建築DXが環境負荷低減に貢献する可能性 - DPR ConstructionによるZEB化の取り組みから学ぶ
建設業界では建物を建てる際のコストに目が向きがちですが、一般的に、建物を建てるためにかかる費用(設計料や建設費を含む)は、ライフサイクルコスト(建物がつくられてから、その役割を終えるまでをトータルでとらえたもの)のわずか25%程度と言われています。(以前の記事「オーナー視点がBIMの生み出す価値を変える」を参照)
そのため、建物のオーナーにとっては、完成後にかかる運用コストを下げることが重要になってきます。そこで生まれた概念がZEB(ゼブ)です。ZEBはNet Zero Energy Buildingの略称で、快適な室内環境を実現しながら、建物で消費する年間の一次エネルギーの収支をゼロにすることを目指した建物のことです。
ZEBはオーナーにとって光熱費の削減につながるだけでなく、昨今のESG投資(環境 Environment・社会 Social・ガバナンス Governanceも考慮に入れ投資判断する手法)への意識が高まる中、テナントや投資家を誘致しやすくなるというメリットがあります。
また、エネルギー上自立した建物であるため、災害時に日常生活の継続や事業継続計画(BCP)への対応に優れるという点も着目されています。
ZEBの先駆者 DPR Construction とは
ZEBに対し先進的な取り組みを行ってきたゼネコンがDPR Constructionです。1990年にカリフォルニア州で生まれ、生産施設の施工を強みに成長する中で、環境に優しい「グリーンビルディング」の取り組みに注力を始めました。建設会社としてエネルギー効率の良いビルを建てるだけでなく、自らが施主としてオフィスのZEB化に取り組み始めます。
2010年、サンディエゴの自社オフィスがZEBの認証を得ると、続いて2013年にフェニックスのオフィスが「世界で最も大規模なZEBビルディング」の認証を獲得します。そして2014年にサンフランシスコオフィスが、サンフランシスコにある建物として初めてZEBを達成することになるのです。
2021年10月現在、30のオフィス(米国内だけでなくシンガポールや韓国まで拡大)、売上高も64億ドル(約7000億円)まで急速に成長した背景には、設計・エンジニアリング会社と協業し、自らも投資して環境配慮が行き届いた建築を実現することにより、「環境に優しい施工会社」というユニークなポジションを確立したからだと言えます。
本記事においては、特に2014年に完成したサンフランシスコ・オフィスの取り組みに着目していきたいと思います。今から7年前のプロジェクトであるにも関わらず、いまだに挑戦的な試みだと評価でき、今後進むDX化と掛け合わせることで未来へ向けた学びを得ることができるためです。
サンフランシスコ・オフィスの取り組み
このプロジェクトは、築50年、1900㎡の倉庫を改修してオフィスにするというものでした。90人の従業員のためのワークスペースだけでなく、会議室や休憩エリア、キッチン、フィットネスセンターなど生産性向上のための場所を設けるという要件は、当時の西海岸におけるオフィスのプロジェクトとしては珍しいものではありませんでした。しかし、このプロジェクトで特徴的であった点は、改修工事で建物をZEB化するだけでなく、通常の建設費と同等の価格でそれを成し遂げるというゴールを設定したことにあります。通常ZEB化をする場合、太陽光パネルや省エネ設備など設備工事の投資が大きくなり、初期投資が増えます。その後のランニングコストが抑えられることで増加分の投資を回収していくのが通常ですが、DRP Constuctionが設定したゴールはさらに高いところにありました。
厳しい目標を達成するために、プロジェクトの初期からエンジニアリング会社(Elementa Consulting)と設計事務所(FME Architecture)とのワークショップを繰り返し、予算を抑えながらZEBを達成するための解決案を絞り出していきます。例えば、外壁や屋根に施工する断熱材の厚みは何mmが費用対効果として最適か、想定される空調電力と初期コストとのバランスの計算を繰り返し行い、また、照明の電力消費が最も抑えられるトップライトの位置をシミュレーションで導き出すなど、工事費の増加を抑えるためにあらゆる要素の洗い出しが行われました。
結果、明確な目標設定と入念なワークショップによる協業により、8ヶ月という短期間で、設計から施工まで、エネルギー効率が極限まで高められた建物を低コストで実現できたのです。
本プロジェクトでDPRは、イニシャルコストを抑え、かつエネルギー効率の良いビルを自ら投資して実現したことで、「安価なZEBソリューション」を世の中に示しました。冒頭で述べた「環境に優しい施工会社」というブランディングは、このような実績の積み重ねの賜物であると言えます。
日本の不動産市場に対する示唆
日本はスクラップ&ビルドの文化が強いと言われます。地震や台風などの天災が多いなど様々な理由が考えられますが、不動産価値が年月により低下しやすく、新築の建物の価値が過剰に高く評価される傾向にあります。
しかし、建設業は他の業種と比べて環境負荷が多く、近年このスクラップ&ビルドの考え方が急速に見直されています。建築物のライフサイクルを通して、資源・エネルギーの使用・消費、温室効果ガスや建設廃棄物の排出等により、多大な環境負荷を発生させており、特に、建設工事に伴う建設廃棄物については、産業廃棄物全体の約5分の 1 を占めると言われているのです。
今後、いかに既存のビルを生かし、解体することで発生する大量の産業廃棄物を抑えながら、不動産価値を最大化していくか(=Value-addを実現するか)という考え方が重要になってきます。DRPが実践している手法はまさにこのコンテクストに対する直接的な解であると言えます。改修してZEB化することで、建物のオペレーションコストが減り生み出す利益が増えます。さらに初期費用を最小限に抑えることで、不動産の利回りが上昇し、価値が向上するのです。(利回り=利益/初期費用と定義)
しかし、既存建物の改修によるZEB化には様々な困難があります。一つは、計画の複雑さです。建物の運用を踏まえて想定されるエネルギー消費量を綿密に設計に取り込まなくてはいけないため、初期段階の検討に大きな労力がかかります。エネルギー効率を上げつつ初期費用の上昇を抑えたいとなるとなおさら多くの検討を行い、革新的なソリューションを見つけ出すことが必要となってきます。
もう一つの問題点として、古い建物は正確な図面を手に入れることが難しく、「天井を開けてみたら図面にない要素が発見され、計画の見直しを余儀なくされた」というような事態が頻発することが挙げられます。
DXが建築の環境負荷低減に寄与する可能性
建築を作る過程のDX化はこの2つの問題を解決する糸口となりえます。例えば、BIMを利用して計画初期段階で設計から設備までを統合した3Dモデルを作成し、リアルタイムで運用シミュレーションを回すことで、最適解を見つけるためのコラボレーションを促進することができます。わざわざスプレッドシートを別に作成し計算を繰り返したり、シミュレーションを行うために3Dモデルを作り直す手間が減ることで、最速で検証を繰り返すことができます。
また、建設過程のDXが進むことで将来に向けてより正確な建物データ(詳細な図面データ、隠れてしまう壁や天井の裏側の施工記録など)を残すことが容易となります。改修計画においては、正確な情報を事前に掴むことで設計の効率が大きく変わるため、ZEB化のための時間・コストを低減することができるのです。
このように建築DXの促進は建設業全体の業務効率を上げるだけでなく、日本の建設業/不動産業による環境負荷低減に将来的に大きく貢献する可能性を秘めていると言えます。