.vc/)

創業者兼CEOのDarren Bechtel氏は米国の中でも歴史が深い大型建設会社であるBechtel(ベクテル)の創業家の1人です。Bechtelは1898年に設立され、インフラ、エネルギーや鉱山施設、政府や民間の原子力施設の建設を中心に拡大し、2020年には2兆円近い売上を誇る会社にまで成長をしています。未だにBechtel家が保有するオーナー企業で、現在のBechtelのCEOはDarren氏の兄弟にあたります。

Darren氏のキャリアはBechtelを創業家として継ぐことを前提としていませんでした。Stanford大学を卒業後、民間の建築会社でデザイナー及びエンジニアとして経験を積んだ後、医療機器の開発エンジニアとしてスタートアップの世界に足を踏み入れます。その後、数々の著名な起業家を輩出したStanford大学のMBAを経て、倒産危機に陥っていた医療機器メーカーをCEOとして救出した経験は、「とても面白かったが、自分自身を壊しかけた」時間であったと語っています。
その後、会社を経営するかたわら、自身の自己資産を使いエンジェル投資家としても活動していたDarren氏は、「ベンチャー投資に特に興味をもつ」ようになり、ファンドの立ち上げへと動き始めます。自身のバックグラウンド・強みにも合致し、かつ最もパフォーマンスを出す手段として行き着いた方向性が建設業に特化した VCというコンセプトでした。

最初に投資したPlanGridは建設現場で扱われる図面や写真などの資料を一元的に扱うサービスを提供する会社でしたが、2018年に米Autodeskにより8.75億ドル(約900億円)で買収され、大きな成功を収めることなります。

その後2019年に約100億円の資金を募ることに成功し、建設・建築に関連する大手の事業会社(Ardex, Autodesk, CEMEX, Ferguson Ventures, FMI, Glodon, Haskell, Hilti, Sidewalk Labs, United Rentalsなど)が現在Brick & MortarのLP投資家として名を連ねています。日本企業としては、大手ゼネコンの大林組も投資しています。

投資実績の紹介

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2022年2月時点でのBrick & Mortar VenturesのExit実績(出典:https://brickmortar.vc/portfolio)

現在、投資している会社は30社、これまでExitに至った投資先は8社という実績ですが、このうち代表的な3社の概要を見ていきたいと思います。(今後、本メディアでは各社毎に詳細に取り上げていきます)

① PlanGrid

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出典:https://construction.autodesk.com/products/autodesk-plangrid-build/

2011年にTracy Youngという女性起業家により創業された会社で、建設現場におけるプロジェクトマネジメントを支援するツールを提供し、現場で進捗する図面やデータをリアルタイムで共有し合うことにより生産性の向上を実現しています。
建築は設計図がもとになり施工をされるものですが、施工段階においても大小様々な変更が行われ続けます。そのため、こうしたツールを用いて、設計図に加えられた変更とそれを作る現場作業員をシームレスに繋げることで、コミュニケーションロスを減らし、手戻りが少なくなることを目指しています。2018年12月に8.75億ドルで、AutoCADなどの建設ITツール最大手のAutodeskにより買収されました。

② BuildingConnected

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出典:https://construction.autodesk.com/products/buildingconnected/

2012年に、サンフランシスコで、Dustin DeVan(米国のゼネコンでエンジニアとして勤めた後、起業)とJesse Pedersen(オンラインマーケティングのエンジニアとして活躍したのちCTOとして起業)によって設立された、建設プロセスにおける入札コストを削減するプラットフォームを提供している会社です。
建設プロセスにおいては、入札が行われることが一般的です。施主が要求する仕様に基づいた設計図が作成され、それを実現するために複数のゼネコンが入札を行い、適正価格へ向けて競い合います。さらに、ゼネコンとその下請けに当たるサブコンにおいても同様のプロセスが行われます。そのため、工事毎に適切な入札参加者を選び、要件を共有するコミュニケーションコストは馬鹿になりません。このストレスを軽減すべく開発されたプラットフォームが、BuildingConnectedです。要件を満たす業者選定から応札業者とのコミュニケーションまで、一元化されたダッシュボード上で行うことができます。2018年12月に2.75億ドル(約300億円)で、PlanGridと同じくAutodeskにより買収されました。

③ CONCRETE SENSORS

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出典:https://www.hilti.com/content/hilti/W1/US/en/business/business/trends/concrete-sensors.html

2015年、Brendan Dowdall(米ゼネコンでプロジェクトマネジャーとして勤めた後、起業)とRyan Twomey(ソフトウェアエンジニアとして2社ほどの立ち上げを経験した後CONCRETE SENCORSを起業)によってボストンで設立された、コンクリートの情報管理センサーを提供する会社です。
鉄筋コンクリート造の建物を施工する際、コンクリートの強度管理は重要な要素となります。コンクリートを施工するには、液体状の材料を型枠の中に流し込んだ後、適切な環境下で数日間養生し、強度が出るまで待ちます。その際、コンクリート内の温度、湿度などの状態を把握することで、コンクリートが適切な強度となっているかを確かめる必要があります。
CONCRETE SENSORSは、このようなコンクリートのモニタリングをワイヤレスで実現できるセンサーを開発しました。写真のようにコンクリート内部の鉄筋に取り付けておくことで、通常であれば測定できないコンクリート内部の情報を取得することができます。
2020年にドリルやアンカー、レーザー機器など建設資材・機器の大手Hiltiにより買収されました。

日本の動向と今後の展望

米国ではBrick & Mortarのように建設業に特化したVCが存在するため、建設系スタートアップに資金が行き渡りやすく新しい技術が育ちやすい環境があります。同時に、LP投資家に大企業が参画することで、大型プロジェクトへの適用やM&Aが実現しやすく起業家への追い風となっています。他方、日本ではそのような建設特化型VCは存在せず、建設業の事業会社として最も資本力の厚い大手ゼネコンが独自の技術を開発しながら、ベンチャー企業に対して投資を行っています。しかしながら、国内で動いている金額は米国に比べ遥かに少額であるのが現状です。

この現状を踏まえ、国内において建設DXを促進していくためには2つの動きが重要になります。

一つ目は技術力を保持する会社が積極的に海外の開発力を持ったベンチャー企業と繋がることです。冒頭で紹介した通り、大林組が投資家としてBrick & Mortarへの参画を通し、海外スタートアップと積極的に関わりを深めようとしています。また、竹中工務店はHoloBuilder(Brick & Mortarの投資先企業でもある) という建設現場で撮影された360°写真を整理・共有するクラウドサービスを開発する会社と技術開発の連携を発表しています。

二つ目は日本における最先端の建設DXに関わる企業が海外のVCと繋がることです。施工管理アプリを提供する建設DX最大手のANDPADは世界最大規模のVCであるSequoia Capital Chinaから資金調達を行い、急速に開発力を高めています。

このように、日本の大手企業が海外のベンチャー企業と繋がり、さらには日本のベンチャー企業が海外の資本と繋がることが、大きなうねりが起きようとしている建設DXという分野において重要なのではないでしょうか。

筆者プロフィール
大江太人

東京大学工学部建築学科において建築家・隈研吾氏に師事した後、株式会社竹中工務店、株式会社プランテック総合計画事務所(設計事務所)・プランテックファシリティーズ(施工会社)取締役、株式会社プランテックアソシエイツ取締役副社長を経て、Fortec Architects株式会社を創業。ハーバードビジネススクールMBA修了。建築士としての専門的知見とビジネスの視点を融合させ、クライアントである経営者の目線に立った建築設計・PM・CM・コンサルティングサービスを提供している。過去の主要プロジェクトとして、「Apple Marunouchi」「Apple Kawasaki」「フジマック南麻布本社ビル」「資生堂銀座ビル」「プレミスト志村三丁目」「ザ・マスターズガーデン横濱上大岡」他、生産施設や別荘建築など多数。