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ローカスブルー(株)宮谷聡氏インタビュー(後編)~点群データ×クラウドで進化する建設DX—「スキャン・エックス」の挑戦~

【はじめに】

前回に引き続き、ローカスブルー株式会社 宮谷聡氏のインタビュー記事をお届けします。今回は、土木業界での利用浸透における課題や株式会社ゼンリンの子会社となった経緯、今後の展望などをお伺いしています。

■プロフィール

宮谷 聡
ローカスブルー株式会社代表
宮崎県出身。東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修了後、フランスISAE-SUPAERO(国立宇宙航空学校)へ進学。フランスのAIRBUS社にてエンジニアとして勤務後、シリコンバレーのAirware社、イスラエルのAirobotics社等の海外スタートアップでエンジニアとして活躍。2019年に帰国後、スキャン・エックス株式会社を創業。2020年よりオンライン点群処理ソフトウェア「スキャン・エックス」の提供を開始。2022年4月にローカスブルー株式会社に社名変更。東京大学総長賞受賞。2021年東洋経済すごいベンチャー100選出、2022年i-Construction大賞「国土交通大臣賞」受賞。2022年Forbes Japan Rising Star Award受賞。

国が主導して3Dデータの利活用を推進している土木業界

増井:前編で、「スキャン・エックス」が利用されている現場の9割以上が土木工事の現場だとお伺いしました。土木業界では点群の利活用がかなり進んでいるのでしょうか?

宮谷:はい。土木工事の現場では、点群データを取得するのはかなり一般的になってきており、現場をスキャンする機材をお持ちの企業も増えています。やはり国土交通省がi-Constructionの取り組みを主導し、3次元測量やICT土工の普及を進めていることが大きく影響していると思います。

また、2023年より、国土交通省発注の工事においてBIM/CIMが全面適用になったり、ICT活用工事の適用工種が拡大になったことも追い風になっています。現在、国土交通省発注の工事の場合、7割ほどがICT活用工事となっていますし、静岡県のようにほぼすべての工事をICT活用工事としている地方自治体も出てきています。

宮谷:ただ、点群データを取得していたとしても、その先のデータ活用まで取り組んでいる企業はまだ多くありません。土木工事は、インフラ整備や災害復旧など、国土を守るために欠かせない工事です。だからこそ、いざ災害が起きたとき、地方に土木工事に対応できる会社がないと復旧工事を進められなくなってしまいます。ですから、国としては地場のゼネコン・土木業者を存続させるためにも、安定的に公共工事を発注する必要があるのです。

仕事に困ることがない状況だからこそ、「急いでICT化を進める必要がない」と考える担当者や経営者もまだ多いのが現状です。ですから、良いプロダクトであってもどんどん普及が進むわけではなく、まだ点群データをうまく利活用できていない企業様もいらっしゃるのが、私たちが今直面している課題です。

ただ、国土交通省や地方自治体が定める入札資格の格付け※において、S等級・A等級を取得しているような地場ゼネコンは、「ICT化の波に乗らなければ生き残れない」と感じていらっしゃいます。私たちも国の施策という大きな流れに乗り続け、土木業界での利用浸透を進めていきたいと考えています。

※入札参加資格を定めるにあたり、国や地方自治体といった各発注者が事業者をその規模等によってランク分けするもの。このランク分けに当たっては、経営事項審査点数(いわゆる客観点数)のほか、各発注者が独自に評価・算定する主観点数とあわせた総合点数で、区分されることが多い。
(出典)各発注者における格付、競争参加資格設定等のあり方について(国土交通省)
https://www.mlit.go.jp/singikai/kensetsugyou/tekiseika/050513/05.pdf

建築業界では、建築物のデジタルアーカイブ・改修工事での利用が増加

高橋:最近では、建設業界での利用も進んでいるのでしょうか?

宮谷:そうですね。最近では、建築業界のお客様からの問い合わせも増えています。主な利用目的としては、解体する建物の点群データを取得し、デジタルアーカイブとして残すプロジェクトや、図面が残っていない古い建築物の点群データを取得し、図面に起こして改修工事に役立てるといった案件が多いです。

2023年7月に閉館した複合施設「中野サンプラザ」の3Dデータを
中野区がオープンデータとして公開

宮谷:建築業界のクライアントは、公共工事よりも民間工事に多く携わっているということもあって、自分たちで案件を獲得しにいく意識が強いと感じています。人手不足に対応しつつ、売上拡大を目指していくために、ICTを活用して業務効率化を進め、生き残りを図ろうとしている企業も増えています。土木業界には点群データの利活用に関する補助金があるのですが、建設業界の場合は、基本的に費用は企業側の持ち出しなので、みなさん「しっかり活用して効率化しよう」と本気で取り組まれている印象があります。

さまざまなシナジー効果を期待し、ゼンリンの連結子会社に

高橋:御社は、2024年4月に株式会社ゼンリンの連結子会社になっています。このM&Aの経緯や目的についても教えていただけますでしょうか。

宮谷:株式会社ゼンリンは地図情報の大手企業であり、国土交通省が主導しているPLATEAU(プラトー)のような3Dモデルを自社で有しています。ゼンリンが点群データを活用しているのは、主にカーナビゲーションシステムに用いられている地図データです。

前編でご紹介した通り、点群データには道路や建築物以外にも、植栽や人などが映り込んでしまっているのですが、今はその点群データの編集をオペレーターが手作業で行っています。この点群データの編集に「スキャン・エックス」を活用して、大幅に業務効率化を図っていこうというのが、まず一つ目の大きな目的です。

また、現在地図検索サービスの主流といえば「GoogleMap」を思い浮かべる人が多いと思います。ゼンリンも地図情報サービスを提供していますが、GoogleMapのようなUI・UXを実現できていないことを、ゼンリン側は課題としてとらえています。そこで、私たちのようなスタートアップのプロダクト開発力を共有して、より良いサービス開発につなげていけたらと考えています。

増井:御社としてもM&Aのメリットは大きいのでしょうか?

宮谷:はい。ゼンリンは、地図を販売するための営業拠点を全国各地に展開しており、広範な販売網を持っています。この販売網を活用して、全国の地場ゼネコン、土木工事会社、測量会社に「スキャン・エックス」を拡販していきたいと考えています。すでにゼンリンの営業担当者の方々にトレーニングをさせていただいたので、今後テスト販売を進めていく予定です。

新しいプロダクトの開発、海外展開にも挑戦したい

高橋:最後に、今後の展開を教えてください。

宮谷:まずは、ゼンリンの販売網を活かして「スキャン・エックス」の拡販をさらに進めていきたいですね。次に、ゼンリンの持っている地図情報データベースと当社の技術を組み合わせて、会社の二つ目の柱となる新しいプロダクトを開発していきたいと考えています。

点群データの取得・生成に関わっている企業との協業も進めていきたいですね。すでに、クラウド型のドローン測量サービスを提供している「KUMIKI」との連携を開始し、画像からの点群データ化、編集・処理までを一気通貫でできるようにしました。今後は、他社とのAPI連携も模索していきたいです。

最終的な目標としては、海外進出も進めていきたいと考えています。すでにマレーシアのプランテーションでご利用いただいている事例もあるのですが、今後は海外展開に向けた戦略を詰めて、海外での販売にチャレンジしていきたいです。海外で働いているメンバー、海外出身の社員も多いので、このグローバルな環境を存分に活かしていきたいですね。

【おわりに】

いかがでしたでしょうか。点群データの活用を進める土木事業者がいる一方で、ICT施工への動機付けがまだ課題にあるようです。業界の人手不足が進む中、土木工事の発注を行う国や地方自治体もICT施工に適応するだけでなく、工事発注を通じて積極的なICT活用を促していく必要がありそうです。
また、ゼンリンの連結子会社となったことで、販売網の拡大や新プロダクトの開発といった新たな成長フェーズに入ったことも伺えました。カーナビゲーションの地図画面にて活用されているお話では、点群データ活用を身近なものとして考えることができました。
新プロダクトの開発においては、スタートアップが持つ技術と既存の大きな事業がかけ合わさり、M&Aによって新たなソリューションが生まれる好事例となるのではないでしょうか。
今後、国内市場だけでなく海外展開にも積極的に取り組んでいくという宮谷氏の展望からは、ローカスブルー社のさらなる躍進の可能性も感じることができました。

建設DX研究所では、今後も建設DXに係る様々なテーマを取り上げてご紹介しますので、引き続きよろしくお願いします!