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(株)竹中工務店 田中伸穂氏インタビュー(後編)~「設計BIMツール」を活用したデータ中心の業務展開~

はじめに

前回に引き続き、株式会社竹中工務店 田中伸穂氏のインタビュー記事をお届けします。今回は、「設計ポータル」の開発経緯や課題、今後の展望などをお伺いしています。

■プロフィール

田中 伸穂
株式会社竹中工務店 設計本部 BIM推進室 主任
2013年、建築設計者として竹中工務店に入社。大型商業施設、オフィスビル、工場などの設計業務で経験を積んだ後、2019年に大阪本店 設計部 BIM推進グループに配属となる。その後、設計本部 BIM推進室に異動し、BIMの基盤構築プロジェクトに立ち上げメンバーとして参加。現在は、竹中工務店のBIM情報基盤となる「設計ポータル」の開発を主軸に、建築関連システムの開発に従事する。

大江 太人
Fortec Architects株式会社代表
東京大学工学部建築学科において建築家・隈研吾氏に師事した後、株式会社竹中工務店、株式会社プランテックアソシエイツ取締役副社長を経て、Fortec Architects株式会社を創業。ハーバードビジネススクールMBA修了。建築と経営の視点を掛け合わせて、建築資産の課題解決と価値創造を行っている。過去の主要プロジェクトとして、「フジマック南麻布本社ビル」「ヤマト科学技術開発研究所」「プレミスト志村三丁目」他、生産・商業・居住施設など多数。一級建築士。

価値のある提案を早期に実施するためにスタートしたプロジェクト

岡本:前編では「設計ポータル」の詳細をお伺いしましたが、非常に画期的なシステムだと感じました。まずは、どんなきっかけで開発がスタートしたのかを教えていただけますか?

田中:建設DXの推進を受け、昨今では、新しい付加価値のあるサービスの提供が求められています。お客様の要望に沿った複数案をスピーディーに提案したり、高度なシミュレーションをプロジェクトの早期に実施するためにも、設計データの整備は急務でした。また、建設業界の2024年問題を受け、社員の働き方改革を進める上でも、設計データを整備して効率化を図ることが重要なポイントになります。そこで、2019年に設計情報基盤を作るプロジェクトチームが立ち上がり、私も当初からチームに参加しました。

岡本:「設計ポータル」の開発には何名体制で取り組んでいるのでしょうか?

田中:設計本部 BIM推進室のメンバーのなかで約20名が「設計ポータル」を含むBIM、デジタル関連のツール開発のプロジェクトチームとして動いています。業界内では、設計業務に携わりながら兼務としてBIM関連のプロジェクトに参加している設計者が多いと聞きますが、設計者に専任でBIM推進のプロジェクトを任せていることも当社の特徴のひとつと言えると思います。

岡本:「設計ポータル」を主に利用するのは、やはり設計者のみなさんなのでしょうか?

田中:そうですね。現在は、建築・構造・設備の設計部門で利用を開始しています。また、各種申請をサポートする部門との連携も図り、業務をスムーズに進められるようにしています。今後は、施工、見積など他部署とも連携していく予定です。

岡本:社内での利用状況はいかがでしょうか?

田中:2023年10月より「設計ポータル」をはじめとした「設計BIMツール」の運用を開始しており、基本設計に着手する全てのプロジェクトに適用することになっています。
利用の浸透に向けた活動を継続していますが、そもそもの設計ワークフロー自体の改革が必要な側面もあるため、普及に向けた努力はまだまだ必要です。どんなに便利なツールであっても、新しいものを使ってもらうまでのハードルは高いですし、より良い使い方を浸透させていくのはさらに難しいと実感しています。

大江:歴史のある日本の大手企業がシステムを変えるのは、そう簡単に進む話ではないと思います。さまざまなExcelが社内のネットワークに保存されていて、必要なものをダウンロードして使用したり、上司や先輩が作り込んだExcelを引き継いで活用したりと、属人的かつアナログなプロセスで業務を進めている企業もまだ多くあるのではないでしょうか。ただ、「設計ポータル」の詳細を伺って、部分的にでもBIMとExcelを連動させて使えるようになるのは大きなメリットがあると感じました。

岡本:御社の「設計ポータル」では、Excelの入出力にも対応されていますよね。BIMの登場で建築のあり方が大きく変わるようなイメージを持っていましたが、設計者の方々にとっては従来のExcelでの管理の方が、データを取り扱いやすかったりするのでしょうか?

田中:私たちも脱Excelを目指していますが、Excelは誰でもわかるデータベースの基本形であるとも感じています。ですから、「設計ポータル」もデータの一覧性やフィルタリング、検索機能など、Excelでの作業性の良さをWebシステムにも取り込み、さらに進化させることがひとつの目標と言えるかもしれません。

二重・三重入力の手間をなくすための工夫

大江:設計の決定プロセスにおいて、各フェーズの間にゲートを設けてチェックをする手法がありますよね。その際、他部門にチェックをしてもらうためだけの資料を作成しなければならないケースがあると思います。そのほかにも、設計プロセスにおいて、データの二重・三重入力、別の資料からの転記が多いというのは以前から課題だと感じているのですが、「設計ポータル」では対策は取られているのでしょうか?

田中:はい。できるだけデータの重複入力をさせないために、「室テンプレート」「仕上げ造作マスタ」という機能を開発しています。「室テンプレート」は、フロアが違っても同じ仕様の室が何度も出てくるような時に活用できる機能です。例えば、オフィスビルのEPS(=Electric Pipe Space:電気配線と配管を収納しているスペース)やトイレなど、同じ仕様の室をテンプレートとして登録しておき、何度も入力する手間をなくしています。

田中:「仕上げ造作マスタ」は、仕上げに使う材料のパターンを登録してマスタ化しておき、選択するだけで材料の仕様も含めて設計データに反映できるようにしている機能です。仕上げに変更があった場合も、選択肢を変更するだけで一気に変更ができるので、各階の図面の仕様をいちいち入力し直す必要がありません。

大江:建築・構造・設備はそれぞれで図面を作成しているので、部門間で図面に相違があった場合、どちらのデータが正しいのか、確認に時間がかかることもありますが、その対策はいかがでしょうか?

田中:「設計ポータル」では、設計概要や敷地のデータなどは、どの職能、メンバーでも正しいデータを引用できるように意識してデータの参照関係を組んでいます。また、建築・構造・設備のデータについても、独立した作業性を確保しながらも、データ同士を互いに参照して、無駄なく効率的に情報の作り込みができる仕組みになっています。どの情報を「正」とするか、責任範囲を明確にすることを意識しています。

岡本:御社の設計BIMツールは、大型施設のプロジェクトをメインで活用されていると思いますが、住宅業界にも活用できる可能性はあるとお考えですか?

田中:データを取り扱うという意味においては、大型物件の方にメリットはあると思います。ただ、住宅などでも繰り返しプロジェクトで利用される「型」となるような部分は必ずあると思うので、そのような部分の情報を一括で入力するなど、活用の幅はあると思います。

過去のデータとも連携を図り、情報基盤としてさらなる進化を目指す

岡本:今後は、御社がこれまで蓄積してきた過去のデータも「設計ポータル」に関連付けていくのでしょうか?

田中:はい。竹中工務店は、何十年間にもわたってさまざまなデータをデジタルで保管してきているので、そのデータとの連携を図っていきたいと考えています。今後は機械学習も組み入れて、設計者に有用な情報をリコメンドするような機能を開発していく予定です。

例えば、弊社の構造分野では「構造設計AIシステム」としてAIの活用を行っています。
プロジェクト初期段階での構造計画提案を支援するもので、計画条件から複数の類似建物が提示され、構造計画別の部材数量を容易に比較でき、合理的な構造方針決定が可能となります。

設計が固まってきた段階で、室仕様やコストの概算をスピーディーに提案できる仕組みがあれば、大きな強みになります。今後は室名や建物用途などを入力したら、パッと仕上げまでの概算が出るような仕組みも作っていきたいですね。

大江:そこは、これまで経験豊富な設計者に頼っていた部分が大きいと思いますが、AIによってある程度のベースがわかるようになれば、若手の設計者もそこから検討を進めていけるので非常に有効だと思います。

田中:現在は、シンガポールのベンチャー企業「Digital Blue Foam」と協業して、初期段階の設計ツールの共同開発にも取り組んでいます。この設計ツールは、Web上で現在の建物を取り除いて、その敷地内でどんな建物を建てられるか、シミュレーションできるツールです。何階建てにするか、ファサードは、中庭をつけるか、街中から建物がどのように見えるかといった観点からスピーディーに検討し、さらに、面積単価を設定することで、概算コストをざっくり算出できます。今後さらに法規チェックなどの機能を追加してツールとして精度を上げながら、お客様への提案に活用していく予定です。

岡本:では、最後に今後の展望について教えていただけますでしょうか。

田中:現在は、設計段階にフォーカスしてデータ化を進めていますが、今後は見積、施工、ファシリティマネジメントにもつなげていき、会社全体の情報基盤として活用していく予定です。外部サービスとの連携や、システム会社との協業により、オープンな環境で開発を進め、建設業界全体のDXにつなげていければ良いと考えています。

おわりに

後編では、「設計ポータル」構築を推進した大規模プロジェクトの体制や、今後どのように進化させていくのかについて展望を伺いました。
新規システム開発のためにこれだけの人材を投入できるということは、とても珍しいことだと思います。そういった環境でも旗振り役は非常に重要とのことで、設計者に寄り添ったシステムとした上で尚、現場に浸透させるキーマンが必要なのだとお話から感じました。
大型の建築物など、大規模なプロジェクトでは二重入力や繰り返しの入力が積み重なると効率を大きく下げてしまうため、そういったことを防ぐシステム設計となっている点は非常に大切な点だと思います。分野は異なりますが、近年の「ワンストップ・ワンスオンリー」の概念にも通ずるものがあると考えました。
最後にはAIと組み合わせて助言を行う機能についても伺い、竹中工務店が持つ膨大なデータの連携ができれば、これまでの属人的な教えから脱却した強力なサポートツールとなるのではないでしょうか。今後の進展が楽しみなプロジェクトのお話でした。

建設DX研究所では、今後も建設DXに係る様々なテーマを取り上げてご紹介しますので、引き続きよろしくお願いします!